42 / 128

悋気は恋慕に火を灯す【20】

「今現在、当社には所属男優・専属モデルというシステムはありません。男女物のAVを制作しているだけならば、無理に専属にする必要性が無かったんです。というのも、視聴対象である『女性』からの支持の高い男優さんは制作会社所属ではなく、フリーか芸能事務所に所属している場合が多いからです。こちらの依頼をして引き受けてさえもらえれば、ちゃんとプロとしての仕事ができる方を呼べる。ところがゲイビデオの世界はちょっと違いますよね? いざ本格的に参入しようとしたものの、ゲイビデオ業界ではほとんどのモデルは制作会社の所属になっていて、出演を依頼する事すらできなかったんです。フリーで活動されている方はタチ役に偏りがちですし、どちらかと言えばフェティシズム系の方が多い...私達の作りたいビデオにはどうしても合わなかった」 「そしたら自分らでスカウトでもなんでもして、育てなしゃあないやん」 「勿論最初はそれを目指しました。今も決してそこを諦めたわけではありません。見た目だけなら、その辺のストリート系雑誌の誌面を十分に飾れるレベルの男の子達を集められたと思います。本当に失礼とは思いましたがこちらのシールズさんをビジネスモデルとして、男性相手のプロの方に来ていただいてきちんと男性同士のセックスについて講習も受けさせました。でも...それでもやっぱり違うんです。どれだけ私達の望む物を伝えても、彼らの気持ちも技術も一向に向上しない...おそらくうちのモデルに足りないのは、みんなを引っ張れるだけの容姿とテクニックを持ったリーダーなんだと思います」 木崎さんて、なんか熱い人やな...やる気なんて全然感じへんやろう俺の適当な相槌に必死になって、一生懸命になって汗なんかかきながら思いを伝えてくる。 その熱っ苦しいくらいの勢いと情熱だけはちょっとだけ理解できた。 冷やかし半分みたいな気持ちやなく、ちゃんとした理由があって俺んとこにわざわざ来てくれたんやってのもわかる。 せえから俺もちゃんと話聞いて...ほんで、ちゃんと断らなあかんねんなって背筋を伸ばした。 「私達の作りたいのは、映画としての視聴にも耐えうるだけのストーリー性を持ちながら、それでもちゃんと見ている人を興奮させられるアダルトビデオです」 「うん、そうなんやろうなぁってなんとなく思います」 「私達の探したモデルくん達では、セックスでも演技でも...求める物を作れません」 「そしたら...諦めなしゃあないんちゃいます? それか、どの部分かを妥協するか」 「外見にもストーリーにもセックスにも、一切妥協なんてしたくないんです! そこで妥協してしまえば、それは既存の会社が作ってるビデオと何も変わらない」 だからって...なんで俺やねん...ソファの背凭れに体を深く沈めて天井を見る。 確かに今の俺は売上トップや。 頑張って走ってきたって自負もあるし、まだまだ簡単には他の奴に負けへん自信もある。 せえけど、結局その売上はJUNKSのみんなが作ってくれたもんや。 俺だけの力やない。 色気やったら武蔵の方がずっとある。 大人っぽさと男っぽさは威が一番やし、顔の可愛さも綺麗さも翔ちゃんにはかなえへん。 それやのに...なんで俺? そんな気持ちが顔に出てたんか、木崎さんは俺を見てフフッて笑った。 「他の皆さんの方が、うちが探してるタイプには合うんじゃないかって...考えてますか?」 「はい。別に俺に他のみんなより突出してるもんがあると思わないんです」 「お前、ほんまにアホや」 しばらく黙って聞いてた大原さんの拳が、またコツンと飛んできた。 まあ今度は顎やなくこめかみやったけど。 「あいつらの魅力を引き出したんはお前や。お前の持ってる色気に負けんようにって、あいつらは自分の武器になるもんを身に付けた。