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悋気は恋慕に火を灯す【21】
事務所での対面以来、『諦めない』の言葉通り木崎さんは一週間から10日に一度くらいのペースで俺の所に来るようになった。
けど、別に猛烈に自分とこに勧誘するとかそんなんやなしに、ただフラ~ッと友達の顔だけ見にきたって感じ。
メシに誘われて居酒屋に行き、『どこのメーカーからも門前払いされる~』なんて愚痴を聞き、それを毎回『まあ、頑張って』と励ますんがお決まりのパターンみたいになってた。
そして、アムール所属のモデル総出演のイベントが近づいたある日...一つの転機が訪れる。
またしても木崎さんから『もうすぐ大阪に着きます』なんてメールを受け取ったんは、馴染みの美容室に入ったところ。
ちょっとプリンになりかけてた髪を、イベント仕様でちょっと派手めの金髪に染めてもらう事になってた。
派手めって言うてもあんまり安っぽうにはしたないから、ほんまもんのプラチナブロンドに見えるくらいまでガッツリ色抜いて、そこから丁寧に染めてもらうつもり。
そう、スプレーでも吹き付けたような嘘くさい金髪にはしたない...頭にふと、襟足の長い安っぽい金髪頭がふっと浮かぶ。
「瑠威......」
その金髪姿を呼ぶように小さく名前を口に出してみたら、それだけでキューッて胸が痛くなる。
初めて社長の所で見て以来、買ったり借りたりダウンロードしたりと、瑠威のビデオはかなりの数を見た。
タチもネコも、ノーマルも陵辱物も。
興味も無いのに女との絡みまで。
そのたびに思ったのは、瑠威はほんまにセックスが下手やって事。
相手を悦ばせる方法どころか、自分が気持ちようになる方法すらわかってないようなセックスやった。
ただ、抱いてても抱かれててもやっぱり瑠威は綺麗な顔をしてて...あの印象的な目は、いつも悲しそうなまんまで強い光を放ってた。
たぶんあんなイケイケオラオラな姿はしてるけど、女とすらほんまのセックスした事が無いんやと思う。
ぎこちない腰の動きも、相手の体を撫で回す指も、そりゃあもう下手くそで見てられへんかった。
それでもビデオの撮影後に入るフリートークやオフショットでは、不敵な笑みで高飛車な発言を繰り返してて......
それはあの俺の胸を撃ち抜いた、ちょっと低めのセクシーな声で......
ビデオの内容がハードであればあるほど発言も態度も不遜な物になってて、周りから無理矢理言わされてるか、そうやなかったら自分の中のボロボロのプライドを精一杯守ろうとしてるだけなんやって簡単にわかる。
使い慣れてないんか、汚い言葉ほど言い淀んでたし。
発言や態度はただ不快でしかなくて、時にはうちの会社にケンカ売るみたいな事まで言ってんのに...あの声と目はビデオを見るたびに俺の欲を煽った。
男らに組み敷かれてチンコ突っ込まれてるシーンではなんとも思わんかったのに、トーク場面の瑠威を見てたらどうしようもなく興奮して、そのまま抜いた事まである。
俺やったらもっと瑠威を活かしてやれるのに......
俺やったらもっと気持ちのええセックスを教えてやれるのに......
「アスカっ! 携帯鳴ってる!」
髪に薬剤を塗られながら目を閉じてた俺に、担当のあっくんが肩を叩きながら体を揺らす。
あっくんもゲイで、元々の出会いはハッテンバになってるバーやった。
知り会うた頃に1回だけ寝たことはあるけど、セックスしてるより普通に喋ってるだけの方が俺らには合ってたから、それからはただの友達になってる。
ま、体の相性が悪かったってやつ。
「なんや、メールやん。驚かさんとってよ」
「何言うてんのよぉ。そしたらもうちょっと着信の設定音短うにするとかしてくれる? ところで...瑠威って誰?」
「うっさいなぁ。別にあっくんには関係無い名前や」
「んもうっ! アタシとアスカの仲で隠し事とかひどいやんか」
......俺との相性が合えへんかった理由は、これ。
あっくんは女の子として男に愛されたい男の子。
けど俺は男として男を愛したい。
結局最初から求めるもんが違うてた。
そんなあっくんは、金が貯まったらそのうちちゃんと全身の工事をして、ほんまもんの女の子として生きていきたいらしい。
次の薬を丁寧に髪に塗り込めるあっくんの手付きをチラチラ鏡で窺いながら、俺は携帯に手を伸ばした。
『アスカく~ん、お姉さんは、君が今日はオフだって知ってるんだぞ~。今どこにいるの? お姉さん、寂しい』
ちょうど店に入るタイミングやったからメールを一旦スルーしたんやけど、その事をちょっとお怒りらしい。
別に、オフやからって木崎さんと約束してたわけちゃうんやけどなぁ...
