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悋気は恋慕に火を灯す【19】
「いきなりで本当に申し訳ないです」
「俺...アンタんとこの会社なんか...全然知らんし」
自分でも失礼な物言いやってわかってるけど、頭ん中も胸の中もなんかグチャグチャで、言葉を選んでるような余裕が無い。
「ご存知でないのも無理はないかと思います。私共ビー・ハイヴは元々アダルトビデオ...男女物の制作会社ですので」
はぁ!?
男女物?
そんなもん、この会社では俺に一番関係の無い話やないか。
どうしても女と絡ませたいんなら、俺やなしに武蔵んとこでも行けよ。
わけのわからん話が始まり、『話を聞け』なんて言った大原さんに対して段々ムカついてくる。
無意識に睨んでたらしい俺に、大原さんは苦笑いを浮かべながらコツンとデコをグーで殴ってきた。
「まだ話は終わってへんやろ。睨むんなら全部聞いてからにせえ」
「アホ臭うて聞いてられるか。んなもん、ノーマルAVのメーカーが俺に何の話があんねん」
「あのっ! あのですね...まずご理解いただきたいのはうちの会社のコンセプトなんです。『女性が見て感じる、幸せな大人のエンターテイメント』を全面に打ち出してまして、AVと言ってもあくまで女性が見る為の作品作りを心がけてます」
「どんなコンセプトやっても俺には無関係です。俺に会いに来てるって事は、少しは俺の事知ってるんでしょ? 俺はJUNKSの他のみんなと違うてホンマにゲイなんです。別に女性を敵やと思わなあかんほど嫌いなわけちゃうけど、性的な対象として見る事は全くできません。つまり、俺のチンチンは女性相手では勃ちません。わかります? 俺はノーマルAVの会社なんか行っても役立たずのフニャチンくんなんです」
「......女性の為のAVを作る会社なら、次はその女性が見たがっている男性同士のAVを作ったっておかしくないとは思いませんか?」
「はぁっ? ああ...なるほどね...はいはい、そういう事? 世間的にもボーイズラブとかってもんが認知されだして、俺らが出てるゲイビなんかも今の購買層は女性が中心で、そこに商売としての旨味を見つけたわけや? んで、自分とこで新しいモデルとかスカウトすんのが手間やから、とりあえずそこそここっちの世界で知名度がある俺を引っ張ろうとか安易に考えたと?」
木崎と名乗った人が、ジッと俺を見た。
まともにぶつかった視線には、ちょっと怒りが含まれてるみたいに思えなくもない。
「否定はしません。うちの会社設立当初からゲイビデオ部門の立ち上げは構想にありましたが、実際にこうして始動できるようになったのは『商売として成立する』という算段が立ったからです。そこを後出しで安易だと思われるのは致し方ない事かもしれません。ですが、アスカさんの持っている知名度と売上目当てで移籍をお願いしたと思われるのは非常に心外ですし、こうしてわざわざ席を設けてくださった大原社長にも大変失礼だと思います」
「そしたら他に何があんねん! 社長も社長やろ! 移籍でどんだけの金が動くんか知らんけど、俺の価値はそんな低いんか! こんなわけのわからん会社に売り飛ばさなあかんくらい、俺は役に立ってなかったんか!」
言いながらますます腹が立ってきて、思わずテーブルを叩いて立ち上がる。
まだ腰がジンジンしてるけど、こんなとこいつまでもいてられるか!
そのまま出て行こうと背中を向けるといきなり肩を掴まれ、振り向いた途端...ガコーンと思いっきり殴り飛ばされた。
構える事も受け身を取る事もできへんまんまで、まともに顎に入った拳に膝が砕ける。
「最後まで聞けって言うたよな? 俺はお前を裏切らへんとも言うたよな? ええか、最初で最後の...社長としての『命令』や。とにかく話が終わるまで...座っとれ」
まだ頭がグワングワンして立ち上がられへん俺の目の前に膝を着いて、大原さんが俺をギュッて抱き締めてきた。
「この移籍の話で金は動いてへん。そんなもん、うちの社員が転職するってだけの話やからな。金貰うどころか、うちがお前に退職金払わなあかんくらいや」
「......退職金なんか...いらん...俺はここにおりたい...みんなとおりたいのに......」
「うん、それやったらそれでもかめへんねん。お前がそれを選ぶんなら、ずっとうちにおったらええ。せえけどな、それは木崎さんの話を聞いてから決めろ。お前にとって悪い話やと思うたら、こんなもんお前の耳に入る前に握り潰してる。そうやろ? お前の為になれへん話ならここには呼んでない」
「大原...さん......」
「アスカには感謝してる。ようさん稼がしてもうた。お前に会うてから、武蔵も威も翔もものすごい意識を高うに持つようになった。新人のモデルも、お前がしっかり教育してくれたおかげでどんどん売上伸ばしてる。何より、人懐っこいのにどっか甘え方がぎこちないお前と一緒におるんは...ホンマに楽しかったよ。会社としても俺個人としても、お前の存在は...大きかった」
「......お別れ決定みたいな言い方...すんなや......」
「お前の為になる話やと思うてんねん。せえから...木崎さんの話を聞いて、うちを辞めるんが正解やって俺は考えてる」
一度ポンポンと頭を優しく叩くと、大原さんは相変わらず力の入らない俺を抱き締めたままでゆっくりと立ち上がらせ、改めてそっとソファへと座らせた。
殴られた顎も、ケツの中も腰もめっちゃ痛いけど、それよりも...胸が一番痛かった。
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