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悋気は恋慕に火を灯す【3】
「えっとね...実はビデオに出てみるとか...興味無い? 結構ええお小遣い稼ぎになると思うねんけど」
いつものバーへと向かう俺の腕を掴んだ男は、ヘラヘラと笑いながらいきなりそんな事を言った。
ビデオのスカウトなんてのは女優さんの方を探すもんやとばっかり思うてたから、素人男優まで探さなあかんくらい人手不足なんやなぁってちょっと驚く。
でもまあ、残念ながら俺は女は抱かれへんから関係の無い話や。
「すんません。俺そこそこ金持ってるんで、バイトいりません」
「い、いや待って待って! なんやったら顔はちゃんとモザイクかけるし、最悪オナニーだけ撮らせてもうたら、それでオッケーやから。お兄さんみたいな人やったらさ、ちょっと脱いでくれるだけでもかめへんねんて。お願い! まずは話聞いて!」
妙に人懐っこい雰囲気のそのスカウトマンの、低姿勢ながらも強引な姿勢になんとなく飲まれてもうたんやと思う。
その誘い文句の段階で本当なら感じるべき違和感にもまったく気づかんかったくらいやし。
『とにかく話だけでも!』と腕を引く力になんとなく抗う気にもなれず、結局俺は渋々そいつの後についていった。
すぐ近くの雑居ビルのエレベーターを上がり、角の一室に押し込まれる。
その部屋の中には...何故か男性のポスターはペタペタ貼られているものの、女性のそれは一枚も無かった。
「強引な事してごめんね。いやね、あんまりお兄さんが男前やったからさ、これはもう、絶対逃がしたらあかん、何がなんでも話をって......」
「はあ...そうですか......」
俺としては、個室にいきなり連れて来られた事にちょっとビビってただけなんやけど、どうやら心底警戒してると思ったらしい。
慌てるみたいにペコペコ頭を下げながら、着ていたジャケットの内ポケットから名刺を取り出すと、それを俺に差し出した。
「ごめん、怪しいモンちゃうねん。あ、いや...そら怪しいわな。俺ね、この制作会社の代表で......」
「あの、すいません、ハッキリ言うたら良かったですね。俺ゲイなんで、AV出られへんのです。女性とエッチとかできひんから......」
「へ?」
「だからぁ、俺金には全く困ってへんし女も抱かれへんから、AV出るとか無理なんですってば」
諦めるやろうと思うて半ば無理矢理座らされた椅子から立ち上がりかけた所で、ちょっと興奮気味のその人は俺の体を改めて椅子に押し戻した。
「ちょうどええやん! うち、アダルトはアダルトでもゲイビデオの会社やねん! そしたら男とセックスすんのに抵抗無いって事やろ!?」
「抵抗も何も、俺男としかできへんし。あ、でもそんなんカメラの前でとか無理ですよ」
「もしかして、今特定のパートナーとかいてんの?」
特定の...か。
頭に浮かぶのはユーキくんの顔。
勿論あの人は、最初からパートナーなんかやなかった...ただ俺が忘れられへんだけで。
パートナーになりたかったんかもしれん...誰よりもユーキくんの一番そばにいられる人間に。
「別に...ずっと憧れてる人はおるけど...特定の人とかは」
「そしたらさ、とりあえず一本だけでかめへんから出てみてよぉ。顔バレやばいんなら、そこは絶対隠す! ほんまのほんまに絶対約束するから! うちのモデルの中でもとびきりの男前を相手役につけるから、ほんまちょっとだけ考えてみてよぉ」
「別に顔バレして困るとかはないけど、でも...」
「うちは定期的にちゃんとモデルに病気の検査も受けさせてるし、男同士のセックスについての勉強もしてもうてる。ノンケの男の子がほとんどやけど、みんなそれなりにちゃんとプロやから君に嫌な思いはさせへんと思う。失礼なんやけどさ、今特定の人がいてへんねやったら、普段セックスとかはどうしてんの? あの辺におったって事は、適当な相手探しに行ってたって事ちゃうの?」
まったくもってその通りで、正直ぐぅのねも出ない。
パートナーはおらんでも悲しいかな性欲はガンガン溜まるし、何より今は...とにかく人肌が恋しかった。
「当たり外れ、多いやろ? 君みたいに綺麗な子やったらなんぼでも男は寄ってくるやろうけど、その中で肌の合う人間なんてそうそうおれへん」
「それは...まあ......」
「一晩限りの相手なんてどこで何をしてる人間かもわかれへんし、どんな病気持ってるかもどんな性癖持ってるかもわかれへん」
性癖と聞いた瞬間、背中にゾクと冷たいものが走る。
そうだ...話してみてフィーリングが合ったからってだけでホテルの個室で二人きりになってたけど、俺何をしててん?
生でセックスするなんて不用意な事はせえへんにしても、不特定多数と性交渉を持ついう事は病気の危険もついて回るんはわかってたはずや。
それに何より、ホテルのドアが閉まった途端に態度を豹変させ、相手を殴る蹴るすることにエクスタシーを感じる人間達にあれほど恐怖したというのに。
なんぼ寂しかったとはいえ、あまりの自分の無用心さに頭が痛なってくる。
「うちね、モデルを大事にするんには定評のある会社やから。まあ俺みたいな胡散臭い男が言うたところでなかなか信用できへんと思うけど、希望する子にはうちの社員って待遇にしてマンションも借りてあげるし、出演料の税金の計算とかもちゃんとやってあげてる。さっきも言うたけど、見た目もハートもピカ一の男の子ばっかり集めてる自信もあるからさ、なんやったらパートナー探すつもりで一本だけとりあえず出てみてくれへんかな? どうやろう?」
ただの熱心な出演交渉でしかないはずなのに、その言葉はひどく優しい。
胸が締め付けられるような感覚に思わず顔を上げると、俺をじっと見てたその社長さんの目は言葉とおんなじくらい優しかった。
「今気持ちの行く場所が無いんちゃうの? ほんま、うちおいでよ。行くべき場所見つけた時は喜んで送り出してあげるから、それまで俺らと一緒に体張って頑張ってみいへん?」
ふと以前言われた言葉が頭の中に甦る。
『そうか...どこにも居場所なかったのか...うん、じゃあうちで働いたらいいよ。ちゃんと自分の場所見つけた時には、気持ちよく送り出してあげるから。それまで一緒に頑張ってみよう』
見失っていた居場所はここやろうか......
もう一人ぼっちになれへんやろうか......
なんでか止まれへんようになってた涙を服の袖で拭いながら、俺はその社長...大原さんの手をガッチリと握っていた。
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