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悋気は恋慕に火を灯す【2】

ユグドラシルも、大好きなユーキくんも消えてしまったあの日。 俺の手元には、オーナーが振り込んでくれたらしいとんでもない金額の印字された預金通帳だけが残った。 ほんまやったら、その桁を見ただけで喜ばなあかんねやろう。 一緒に働いてた奴の中には、ほんまはノンケやけど金が欲しいからってゲイのふりしてたやつがいてたんも知ってる。 ま、そんなんとはあんまり仲良うはなられへんかったから詳しい事情までは知らんし、俺にはそいつらがどうなろうと関係ない。 正直、金なんかどうでも良かった。 勿論無かったら困るけど、あったからって何が変わるわけでも無いし。 俺にとっては、ただ一つの心の拠り所が無いなった事と、唯一心から大切やと思ってた人がおらんようになった事が何より辛かった。 無駄なんはわかってたけど、自分なりには手を尽くして探したつもりや。 昔からの常連さんにも出入りの業者さんにも、オーナーやユーキくんの行き先に心当たりが無いか聞いて回った。 いやもう、びっくりしたな。 まあ見事にだ~れも何も知らんかった。 ほんまに忽然と消えたって感じ。 それでもただ一人だけ、オーナーが実は関西の出身やってのを知ってる人がおった。 東京にはおりにくなって、ひょっとしたらほとぼりが冷めるまでユーキくん連れて地元に逃げてんちゃうか?と。 ああ、確かに言われてみたら、オーナーの言葉の端々には微かにイントネーションのおかしな所があったっけ...... それを思い出した瞬間には、俺はもうマンションを引き払う手続きに入ってた。 ユーキくんがちょっとでも西におる可能性があるなら、とにかく今は自分が動かなどうもなれへん。 『ユーキくんのそばにおりたい』 それはもう、何かに取り憑かれてるみたいやったと思う。 二度と近づきたないって思ってた大阪に帰り、そっからはひたすらアテも無いままユーキくんを探し回った。 昼の仕事してるなんて事は考えられへん。 あのユーキくんを、夜のネオンが手離すはずが無いんやから。 手当たり次第にいわゆるショーパブも訪ねたし、西のゲイタウンであるミナミの歌舞伎座裏辺りも足繁く通った。 せえけど結局、ユーキくんの影すら掴まれへんかった。 そのうち、ただ客として通うだけやと会われへんのちゃうか?なんて思うようになってきた。 例えばユグドラシルにおった頃みたいに、ボーイとして客を取ってるとしたら? そう考えだしたら、今度は俺の思考はそっちにばっかり進んでいく。 ほんのちょっとでかめへんから手がかりが欲しいて、ネットのゲイサイトのリンクから男性専門の風俗店に登録をした。 今考えたらそれが俺の甘い所で、ほんまは大手のゲイビ会社辺りが経営してる大型店にでもしたら良かったんやけど、その頃の俺はそんな店があるって事も知らんかって、結果一番縛りの緩そうなとこを選んだ。 自由出勤でタチなら一回1万、ネコなら3万...他の店と比べたら条件は破格やった。 ま、当然...条件がよそよりエエのんには理由があるわけで。 夜の店はユグドラシルしか知らん甘い俺は、『エエ店が見つかった』なんてアホみたいに浮かれてた。 例え同じ店に所属してるんやなかっても、店の人間とか客なんかから上手い事手がかりが掴めるような気がしてた。 そんですぐに、自分がいかに世間知らずやったかって心も鼻っ柱もバキバキに折られる事になったんやけど。 元々俺はタチ寄りやったのに、来る指名来る指名見事にネコばっかり。 それもただのセックスやのうて、洗うてもないチンポ吐くまで舐めさせられるわ縛られるわ合法かどうかも怪しいローション塗られてケツの中は爛れるわ...... そう、俺の登録した店は、Sっ気が強いせいでよそでは出禁食らってるような客から大金を受け取り、その金さえ貰えればあとはボーイが潰れんのも壊れんのもお構い無し...って最低の店やった。 で、相手をしばいてしばいて鼻や口から血の泡が噴き出す中で精液ばらまくのが最高のエクスタシーだと平然と言い放ち、止まらない鼻血に体を震わせていた俺に向かって『100万あげるから、今度は指の骨折りながらケツに突っ込ませて』なんて舌なめずりするような客に当たって、俺はその店を辞めた。 3ヶ月ちょっとか。 自分なりにはギリギリまで頑張ったつもりやってん。 ユーキくんに繋がる情報が聞き出せるまで、もうちょっとだけ頑張ろうと思うてた。 次は何かわかるかもしれん、次はもう少しマシな客に当たるはずやって。 けど、殴られて瞼は腫れ上がり、何回も靴で踏みつけられた腹は真っ黒で、何より...風呂に入って、ユーキくんが『キレイや』って褒めてくれてた背中が大きなみみず腫だらけになってんの見たらもう無理やった。 ほんまにもう無理やって涙が止まれへんようになった。 このまんまやと、せっかくユーキくんが教えてくれた気持ちええセックスを忘れてまう。 このまんまやと、せっかくユーキくんが教えてくれた相手を気持ちようにしてあげる悦びを忘れてまう。 3ヶ月でもよう耐えた方やったらしい。 俺の心配なんかそれまでした事もなかったくせに、もう辞めるって言いに行った途端『もっと条件のエエ客つけるから』『ギャラ上げる』なんて慌てて引き留めにかかってきたオーナーにはとりあえず唾だけ吐きかけといた。 こうして店を辞めた俺は、また客としてバーに通うようになった。 バーの中で一人で来てる客を探す。 目が合うてみて空気が好みなら、そのままホテルに誘った。 行きずりの関係なんて当たりはずれが多かったけど、それでも誰も傷つけたりせえへん、誰にも傷つけられへんセックスに溺れときたかった。 そんなもんは別に幸せやなかったけど、ちゃんとしたセックスができてる事自体が俺の生きてる証みたいに思えてたんかもしれん。 ただ寂しいて、人肌が恋しかっただけかもしれんけど。 オーナーの振り込んでくれてた金を少しずつ減らしていきながら、まるでセックス依存症のような生活を送り、ユーキくんを忘れようとしていた俺に突然の転機が訪れる。 「急にごめ~ん。今ヒマ? 実は今お金になる仕事のスカウトしてんねんけどぉ」 目標も目的も失ってた俺は、その言葉をきっかけにゲイビデオの世界に足を踏み入れた。

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