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悋気は恋慕に火を灯す【5】

インタビューを撮り、仮契約を結んでから1週間。 俺は撮影場所としてメールで送られてきた住所へと向かう。 ミナミっちゃあミナミやけど、今まであんまり行った事はない。 御堂筋からアメ村を抜けて四つ橋筋も越えた。 ちょっとお洒落で、俺が立ち入るには少しだけ敷居の高いセレクトショップやら、コーヒー一杯に1,000円くらい取りそうなカフェの間をキョロキョロしながら抜けていく。 あみだ池筋までは行けへんくらいの場所がちょうど探してる辺りやった。 細かい番地を確認しながら歩く。 「アスカくん」 目的の建物が見つからず途方に暮れていた俺の後ろから聞こえた知った声。 最悪このまま帰ったろかと考えてた俺を見透かすみたいに、明るい口調でポンポンと肩を叩いてくる。 「迷子?」 「はあ、まあ...だってぇ、なんやこの辺結構住宅街みたいになってて、スタジオとかありそうな雑居ビルなんか見当たれへんし」 「ああ、そら見つかれへんわ、雑居ビル探してたら。マンションやねん、俺の自宅兼撮影スタジオ。さっき相手役の子も着いたとこやから、一緒に行こか?」 「大原さんは? なんか用事あったんちゃうの?」 俺の質問に、ニコッと笑うと目の前に白いビニール袋をブラブラさせた。 「もし長丁場になっても大丈夫なようにね、みんなの飲み物買いに行ってただけ」 「そんなん...社長やのにパシりみたいな事するんですか?」 「今日の俺は社長ちゃうで。カメラマンでインタビュアーで~す。スタッフらしいスタッフってそないおれへんからね。メイクは今相手役の子の髪型直してるし、その後照明のセッティングやらなんやらバタバタやから。今暇なんは俺だけやってん。ほらほら、アスカもいつも以上に男前にしてもらわなあかんねんから、急げ急げ」 それなりの大人やろうに、はしゃいだ声で俺の手を掴んで走り出す。 変に緊張して、変に気負ってて帰りたくなってた俺も、いつの間にか走り出してた。 ********** 『ここ~』とふざけた口調で案内されたマンションを見て、真っ先に浮かんだ言葉は『こんなもん、わかるかいっ!』やった。 ベルボーイでもいてそうな大きな回転ドアを抜けると、ピカピカに磨かれた大理石の床に吹き抜けの天井。 今は誰もおれへんけどカウンターがあるから、普段はコンシェルジュなんかが常駐してるんかもしれん。 「億ションやん......」 「ま、買うたらそうかもわからんな。せえけど俺は賃貸やも~ん」 「......ゲイビってそんな...儲かんのん?」 奥の自動ドアの前に立つと、大原さんはその横のパネルに指を押し付けた。 ロックが解除され、そのドアが音もなく開く。 「ここの最上階1フロア借りてんねん」 エレベーターに乗り込むと、言葉の通り一番上のボタンを押した。 「儲かるか儲かれへんかで言うたら...それは儲かるよ。普通のAVみたいにレンタルが無いぶん、どうしても観たいって人は買わなしゃあないしな。値段に見合った内容やったら、なんぼ高うても買う人は買うから。ただし、高いばっかりで内容が悪かったらほんまにだ~れも買えへんようになるし、ニーズに合った内容、みんなが観たなるようなモデルを見つけ続けなあかんけど」 「そういう...もんなんだ?」 最上階への到着を知らせる音が響き、エレベーターのドアが開いた。 俺の知ってる賃貸マンションとは全く違い、踏み出した足が埋まるんちゃうかってくらいフカフカの絨毯が敷き詰められている。 「うちが儲けてるいう事は、頑張ってくれてるモデルのみんなにもしっかり稼がせたるよ。んなもん、世間から後ろ指差されかねん仕事を体張って頑張ってんねんから。たっぷり稼げて当たり前やろ? その代わり、みんなにはこれで稼いでるんやってプロ意識は持ってもらう。うちの会社でファンイベントやる時はニコニコ愛想も振り撒いてもらうし、たまにはハードな内容のモンにも出てもらう。普通のペーペーの子やったらセックスの仕方からみっちり勉強してもらうとこやけど...ま、アスカにはそこは必要無いやろ」 目の前の大きなドアを勢いよく引く。 そこはまるで、ユグドラシルにおった頃に時々連れて行ってもうてた有名なホテルのスイートみたいやった。 「一応衣裳あんねん。下着も用意してあるから、そっちの部屋で着替えてきて。すぐメイク行かせるし」 言われるまま、玄関を入ってすぐのドアを開ける。 