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とまどいながら【18】

お互いの物を必死に愛撫しあう湿った水音と、快感をたっぷりと含ませた呼吸音だけが部屋の中に充満していく。 シンさんの口淫はとても巧みだけれどどこか加減をしているのか、俺を一気に追い詰める事はなかった。 もっと強くて決定的な刺激が足りない事がもどかしくもあり、その反面、いつまでもこうして愛撫しあっている時間が続けばいいなんてくだらないことを考える。 それが例え偽りの愛を囁く時間であっても...今の自分がやけに幸せに思えた。 その為にはシンさんを飽きさせてはいけないと、決して慣れているわけではないフェラチオに必死で気持ちを込める。 口の中で小さく震える場所を見つけてはそこを強めに吸い、舌の上に滴り始めた先走りを全体に塗り広げた。 感じて欲しい...... 感じさせたい...... 俺とこうしている時間を後悔させたくない...... ただその一心で。 俺の頭の動きが大きくなるにつれ、逆にシンさんの動きは小さくなってくる。 まるでタップするようにペチペチと俺の腰を叩いた。 行為にひたすら無我夢中になっていた俺はハッと我に返り、口内の物を慌てて吐き出す。 「す、すいません...なんか俺バカみたいに必死になっちゃって...気持ちよく無かったですか? どこか傷付けちゃったとか......」 「アホやなぁ......」 あまり聞き慣れない『アホ』の言葉に一瞬ビクッとしてしまうが、その口調がひどく優しい事に気づく。 俺のモノから顔を離したシンさんが、ゆっくりと体を起こした。 見下ろすように俺を見つめる視線も、口調に負けないほど優しい。 「あんまり気持ち良かって、イッてまいそうになってんで? せっかく航生くんとこうしてんのに、俺だけ先に口に出すとか勿体ないやん」 横になったままの俺に覆い被さりながら、やたらと綺麗な指が俺の前髪をそっと梳いていく。 うっとりとした気分で目を閉じると、柔らかい唇が俺の唇にゆっくりと重なった。 つい俺の上の体を強く抱き締めてしまう。 好きだと口にしてしまいそうだ...ほんの数時間前に初めて会った人だというのに。 俺なんて、ただ酔ってヤリたくなった時にたまたま一緒にいたってだけの事なのに勘違いしてしまいそうだ...俺を見る目が優し過ぎて。 だけど、少なくとも俺の気持ちは勘違いなんかじゃない。 名前を呼ばれるだけで、髪を撫でられるだけで、こんなにも痛いほど心臓がドキドキしている。 気持ちが伴わないならそれでもいい。 体だけの関係だと言うなら、それも構わない。 ただとにかく今日一日だけの、一回だけの関係で終わらせるのだけは嫌だ。 腰を更に強く引き寄せ、合わせられた唇を必死に貪る。 少しでいい...ほんの少しでも『また寝たい』と思って欲しい。 ハッと気付き、俺は息継ぎもままならないほど絡ませていた舌をほどくと、ドキドキしながら顔を離した。 拒絶されるかもしれない。 けれど、もしそれを受け入れてもらえれば、少なくとももう一度はこんな時間を過ごせる。 俺はシンさんの体を抱き締めたまま、腹筋を目一杯使って起き上がった。 その勢いごとシンさんをシーツの海へと沈める。 怒鳴られるだろうかと反論の言葉を胸の中で何度も反芻している間、シンさんは黙って俺を見ていた。 目を優しく細めるその表情は、ただじっと俺の言葉を待ってくれているようにも思う。 「どうしたん?」 言葉の上手く出てこない俺に焦れたという感じではなく、そっと背中を押すような話し方。 上から押さえつけるような体勢の俺に不愉快さなど欠片も見せず、真っ直ぐに伸びてきた腕はまた俺の髪をフワフワと撫でる。 「あ、あの...俺、本当に男性とのセックス久しぶり...なんです」 「うん、知ってるで?」 「それで...えっと、あの...撮影までもうそんなに時間無いじゃないですか? だから...その......」 「...ほんまに可愛いなぁ、航生くん。そない緊張せんでエエんやで? 久々やから、男とヤるって感覚を思い出したいねんな? ちゃう?」 「そ、そうです...抱くのも抱かれるのも...できれば両方......」 「ん? そしたら今日、リバっとく? 久しぶりやのに、いきなりそないハードで大丈夫?」 ち、違う...そうじゃない! そうしない為にこんな事言い出したのに...緊張して上手く言葉が出てこない。 情けないくらい口だけがパクパクと動く。 そんな俺に、シンさんは可笑しそうにクスッと笑った。 「ごめんごめん、ちょっとからかってもうたわ。心配せんでも、最初から俺もそのつもりやってんで? さっき俺な、嫌な思いはさせへんて言うたやろ? いきなりリバなんかやらせへんよ。もし航生くんが嫌やなかったら、今日は謙介として瞬を愛してくれへん? ほんで明日は、悠として謙介を愛させて」 「いい...んですか?」 今日は誰かを抱きたかったんじゃないんだろうか? だって、タチの方が好きだって...... 当然俺を抱くんだろうと思ったから、中だって下手くそなりにちゃんと綺麗にしてきたのに。 戸惑う俺の首に腕を回したシンさんが、キュウと俺の頭を胸元へと引き寄せた。 「最初からね、今日は航生くんに抱かれてみたいと思うててんで。せえからな、ちゃんと全部綺麗にしてきた...謙介になりきっててもかめへんし、航生くんのまんまでもエエよ。自分のやりたいように俺の事愛してくれる?」 結局俺が言いたかった事、言わなければいけなかった事をすべて言わせてしまった。 情けなくて仕方ないのに、シンさんが俺を思ってくれての言葉が嬉しくて仕方ない。 「下手くそだと思います。先に謝っておきます...でも俺、全力で愛しますから」 たどたどしくも首筋へと唇を滑らせる俺の頭を、やっぱりシンさんは優しく撫で続けてくれた。

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