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とまどいながら【6】

撮影が近付き、顔合わせを兼ねた打ち合わせの場所として指定されたのはビー・ハイヴ本社の会議室。 普段の撮影スタジオしか知らない俺からすれば、こんな部屋もあったのかと少しだけビックリだ。 営業担当でわりと顔を合わせる機会の多い人や、企画担当の人達が慌ただしく動いている隙間を頭をペコペコ下げながらすり抜け、一番奥のドアを開ける。 「あ、ちゃんと会議室だ......」 勝手に触ったら申し訳ないかなぁとも思ったけれど、少し湿気のこもっている空気をなんとかしたくて壁に付けられた空調と照明のスイッチを入れた。 部屋の中には大きな机やホワイトボード、おまけにプロジェクターまであって、本当にちゃんとした会議室でちょっとだけビックリだ。 たかがAV、されどAV...自社ビルを構え、きちんと株式会社として運営されている以上は、どれだけ事業内容がアレでもこんなに立派な会議室を使って売り上げがどうとか目標がこうとかって話し合いが必要なんだなぁと実感する。 もっとも、その会議室の隅に置かれたキャビネットの中にはバイブだの電マだのがズラーッと並んでいる辺りが、ここはただの会議室じゃない事を表していた。 必要があれば、ここがそのまま撮影現場にも変わるんだろう...俺はまだそんな作品に加わった事は無いけど。 今のところベッドやマットの上以外での絡みは撮った事無いから、いつかそんな時が来たら...さすがに恥ずかしいんだろうな。 チラリと左の腕を見る。 今日の為に、勇輝さんがわざわざ腕時計を買ってくれた...本気で仕事をするなら絶対に時間は守れって。 きっと、初めて会った頃のだらしなく見せてたイメージが抜けないんだろう。 1,000円で買った物だけどちゃんと腕時計は持ってたし、現場にもほんとは遅刻なんてした事は無かったんだけど。 でも、新しい腕時計が嬉しい。 勇輝さんが俺の事を考えて用意してくれたっていうのも勿論だけど、あのアスカさんに会うのにボロボロの1,000円の時計してるのって、ちょっとカッコ悪いかなぁと思ってた。 俺が今まで唯一、見てるだけで興奮した男性だ。 初対面でいきなり『ダセッ』なんて言われたら、さすがに撮影の間立ち直れないかもしれない。 勇輝さんの選んでくれた時計はシンプルで、文字盤がすごく見やすくて、ブルーグレーの皮ベルトがすごくお洒落...な気がする。 俺はお洒落なんてわからないけど、勇輝さんが俺に『似合う』と思って選んでくれたんだから、これはたぶんお洒落なんだと思う。 「ごめんね、お待たせして」 少し汗を滲ませた木崎さんが、お盆に麦茶を乗せて持ってきてくれた。 「いえ、大丈夫です。俺が少し早く来すぎただけですし」 「アスカくんももう着くって連絡あったからね」 俺の前にグラスが置かれたタイミングで、ドアが大きくノックされた。 トクトクと心臓の音が大きくなる。 「あ、噂をすれば...ってとこ? はーい、どうぞ~」 「遅なってすいませ~ん」 聞こえたのは、印象にあった物よりも少しだけ低い声。 もうちょっと明るくて、よく通る声だったと思ってたんだけど...... 「失礼しま~す」 ドアが開くとそこに立っていたのは、ちょっとスタイリッシュというか...なんだか尖った感じの細身の男性。 身長は俺より少し低いだろうか。 湿度の上がり始めたこの時期に、スタッズの付いた皮のライダースジャケットにダメージの入ったTシャツ。 同じくダメージの入った黒いスリムデニムに、赤いタータンチェックを差し色にしたラバーソールを履き、頭には黒いキャップ。 顔は大きめのサングラスで半分隠れている。 「あ、アスカくん。こちらが......」 「アスカちゃうて。東京来たから、今度会うときからはシンやで~って言うたでしょ?」 「ごめんごめん」 あ...れ? ちょっと口調がトゲトゲしてる? もしかして、機嫌でも悪いんだろうか。 こんな時、俺はどうしたらいいんだろう...... 「じゃあ改めてね。シンくん、こちらが今回の相手役の......」 「瑠威くん...やんな?」 アスカさん...じゃない、シンさんはサングラスを指先でずるっと少しだけ下ろし、俺の方を真っ直ぐに見てきた。 そこに現れた瞳は間違いなくかつて俺が胸と股間を熱くした物で......なんだか、どこか勇輝さんに似ている。 色素が薄く見えるのは、カラコンでも入れているのだろうか? 「え? 自分、瑠威くんちゃうの?」 思わず見とれてしまっていた俺に更に気分を害したのか、その声はますます冷たく低くなった。 理由はわからないけれど、どうやらシンさんの不機嫌の原因は俺にあるようだ。 俺はただ必死の思いで立ち上がり、深々と頭を下げた。 「はじめまして!」 勢いに気が削がれたのか、俺に向けられてビンビン刺さるように感じていた敵意のような物が感じられなくなる。 俺は頭を上げないまま言葉を続けた。 「はじめまして、元村航生と言います。おっしゃる通り、以前は瑠威の名前で活動していました。まさかアスカさん...じゃないや、シンさんの相手役に選ばれるとは思ってなかったので、今本当に緊張しています。あまりにも格と実力が違い過ぎてまだ自信はありませんが、俺のできる事を精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」 「ふーん...俺の事、知ってるん?」 突然柔らかくなった声のトーンにゆっくりと顔を上げる。 「勿論...です。あの世界にいて、シンさんを知らない人間なんてきっといません」 「もしかしてそれって誉めてるつもり? でもまあ、知っててくれてただけでも...ちょっと嬉しいかな...瑠威くん」 スローモーションのような仕草で掛けていたサングラスが取り払われる。 そこに現れたシンさんはやっぱりカッコ良くて、なんだか自信に溢れていて、そして匂い立つような噎せ返るほどの色気がやっぱり...どこか勇輝さんを思い出させた。

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