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悋気は恋慕に火を灯す【14】
「とりあえずみんな、急に呼び出す事になって悪かったなぁ」
持ってきた資料らしいファイルや紙束、それにノートパソコンをドンとテーブルに置くと、大原さんはいつも好んで座ってる入り口近くの小さいスツールに腰を下ろした。
ジュディさんは、部屋に備えてある冷蔵庫から取り出した水出し紅茶のボトルを人数分のグラスに向けて傾けてる。
この仕事を始めた頃は、モデルはフカフカのソファに座って社長が補助椅子みたいなんに座っるって状況に正直驚かされた。
ゲイビの業界いうんはそないモデルが大事にされるもんなんか?って威とか武蔵に聞いてみたら、こない社長がフランクで腰が低うてモデルを大事にしてくれる会社なんてよそには無いらしい。
ついでに、毎月毎月モデルごとの売上をきっちり出してくれて、それに応じて出演料以外にボーナスまでくれるって会社も殆ど無いんやそうや。
そう考えたら、ほんまに俺はありがたい会社に拾うてもうた。
社長にもジュディさんにも仲間達にも、どんだけ感謝してもしきれん。
ジュディさんが目の前に置いてくれた紅茶を口に含み、俺は真っ直ぐにそのありがたい恩人の方を向いた。
「なんかあんまり楽しい話の為に呼んだってわけでもなさそうやね」
そう声をかけると、大原さんは俺らをグルッと見回す。
「あんまり気分のええ事無い話も含まれてるな、確かに。別に誰かをどやしつけるってわけやないし、ちょっと長なりそうやったら寿司でも取るから、みんな気楽に構えといて」
胸元からマルメンのボックスを取り出すと、それを慣れた仕草で咥えた。
それを合図に、武蔵と翔ちゃんもポケットから各々煙草を取り出す。
俺と威は、ビデオの中で必要な場面があれば吸う程度で、普段は持ち歩く事すらしない。
煙草組がちょうど一本を吸い終わった頃、大原さんはようやく重い口を開いた。
「まず、大事な話の一つ目な。うちの系列会社やった『ヘラクレス』が独立した上で...ライバル会社と提携した」
驚いたように顔を上げたんは威やった。
『ヘラクレス』っていうのは、俺らが所属してる『株式会社 シールズ』の中にある、レーベルの一つ。
女性にも喜ばれるような男前ばっかりを集めたアイドルレーベルである『アムール』、SMを含むフェティシズムに特化した『スコルピオン』、これにいわゆるガチムチのハードコアが売りの『ヘラクレス』を合わせた三つのレーベルが、今日本で一番ゲイビデオを売ってる『シールズグループ』という事になる。
ただし経営の都合なのか、この三つのレーベルはそれぞれが独立した会社の形態を取ってて、書類上は本体である『シールズ』を仲介役として三社が業務提携を結んでるって形らしい。
詳しくはわかれへんけど、なんか昔『ヘラクレス』のビデオに高校生が出てたとかなんとかで全業務が停止になった事があったらしく、それをきっかけに各レーベルを別会社にしたって話や。
何か不測の事態が起きた時に他のレーベルに迷惑が及ぶ事が無いよう、問題のあるレーベルだけを解散させたら済むようにしたんやと思う。
そしてバキバキの肉体派でもある威は、時々この『ヘラクレス』のビデオに『レンタル』の形でちょくちょく出演してた。
「ま、まさかヘラクレスのビデオに出てたからって、俺...移籍とか......」
「アホ言うな。まあ向こうは正式にお前を自分とこに移籍させろとかふざけた事ぬかしとったけどな。誰がうちの大事なモデルを、はした金であんな腐った会社行かせるか!」
威はあからさまにホッと安堵のため息を吐いた。
勿論、気心の知れた俺らと違う会社に移らされるんが嫌やって気持ちも大きいやろうけど、何より威は...あの会社の仕事自体を嫌がってた。
そらそうや。
元々ノンケやのに、あそこに所属してるクマみたいな男に好き勝手されるんは精神的にもきついやろう。
俺らみたいな華奢な男相手に、わりと気持ちを重視したソフトコアが中心の『アムール』やからこそ威もここまでこれたはず。
「それって、あそこの撮影ほんまに嫌がってた威にしてみたら、結構嬉しい話やんな?」
「ま、今まで無理させてんのはわかってたし、威にとってはええ話かもな? 俺としても、これで威をJUNKSの仕事に集中させられる事については良かったと思うてるよ」
「それにしては...大原さん、浮かん顔してへん?」
「......そうやな。こっからがまあ今回の本題や」
社長が、何やら細かい数字がプリントされた紙を全員に回してきた。
そこには、『男の娘×男の娘』とか『お兄ちゃんといけない事しちゃった』とか『先生、僕の×××いじめないで』とか...非常に恥ずかしい言葉がこれでもか!ってくらいに並んでる。
これの何が恥ずかしいって...全部俺らの出演ビデオのタイトルやってこと。
そのタイトルの横には、DVDの売上枚数と昨日までの総ダウンロード数が一週間ごとのグラフと一緒に打ち出してあった。
「見てもうたらわかると思うけど、今月もお前ら四人の出演作品の売上は群を抜いてる。ほんまにみんな、お疲れさん。あ、後でジュディから報奨金についての明細もうて、振り込んでる金額と間違い無いか確認しといてくれ」
「うっわ、俺今月初めてトップちゃうのん? ほら、こないだアスカと撮ったやつ、武蔵とアスカのビデオより売れてる~」
「げっ、マジか!? うわぁ...アスカとのツートップで16ヶ月も守り続けてた俺の首位がぁぁぁぁ......」
「まあまあ、今回は内容が内容やさけせんないわしょ。アスカと翔ちゃんのガチ女装での掘り合いやら、ほらみんな観たいやろ。わえも買うたし。バニーちゃんの格好でチューしちゃあんの、やらしいて良かったでぇ」
「それやったら、俺がアスカに『先生、もうこれ以上はやめてくださいっ!』って言わせんのも観たないか?」
「観たかったさけ、それも買うたよ」
「威、すっかりアスカマニアやないか!」
「あははっ、マニアかもしらな」
売上リストを見て、みんなひとしきりワイワイと騒ぐ。
こんなやりとりは、ボーナスの話に集められた時は毎度の事やった。
せえけど、普段ならそこに『今度は俺もアスカんとこの撮影に混ぜてもうて3Pにする~?」なんてふざけて入ってくる大原さんは黙ったまんま。
その顔つきに、順調な売上に喜んでる気配は欠片も無い。
そんな妙に沈んだ空気は、すぐに俺以外のみんなにも伝わった。
一番はしゃいで喜んでた翔ちゃんは、ものすごいバツの悪そうな顔で大原さんに頭を下げる。
「翔、謝らんでええで。そらアスカの相手は武蔵やなかったらあかんて言われてた牙城を崩したんや、浮かれて喜んでもしゃあないと思う。せえけどな、今そのアスカが...トップから落ちそうになってるとしたら...あんまり喜んでられへんと思えへんか?」
想像もしてなかった大原さんの言葉に、俺以上にみんなが呆然とする。
手元の資料を捲り2ページ目を見て、内心余裕をぶっこいてた俺も呆然とした。
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