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悋気は恋慕に火を灯す【15】

「これって...?」 「ゲイホリックと、アダルトビデオナビのダウンロードリストや」 スマートフォンやパソコン向けにずいぶんと普及してきたアダルト動画サイト。 その中には、各ビデオメーカーから許可を得て作品の一部、及び全編を有料で視聴できるプラットフォームタイプのサイトってのがある。 会社ごとの契約によって多少違うけど、だいたいそんなサイトからは毎月どのタイトルが何度ダウンロードまたはストリーミング再生されたかって一覧表が送られてきて、その再生回数に応じてビデオメーカーに映像の使用料が支払われる事になってた。 今俺らが見てんのは、そんなプラットフォームサイトの中でも一番利用者が多いって言われる所のデータ。 単純にダウンロードされた数だけやなく、プレイ内容や主演モデルのタイプ、それに制作会社ごとの合計など、ありとあらゆる詳細なデータがランキング形式で掲載されてる。 俺の目は、その中の『主演モデル人気ランキング』に釘付けになった。 デビュー作を配信用に提供してからの1年半、俺は今まで一回も一位から落ちた事なんてなかった...のに...... 「アスカが...二位......!?」 「先月って、今までで一番売れたJUNKS名義のDVDが配信になったんやなかったっけ?」 「......そうや。別にビデオの再生回数が落ちてるわけやない。寧ろ順調に増えてる。ただ...この何ヵ月かで爆発的に再生回数の増えたモデルがおんねん」 別に一位でおる事に拘ってたつもりは無い。 プロでおる事、自分の居場所を守る事に徹してたら、結果が後からついてきただけや。 せえけどこうして『二位』という数字を見てしまった途端、俺が必死で守ろうとしてきたものが全部足許から崩れ始めるような錯覚に陥った。 顔から指先から、スーッと血の気と体温が引いていくんがわかる。 俺の異常に気がついたんか、いつの間にか武蔵が後ろから椅子ごとギュウと抱き締めてくれた。 「落ち着け、アスカ。こんなもんただのまぐれや、たまたまや。現にお前がトップ譲ってんのは新作のランキングだけで、個人累計はぶっちぎりの一位やないか」 「せえけど...ほんまはもう、俺なんか飽きられてるんかもしれへん...だって、新作の配信が伸びへんとか...別にみんな観たないんやん...どうしよう...俺、トップやないなってもうた...トップやない俺なんか、もう誰も相手してくれへん......」 「お前はまだトップやし...何よりうちのエースやろ。しっかりせえ!」 普段ではありえへんくらい厳しいて低い大原さんの声。 小さく震えてた唇をグッと噛んでそっちを見る。 「ええか? うちの場合、お前らの熱狂的ファンの子らも含めて、DVD購入の割合が極端に多い。コレクションボックスみたいな高額商品でも飛ぶように売れるくらいやからな。ここで少々再生回数が抜かれたからって、うちとしては痛くも痒くもない。サイトで発生する映像利用料なんてもんははした金に過ぎん。個人の売上金額にしたらアスカがずば抜けて高いのも間違いないねん。お前がこの業界で一番数字を持ってるって状況に変わりは無いんやから、今まで通り胸張ってプライド持って『トップ』やって名乗れ」 「しかしまあ...この、いきなりアスカを抜いた『瑠威』って何なん? 俺、いっこも知らんねんけど」 俺がトップから陥落したってのがまるで我が事みたいに、翔ちゃんは苦々しげな顔でリストの一番上の名前をピンと弾いた。 俺は黙ってじっとその名前を見つめる。 「ゴールドラインから半年くらい前にデビューしたモデルや。実はコイツが今急激に売上伸ばしてんのに『ヘラクレス』が関係してる」 「どういう事? てか、瑠威ってどんなモデル? 大原さん知ってんの?」 「年はまだだいぶ若いらしいで。見た目はそうやな...武蔵とよう似たタイプや。ほんまに文句なしの男前...コイツを見つけたゴールドラインのスカウトの目だけは確かやわ」 「せえけどなんぼ男前でもさぁ、ゴールドラインいうたら...モデルの教育が下手くそで、どんなイケメン連れてきても面白うもなんともないビデオ作る会社って有名ちゃう? それに、モデルの売上落ちてきたら超ハードコアのメーカーに移籍させたり裏物撮らせたり、しまいには風俗に売り飛ばすとかって噂無かったっけ?」 関東にある準大手メーカーのゴールドラインは、とにかく良い噂を聞くことの無い会社やった。 良く言えば流行りに対しての順応性が高い。 悪く言うなら、よその会社で当たった企画とか設定があったら、すぐに平気で丸パクリする。 モデルに対して男とのセックスをきちんと教えへんからか、ビデオの内容は色気も素っ気も無いって評判で、そんな会社に所属してるモデルにトップをかっさらわれたってのが俺のショックを倍増させてた。 「正式にうちと手を切ったんは先月なんやけどな、ヘラクレスの東京支部が4~5ヶ月前からゴールドラインに入り込んでて、この『瑠威』って坊やはヘラクレスのスタッフが中心になって売り出ししてるらしいわ」 シールズが短期間で日本一のゲイビメーカーになったんは、レーベルごとに選ばれたモデルのレベルが高かったのも勿論あるけど、それ以上に突出してたんは大原さんを中心とした営業スタッフのマーケティング力と言われてる。 その大原さんのノウハウを受け継いだ人間がこの『瑠威』って新人の売上戦略に関わってるなら、確かに急激にゴールドラインが力をつけてきてるってのもわからんでもない。 「実売ではうちのが相変わらずはるかに上やけどな、配信とはいえこの『瑠威』がアスカを抜いたって事で、これからゴールドラインは瑠威を『ゲイビ界のトップ』って名乗らせるやろう。DVDのパッケージにもお前を抜いたってあからさまに入れてくるかもしれへん。そうなると、肩書きやら煽り文句につられてあっちに流れる客も多少は出てくるやろう」 「......ほんまの日本一になる可能性も...あるって事?」 俺の質問に大原さんは黙って頷いた。 俺が...俺らがみんなで作り上げた『日本一』の居場所が...... みんなもさすがに事態が飲み込めてきたらしい。 翔ちゃんが落ち着かん様子で周りをキョロキョロしだして、まるで宥めるみたいに威がポンポンて背中を叩いてやる。 「翔ちゃん、大丈夫やいて。社長はなんぞ対策を立てやなあかんて思うから、わえらをここに呼んだんやろ? 今は落ち着かなあかな。そういう事やろ、社長?」 「そう。これからゴールドラインの攻勢に対してのうちの方針を考えていきたいと思うてる。ただその前に...ちょっと瑠威っての、見てみいひんか?」 手元のパソコンを準備すると、大原さんが俺らの方に画面を向けてくる。 みんなちょっと真剣な顔で、動画の読み込みが終わるのをじっと待ってた。

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