お前の隣に並んで一番似合うのは自分でありたいって、あいつら三人のつばぜり合いよ。他のモデルにしてもそう。お前がそばにおって手を引いてやる事で、みんなそれぞれ自分の強みを見つけてん。お前はそういう奴やねん...セックスで気持ちようにするだけやなしに、そのセックスしながら相手のエエとこを無意識に褒めてやってる、わかるか?」 「わかれ...へんわ、そんなん」 「抱いてる時も抱かれてる時も、ものすごい相手見て、その相手の為に動いてやってんねん。お前の気持ち良さそうな顔に、お前の幸せそうな顔に、みんなもっとそんな顔見る為にはどうしたらええんやろうってちゃんと考えるようになる」 「別に、普通に気持ちエエだけやし」 「そしたら、それでええやないか。そんなんてお前の天性のもんなんやろ。勿論、昔の嫌な思い出の相手は別やぞ? ただ、お前とちゃんとセックスした相手はみんなエエ男になっていってる。まあアゲマンならぬ、アゲチンてとこやな」 「アスカさんのビデオ、ほとんど拝見しました。キュートだったりセクシーだったり、少し鬼気迫って怖かったり...本当に素敵でした。こんな方がいてくださればきっと私達の作りたいビデオが作れるって、本気で思ったんです」 どれだけ言われても、俺がJUNKSから離れるなんて考えられへん。 だってまた...一人ぼっちになってまうやん...... 「ものすごい俺を買ってくれてるんはありがたいです。もったいないくらいの言葉やと思います。せえけど俺は......」 ハッキリと断りの言葉を口にしようとした所で、大原さんが俺の手をギュッて握ってきた。 「なあ、アスカ...お前、会いたい人がいてるんやなかったんか?」 唐突に呟かれたそんな言葉に、意図が掴めず小さく首を傾げる。 「ビー・ハイヴさんてな、メディアミックス型の宣伝が上手やねん。新しいAVの発売が近づいたら上手いタイミングで男優さんのグラビアをファッション誌に載せてみたり、ウェブコラムにビデオ評と男優のインタビュー掲載したりな。当然、新しいレーベルがスタートするってなりゃ、華々しい宣伝はしてくれるはずだ」 「大原さん...?」 「うちがいくらCD出そうとデジタル写真集発売しようとな、所詮は関西のゲイビ会社が一部のファン向けにやってる事や。せえけどビー・ハイヴさんはちゃうぞ。全国区の販売網も宣伝網もちゃんとしてる上に、女性向けに特化したAV会社って事でアダルトメディアだけやなく、一般のマスコミ媒体まで注目してる」 いつの間にか、俺の手を握ってたはずの大原さんの手は髪の毛をワシャワシャと撫でていた。 その目は優しく、でもちょっと寂しそうに細められる。 「うちなんかにおるより、お前が探してる人の目に留まる機会が増えるやろ。どこにおるんかわかれへん人探すんならな...関西のアングラでチマチマやってるより、東京でフラッシュ浴びてる方が確実やと思えへんか?」 そこか...... そんな昔の話を覚えてくれてたんか...... それで俺にアムール辞めて向こうに行けって...言うてくれたんか...... 大原さん...ありがとう...... 「木崎さん、面白いお話を持ってきてくださって、ほんまにありがとうございます。それに、俺をものすごく高く評価してもらってるのもほんまに嬉しいです」 「じゃ、じゃあアスカさん......」 「......俺は、確かに人を探してました。大阪でその人は見つかりませんでした。でもその代わりに...俺は俺だけの居場所を見つけました。せえから俺は、その居場所を手放したくありません。今は...東京には行けません」 きっぱりと言い切った俺に大原さんは『あちゃー』なんて言いながら苦笑いを浮かべ、木崎さんは『一回で決まるなんて元々考えてません』と明るく笑って俺と握手をすると事務所を出ていった。

ともだちにシェアしよう!