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とまどいながら【7】
「まあ、ええわ。それやったらさ、これ終わったら親睦深める為にメシでも食いに行こうや。この後用事とかあんのん?」
「い、いえっ! 無いです、何にも無いです! あったとしても、シンさんに声をかけていただいてるのに断るなんて、そんな畏れ多いことできません!」
「なんやねん、それ。俺、別にそないたいした人間ちゃうってば」
被っていたキャップを脱ぎ、俺の向かいの椅子に腰を下ろす。
ハラリと現れたのは、綺麗な茶色の髪。
シルバーアッシュと言えばいいんだろうか...一時期俺がキャラ作りの為に無理矢理していたような金に近い安っぽい茶色じゃなくて、もっと繊細でナチュラルで......
かっこいいのに甘くて色っぽいシンさんのその姿に、なんだかすごく似合ってる。
さりげなく脚を組み、前髪を掻き上げる仕草までがやけに煽情的だった。
チラリと思わせ振りに上目遣いで俺に向けられる視線に、まるで誘われているみたいな気持ちになる。
「まあ、細かい事はまた後で聞くし、とりあえず瑠威くんも座りいや。本読み、立ったままするつもりちゃうやろ?」
「はい、ありがとうございますっ。ただ、あの...シンさんにお願いがあります」
元の椅子に体を戻すと、真っ直ぐに正面に座る人を見る。
ああ、なんだ...こうしてちゃんと見ると、勇輝さんとは全然違う。
なぜ入ってきた瞬間からシンさんと勇輝さんを重ねてしまったのだろう。
顔の造りは幼く見えるのに、その隙の無い立ち居振舞いに男らしい色気の溢れる勇輝さん。
一方のシンさんはと言えば、勇輝さんよりも所謂『男前』なんじゃないかと思う。
大きな二重の目に、高いけれど小ぶりな鼻。
厚くも薄くもなく、口角のキリッと上がった唇。
パーツも配置も、見事なくらいに美しい。
けれど、どうもその纏う色気の種類が違うのだ。
隙だらけというかもっと直接的というか......
勘違いさせる色気とでも表現すればいいだろうか。
その髪を梳く指が、俺を見つめて細められる目が、作って貼り付けたようにも見える薄い笑みが、すべて誘っているように感じるのだ。
媚びているのともまたちょっと違う、肉感的な色気だと思った。
こんな人間には初めて会った...男との関係に不快感しか無かったはずのあの頃の俺が、ビデオで見た痴態に興奮を覚えたのも無理はないと実感する。
「お願い? 何?」
改めて聞かれて、思わず見とれていた自分にハッとした。
しっかりしなければと、手元に置かれた麦茶に手を伸ばし口を湿らせる。
「シンさんが『アスカ』の名前と決別したように、俺も『瑠威』の名前は捨てました。あの頃の過去を捨てるつもりはありませんが、今は別人のつもりで頑張っています。なので、不都合でなければ...俺の事は、『航生』と呼んでいただけないでしょうか?」
俺の言葉に、シンさんが一度大きく目を開き、そして...まるでそれを喜んでいるかのようにその目を細める。
口許に浮かんだ笑みは、もう作って貼り付けた物には見えなかった。
......あ、なんだろう...ちょっと変だ...胸が...痛い......?
「ごめんごめん。そうやったな...もう瑠威くんちゃうのに、俺えらい失礼な事言うてたわ。ごめんなぁ、航生くん」
「あ、いえ...俺の事なんて呼び捨てで......」
「ん? ええやん、航生くんで。なんか呼び捨てとかしたら俺のが立場上みたいやろ? それとも、航生くんも俺の事呼び捨てする? そしたらタメやし、俺も呼び捨てにするで?」
「そ、そんなの無理ですっ! シンさんは俺より年上ですし、知名度もキャリアも実力もずっと上なんですから、呼び捨てになんてできるわけありません!」
「んふっ、航生くんて...なんや真面目で可愛いなぁ。昔はあんなにボロボロに犯られながらも暴君やったくせに」
以前の俺をハッキリと覚えているかのようなその言葉に、顔色が変わるのがわかる。
なるほど...あの時代の俺を知っていて、そりゃあ良い印象なんて持っているわけはないか...部屋に入ってきた時のなぜか冷たかった声を思い出し、その理由にようやく合点がいった。
妙に居心地が悪くなって、背筋だけ伸ばして自分の足元を見る。
怖くてシンさんの顔は見られなかった。
「俺も航生くんも、この会社ではおんなじ新人やで? 1から頑張るんやし、頑張ってる...おんなじ立場やん、そうやろ? せえから俺は『航生くん』、航生くんは『シンさん』呼びでええやん。まあほんまはせめて『シンくん』でお願いしたいところやけど、まだ航生くんにはそれもハードル高そうやから、今のところは『シンさん』で勘弁したげる」
笑いを含んだような優しい声に、俯いたままだった顔を上げる。
もう一度目が合った瞬間、俺の胸の痛みはますます大きくなった。
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