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とまどいながら【15】
ようやく体の中も外も綺麗にし終わって、シャワーのお湯を止める。
慣れてない上に、そこに触れることすら久しぶりで、想像していた以上に手こずってしまった。
それでも何故か、抵抗感と恐怖心は感じない。
待たせ過ぎてシンさんを怒らせているのではないかと、ちょっと慌ててバスルームのドアを開ける。
脱衣場もなく、洗面台に置いていた服を持ってバスマットの敷いてある廊下に足をついた。
そこにはちゃんとバスタオルが置いてあり、その上にはコンビニの袋に入ったままの下着がちょこんと乗っている。
......まさか、わざわざ買いに行ってくれた...のか?
たまたま買い置きがあっただけなのかもしれない。
飲み物か何かを買いに行ったついでなのかもしれない。
それでも、シンさんがこうして俺に新品の下着を用意してくれた事が無性に嬉しい。
バスマットの上にしゃがみ、そのコンビニの袋をギュウと胸に押し当てると、俺は急いで体を拭き、元々着ていたシャツとデニムを身につけた。
部屋に繋がるドアを勢い込んで開ける。
そこは思っていた以上に狭い。
キッチンとダイニングで6畳あるかなしというところか。
それでも向かって左にもう一つドアがあるから、一応は1DKという間取りになるのだろう。
少し焦ってドアを開けた俺に、シンクの前で立ったままチューハイの缶に口を付けていたシンさんが目を細めた。
「あれぇ? なんや、わざわざ服着直したん? どうせまたすぐ脱ぐのに。ほんで航生くん...大丈夫?」
既に酔っぱらってたのに、更にお酒を飲んで顔を真っ赤にしているシンさんに『大丈夫』なんて言われてもちょっと困る...というか、なんの大丈夫なんだろう?
フニャフニャな雰囲気ですぐそばまで歩いてくると、シンさんは俺の頬をサラリと撫でた。
「えらい遅かったからねぇ、風呂ん中でちょっと冷静になってもうて...ビビったんかと思うてた」
「あっ...す、すいま...せん......」
「んもう、謝らんとって。んで、ほんまにかめへんの? 男と寝るん久々なんやろ?」
「大丈夫...です。遅くなって、本当にすいません」
手に持ったままのバスタオルを、シンさんの手がスルリと抜き取る。
きちんと拭ききれていなかった髪の毛の雫をそっと押さえながら、掠めるようにキスをしてきた。
「そない緊張せんでエエよ、なんも心配せんとって...嫌な思いはさせへん。そしたら俺も汗流してくるから、そっちの部屋でのんびりしといて。二人で行きたいとこやけど、俺に手ぇ引かれてベッド連れて行かれるとか、余計に恥ずかしいし緊張するやろ?」
小さく頷くと、子供を宥めるように俺の頭をヨシヨシと撫でシンさんはそのまま部屋を出ていく。
バスルームのドアの閉まる音を確認して、俺は初めて『ハァァァァーーーッ』と大きく息を吐いた。
シンさんが怒ってなくて、本当にホッとした。
そして『嫌な思いはさせへんから』と言ったときのシンさんの穏やかな表情が、余計に俺の心臓を痛いくらいにバクバクさせる。
ああ、本当に一目惚れってあるんだな......
だってシンさんの声にも仕草にも表情にも、俺は間違いなく欲情していた。
酒のせいの一時の気の迷いでも構わない。
東京で本当の恋人やセフレができるまでの繋ぎでだって構わない。
ただシンさんが今俺を欲しいと思ってくれている事実だけが嬉しくて、俺は怖いなんて感情も忘れて指示された寝室へと向かった。
**********
6畳弱の広さしか無いというのに、寝室はセミダブルと思われるベッドが部屋の大半を占領していた。
一度そのベッドに横になってみたもののなんだかちょっと所在なく、体を起こしてその端っこに浅く腰をかけて周りをキョロキョロと見回す。
どうやらかなり洋服が好きらしい。
狭い部屋にも関わらず、傍らには回転式のカーテン付きハンガーが2台も置かれていた。
確かに今日見た姿もオシャレで素敵だったなぁと思い出せば、自然と頬が弛んでくる。
「何をニヤニヤしてんのん?」
今日一日のシンさんを脳内リピートしてうっかりニヤけていた俺に、不意にかけられた声。
わざとらしいほど体がビクンと跳ね、そんな俺にクスクスとシンさんが笑った。
「何考えて、そんなイヤらしい顔でニヤニヤしてたん?」
「イ、イヤらしい顔...してましたか!?」
どんな顔だ!?
俺、どんな顔してシンさんの事考えてた!?
焦って自分の顔をペタペタ触る俺に、シンさんは笑いを堪える事なく近づいてきた。
薄暗い部屋の中、ゆっくりと近づいてきたシンさんの姿が徐々にハッキリと浮かび上がってくる。
「...シン...さん......」
腰にタオルを巻いただけの姿。
細身だけど、華奢過ぎる印象は無い。
適度に肩と二の腕の筋肉は盛り上がり、腹はうっすらと割れていた。
「俺の体見てみて、どう?」
「どう...って?」
「あのな、頭の中で『女や』って無理矢理思い込もうとしても、俺の体ってどうやっても男にしか見えへんやろ? ほんまに大丈夫? 今やったらさ、俺なんとか今日は自家発電で我慢すんで?」
ここまできても、まだ俺の事心配してくれるのか?
まだ『逃げても構わない』って道を残そうとしてくれてるのか?
そんなの必要ない。
だってこんなに俺はシンさんに惹かれているのに。
強がりでもなんでもなく、俺はニッコリと笑ってみせた。
「シンさんを女性だって考えるなんて、そんな勿体ない事できません。本当に...本当にシンさんは、男性としてカッコ良くて綺麗です」
「......そうか、ありがと。そしたら今度は、俺にも航生くんのカッコ良くて綺麗な姿、見せてくれへん?」
俺は迷いもなく立ち上がると着ていた物を一気に脱ぎ捨て、シンさんの前で一糸纏わぬ姿になった。
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