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悋気は恋慕に火を灯す【慎吾視点】

「んで、航生はほんとに大丈夫なの? 今日から現場復帰したって聞いたけど」 テーブルに置いた紅茶を飲みながら、勇輝くんがジィッと俺を見る。 俺は普通の顔をしながら、勇輝くんが持ってきてくれたマドレーヌを口いっぱいに頬張った。 「おおっ、何これ! めっちゃ旨い! なんでなんで? なんやろ...バターがちゃうんかなぁ......」 「ああ、なんだっけな...確かエシレバター使ってるとか言ってた気がする」 「エシレバター? それ知らんわ」 知ってようが知らなかろうが、まあ旨いモンは旨いわけで。 お構い無しに次のマドレーヌに手を伸ばそうとして勇輝くんにそっと押さえられた。 「お前、何かはぐらかそうとしてない?」 「はぐらかす? 俺が? そんなん何の為に?」 「知るかよ。お前が航生の話をしたがらないからだろうが」 「ああ、そういう事かぁ......」 少しだけ眉間に皺を寄せる勇輝くんを特に気にするでもなく、俺はもう一個マドレーヌを口に放り込んだ。 「エシレなんちゃら、うまー」 「バターくらい覚えろよ」 「なんちゃらバター、うまー」 「慎吾、お前なぁ!」 珍しくイラつく勇輝くんが面白うてニヤニヤしてたら、ゴツンてそこそこ本気のグーが飛んできた。 「んもう、痛いなぁ......」 「こっちは心配してわざわざ様子見に来てやったんだろうが! なのにお前がふざけて茶化して......」 「元気やって。もう熱もちゃんと下がってるし食欲もあるし。ありがたい事に今日はそないハードなエッチちゃうみたいやから、まあ別になんて事無いんちゃう?」 「なんて事無いって......」 病み上がりの航生くんをあっさりと仕事に行かせた俺に、どうも勇輝くんはムカついたらしい。 『イラついてる』やなしに、『怒ってる』って顔で真っ直ぐに俺を見てくる。 「お前、心配じゃないのか! 熱が下がったの、一昨日だろうが! 今日だったら俺が空いてるんだから、最悪俺が代役やっても良かったってのに......」 「ふ~ん...えらい航生くんの事、大事に思ってんねんね~。そない心配?」 あ、しもた...今の言い方、どう考えても敵意剥き出し? 案の定、こういう人の気持ちなんかに敏感な勇輝くんが気づけへんわけもなく、丸い綺麗な目がギロッて怖い感じに変わる。 まあ、それやったらそれで...別にかめへんねんけど。 「お前さ、何が言いたいの?」 「別に。でもね、今の航生くんの体調も精神状態も、ちゃーんとわかってんのは...俺だけやで?」 「そんなもん当たり前だろうよ。一緒に暮らしてんのはお前なんだから」 「そう、俺が航生くんのパートナーやねん。そしたら、俺が大丈夫やって思うたら大丈夫なん。アカンと思うたらアカンの。航生くんは俺のンや」 今まで勇輝くんにこんな物言いしたことなんかない。 誰よりも優しいてカッコ良くてイヤらしいて、せえから一番尊敬してて憧れで...大好きやった人。 俺がなんか行動を起こす時は、いつでも勇輝くんがきっかけやった。 それは今の航生くんとの事でもそうや。 素直に感謝してる。 それは間違いない。 勇輝くんがおれへんかったら、俺は航生くんに会えてなかった。 せえけど...その事こそが悔しいに思えてしゃあない。 「ごめん、勇輝くん...悪いんやけど今日は帰って。航生くんになんかあったらちゃんと連絡するし」 「ちょっ、お前...話全然終わってないだろ!」 怒って興奮する勇輝くんを無理矢理部屋の外に追いやり、荷物と靴を放り投げてバンッとドアを締める。 メッチャ怒ってるよな...今度会うた時はしばかれるかもしれん。 まあ、いつまでもネチネチしつこう根に持つような人ちゃうから、ちゃんと謝ったらゲンコツ二つくらいで勘弁してくれるやろ。 「航生くんが悪いねん......」 思わずここにおれへん人に悪態をつく。 ...初めての夜の事思い出してたとか言うんやもんな...... 一人ぼっちになった部屋で、ため息をつきながらゆっくりと体をソファに沈める。 俺の方も思い出してもうたやん...封印したはずのみっちゃんへの、航生くんへの、そして...勇輝くんへの暗い感情。 それがまだ今も自分の中に残ってるんやって、今日勇輝くんと話しててわかった。 残ってた温い紅茶を口に含んで、また一つマドレーヌに手を伸ばす。 「は~あ...情けなぁ。今更しゃあないやん...勇輝くんに嫉妬なんかしても」 声に出してみたら、なんか頭の中で考えてた以上に『嫉妬』なんて言葉は重い。 普段吸えへんから持ってないタバコを航生くんのジャケットの中から取り出し、それを咥えて火を点ける。 「あ~、航生くんの匂いやぁ」 肺に煙を入れんように気をつけながら、俺はぼんやり天井に向かってその煙を吐き出した。

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