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悋気は恋慕に火を灯す【13】

「悪い悪い、遅なった」 「悪いちゃうわ! お前、俺らを何分待たせんねん!」 撮影スタジオを兼ねた大原さんの自宅マンション。 集合がかけられたのは正午きっかりで、今はもう1時になろうかって時間。 会議室兼休憩ルームとして使われてる洋室に時間通りに座ってたのは俺と翔ちゃん、威の3人で、武蔵は毎度おなじみの大遅刻やった。 「まあまあ、そないやいやい言うても仕方ないんやさけ。急に呼び出されて用事もあったかもわからな」 俺より年が2コ上の威が、めっちゃイライラしてる俺の頭をポンポン叩いてくる。 ほんまに優しいお兄ちゃんが弟を宥めてる...みたいな感じ? バチバチにマッチョな体で、顔はちょっと強面のワルメン風。 せえけど性格はいたって穏やかでとにかく優しいて、おまけに和歌山弁独特のおっとりした喋り方がなんとも心地よい。 どうにも俺は威には弱くて、ムッとしながらもそれ以上の文句が出えへんようになってまう。 「そんなもん、威は甘過ぎんねん。急に呼び出されたとか、条件はみんなおんなじやないか! コイツの事やから、どうせ女とヤリまくってて起きられへんかっただけや」 威のほんわか癒しオーラなど完全無視でギャンギャンと喚き立ててるのが翔。 俺と同い年で、デビューもほぼ一緒。 背はあんまり大きないけど、トレーニングで鍛え上げた体はまさに見事な『細マッチョ』ってやつで、脱いだ時の体の綺麗さはたぶんコイツが一番やと思う。 丸っこいクリクリお目目の超アイドルフェイスやけど、実はものすごい短気でイラち。 それは結局『高いプロ意識』であるが為のもんやと思うけど。 で、このおっとりとイラちが実は一番仲良しとか、なかなか面白い組合わせやったりする。 「悪かったって。昨日はほんまに女んトコちゃうねん。ちょっと車で遠出してたとこ呼び出されてもうたから、夜中急いで帰ってきて、そのまんま疲れて寝てもうてん...ほんまゴメン」 「遠出って?」 「ああ...うん、あの...昨日は妹の命日やったからさ」 バツの悪そうな、ちょっと恥ずかしそうな顔でヘラヘラと笑うのが、威と同い年の武蔵。 俺がこの世界で頑張っていきたいと思う事になったきっかけであり、ベストパートナー。 背が高うて手足が長うて、しなやかな細身のとにかく男前。 声はちょっと甘ったるうて好みではないけど、見た目は俺からしたらパーフェクト。 仕事ではガンガンに掘って掘られてを繰り返してるにも関わらず、コイツの性欲は無尽蔵らしくてしょっちゅう女を引っかけに行ってる。 それがみんなわかってるから武蔵を責めてたんやけど、事実がわかってしまえばそれ以上責められるわけなんかない。 ...そうか...昨日が命日やったんか...... 武蔵がこの仕事をする事になったきっかけとしか知らんし、詳しい話を聞こうと思うた事もない。 ここにおる全員、こんな仕事をするしかなかった理由も傷もそれなりにはあるわけで。 威はかつてスポーツ推薦で大学に入学したもののすぐに生死をさ迷うような大病を患い、なんとか生還を果たした直後に除籍になったらしい。 ちょっとだけ潰れかけた左耳は、その頃どんだけ一生懸命その競技に賭けてたかって証やった。 翔ちゃんは見た目の可愛さもあって、アイドルの養成所みたいなトコに通ってたらしい。 せえけど親父さんが巨額の不正経理に関わってたとかで逮捕されてもうて、借金まみれになった家族は離散状態になってもうたって。 憧れやったアイドルの夢を断たれてからは何をやっても続けへんかって、大原さんに声かけられるまではホストの真似事してたとか言うてた。 で、武蔵は...小さい頃に両親が離婚して、妹と二人母方のばあちゃんに預けられたらしい。 その妹さんてのが病気になってもうて、ばあちゃん一人の年金ではどうにもならんような手術が必要になった。 で、高校卒業したばっかりやった武蔵は地元のスーパーに就職が決まってたけど大阪に出てきて、紆余曲折あったものの手術の費用を稼ぐ為にこの仕事始めたそうや。 ほんまはホストになろうと思ってたけど、女から金巻き上げてナンボみたいな世界見て嫌になったらしい。 稼いだ金は生活に最低限の分だけ残してあとは全部田舎に送ってたんやけど、結局妹さんは手術の甲斐もなく亡くなり、看病疲れか一人で行かせると寂しいと思うたんか、ばあちゃんもその数日後にはいきなり倒れてそのまま妹さんのトコに行ってもうたそうや。 天涯孤独になった事から始まった武蔵の女漁りは、たぶん寂しさから逃げる為なんやろうと思う。 なんやろうなぁ...俺ら面識は無いねんけど、命日やったら一声かけて欲しかったって言うかなぁ...... 一回くらいみんなでお線香上げに行ってもええのになって思う。 『ちゃんと大阪で仲間と頑張ってますよ~』って報告したら、きっと天国の二人も喜んでくれんのに。 「せえけどよ、そもそも武蔵が急に帰ってこなあかなんだんも、呼び出しのせいやして。こないいきなり、何やろうな?」 『命日』の言葉にどうも話がしにくうなってた中、その雰囲気を特に無理矢理やなくふんわりと破ったんは威。 こんな時に場の空気を優しく変えてくれる、ほんまにありがたい存在。 「そら、俺ら4人が呼ばれるいうたらあれやろ。毎月のお楽しみ、『ボーナス』ちゃうのん?」 「いや、ほいでもよ...ただボーナスの話らするだけやいたら、こない急がんでもええわいしょ。他になんぞ用事があるんやいて」 うちの会社には、一本当たりの出演料以外に報奨金...まあ俺らが言うところの『ボーナス』がある。 一作品のDVD売上が500本を超えたら10万、出演作品の一ヶ月の売り上げプラス、ダウンロード累計が3000を超えたら更に20万が支払われる事になってる。 『500』って数字はこの業界ではとんでもない大ヒットになるらしいんやけど、俺ら4人はほぼ毎月この数字をクリアしてた。 今月も当然全員余裕のクリアやし、遊び半分でやらされてる『JUNKS』ってユニット活動も好調で、近いうちにデジタル写真集とインディーズでのCD発売も待ってるらしい。 「いっつもよりいっぱいボーナスあげちゃうよん...とかちゃうん?」 「せえから、それやったら別に急ぎで呼ぶ必要ないやろ」 「急ぎの呼び出しとかさあ、正直なんか悪い予感しかせえへんよよなぁ」 褒められこそすれ、怒られるような事はなんも無いはずや...無いと思う...無いよな? 「あるとしたら、武蔵の女癖くらいやろ」 吐き捨てるみたいに言った翔ちゃんの言葉に、俺も思わず頷いた。 「ちょっ、お前らなぁっ!」 武蔵は必死に反論を試みようと勢いに任せて立ち上がる。 「武蔵のせいちゃうで。ま、正直もうちょい自重してもらいたい気持ちはあるけどな」 ドアが開き、大原さんとジュディさんが部屋に入ってくる。 その二人の表情は、『ボーナス、ボーナス♪』なんて明るいもんではなかった。

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