イメージとは違う純和風の部屋の真ん中に、真っ白なボタンダウンのシャツに普段あまり着る事の無いダボダボっとしたかなり幅広のストレートデニムが置いてあった。 その上には、俺らくらいの年代に人気のブランドの、ローライズタイプのボクサーパンツ。 これがもう、蛍光色の黄緑で目がチカチカする。 一気に着ていた物を脱ぎ捨て、ついでにパンツも脱いだ所でスッとドアが開いた。 「はーい、お邪魔しまーす」 ......さすがやな。 こんなもん見慣れてんのか、声をかけてきた人はフリチンに動じる事もなく、ニコニコヘラヘラと中へと入ってくる。 「やだ、さすが社長のイチオシね。ほんま美人やわぁ」 「あー、えーっと...あのですねぇ...どちらさん?」 「あ、ごめんなさいね。アタシこの会社の専属ヘアメイクのジュディでーす」 無精髭に結構マッチョなジュディーさんは、スッポンポンのまんまで平然としてる俺に嬉しそうにパチンとウィンクしてきた。 「ジュディ...さんは、お兄さん? お姉さん?」 「いやん、お姉さんぽいお兄さんて事にしとく? ほら、グレーゾーン的な?」 「いや、真っ黒やん!」 「キャーッ、黒とかひど~い。それにしても、ほんまに綺麗ねぇ。アタシからしたら羨ましいくらいのネコ顔やのに、なんかタチやねんて?」 なんや今更恥ずかしがるんもおかしいなぁとか思うて、一回頭をガシガシって掻いてからパンツを手に取った。 そのままデニムに脚を通しシャツを羽織る。 「どんな感じ? ウエストいける? 大原さんがそのくらいのサイズをベルトで締めるのんが似合いそうやって言うてたんやけど」 「......ああ、ベルトで腰の位置に止めたらエエ感じちゃいます? どうですか?」 「あーん、いいっ! めっちゃ似合ってる! アスカくん甘い顔してるから、今日のパートナーと並んだら合うと思うわぁ。肌の色も白と黒って感じやし。その顔と雰囲気でタチとか、アタシが攻められたいくらい!」 ......まあ、褒めてもらって...んだよな? 「先にタチシーン撮影して、その後でタチネコ交代して撮影すんのは聞いてる?」 着替えを終えた俺を部屋の隅に連れていき、早速髪を触りだすジュディさん。 いかつい見た目でも、その指先の動きはものすごい繊細やった。 ちょっと気持ちようなってきて思わず目を閉じる。 「聞いてますよ。そのつもりで来ましたし」 「そしたら洗浄とかどうする? 一人でできる人?」 「できます、できます。あ、今日は家で中洗ってきました。どんな風にどこで洗うんかわかれへんかったし」 「そう? そしたらすぐ撮影入れるんや? 次からは浣腸でもシャワーでも使えるんで、ここ来てからやったらええからね」 髪を整え、今度は顔の上にパフパフと粉が乗せられていく。 「ちょっとテカり押さえるだけにしとくわね。どうせすぐ、汗と汁で化粧なんて取れてまうんやし」 「汁って......」 「うちはあんまり顔射は無いんやけど、それでもフェラしてたらあっちこっちいろんなもん付くでしょ?」 「それは...まあ......」 「フェラ嫌いとか今更言えへんよね?」 「ああ、大丈夫です...つか、寧ろ好きやから」 『できた!』と思いきり背中を叩かれ思わずむせそうになる。 指先は繊細でも、内に秘めたパワーは見た目通りらしい。 「さ、そしたら今日のパートナーのとこ行きましょ」 ここの人はよほどボディタッチが好きなのだろうか? ごく自然というか当たり前みたいに俺の手を握って和室を出た。 磨きあげられた廊下を進み、一番奥の大きいドアを開ける。 「アスカくん、オーケーで~す」 「お待たせしました!」 リビングらしいここがメインの撮影場所なのか。 驚くほど広い部屋に、キングサイズと思われる黒いローベッドが一つ。 そこに腰を掛けていた影がゆっくりと立ち上がり、俺の方へと近づいてきた。 おっと...これはあかん、写真以上や...... 高い身長。 ハーフのようにも見える彫りの深い顔に、日焼けした浅黒い肌。 その顔の中心で輝く瞳は大きく鋭い。 今まで会った人間の中で、二番目に男前やと思った。 いや、単純に『男前』という言葉で言うなら一番かもしれん。 その一見冷淡そうなきつい表情の男性とパチリと目が合う。 途端にその男前は、穏やかにニコリと笑った。 「初めての撮影に指名してくれてありがとう。武蔵です、よろしく」 印象よりも少し幼く聞こえる声を意外に思いながら、差し出された手をしっかりと握って俺も笑い返した。

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