『今美容室にいます。たぶん3時間くらいかかるよ?』
『オッケーオッケー、じゃあ大原さんと先に飲みに行ってま~す』
......おいおい、いつから大原さんと飲みに行くような仲になってん。
自分とこのモデルの引き抜きにきてる別の会社の人間と、普通に飲みに行く社長ってのもおかしくないか?
まあ俺にしてもそのスカウトの話を断ったくせに、妙に熱くて一生懸命理想を語る木崎さんて人が面白うて、結局は大阪に来るたびに遊びに行ってんねんけど。
「やだっ、もしかして彼氏?」
「そんなんちゃうって。そもそも、今のん女の人やで?」
「うっそ! 女と付き合うてんの!?」
「アホか。女に勃てへんの知ってるやろ。せえからあっくんとの時には最後までできへんかったやん」
「んふっ、アスカのそういうとこが好きよ。最初からアタシの事、女の子だって見てくれてたもんね~」
フンフンとご機嫌に俺の頭にラップを巻きだすあっくん。
中身が女やなかったら、そこそこ男前やしガタイも悪ないし、結構好みやねんけどなぁ...鏡の中に映る真剣な横顔や、綺麗で長い指を見つめながらなんとなく手元の雑誌を手に取った。
美容室に来た時くらいしか読む事のない、女性向けのゴシップ雑誌。
誰が誰と結婚したとか、嫁が姑にいじめられるとか、そんなんまったく興味無いし。
ただ、これからしばらく円盤みたいな機械を被せられて大人しいしとかなあかんし、他にやる事も無かったから。
......そう、ただなんとなくやる事が無いから手に取っただけ......
パラパラとページを捲り、流行りのスイーツ特集なんてもんをちょっとワクワクしながら眺める。
ナッツがてんこ盛りのキャラメルナッツタルトは大阪の店の商品で、今度一回行ってみようと住所をしっかりチェックした。
まだスイーツの写真が続いてるもんやと思って、一枚ページを捲ると残念ながらそこは何やらグラビアが載ってる。
ヌードになってる男性が、同じく裸の男性に後ろから抱き締めてられてる写真。
背後から回された腕を蕩けそうな顔で握っている男性のその顔に...俺は愕然とした。
「あ...あっくん...あっくん!」
写真を指差しながら呼ぶと、あっくんは少し驚いたような顔をした。
「あ、やだ...ごめーん。もしかしてそれ、先週のんやった?」
「ち、違う...そうやなしに...これ、これ...この写真の人......」
「ああ、勇輝?」
「ユーキ...やっぱりユーキって言うん? あっくん知ってんの?」
「うん、知ってる。まあ...アスカは知らんかってもしゃあないかなぁ...この人今ね、一番人気のあるAV男優やねん。最近はこうやって、雑誌のグラビアやってる事も多いんやで」
「AV...男優?」
「そう。実はアタシもファンで、勇輝が出てるビデオ、何本か持ってるの...キャーッ、恥ずかしい。何、こういうのがアスカの好み?」
「あ、いや...そういうわけじゃ......」
「まあね~、勇輝ってほんと綺麗だしセクシーだし。でも残念ながら、先約ありなのよ」
「どういう事?」
「その勇輝を抱き締めてる男前ね...あ、みっちゃんて言うんやけど、このみっちゃんと今同棲してるって堂々と交際宣言してるのよ。ちなみにみっちゃんも、最高に素敵なAV男優さんやねんで」
ユーキくんがAV男優で...おんなじAV男優と同棲してる...?
俺がずーっと探してた人は、俺が知ってるよりも筋肉バキバキになって、俺が知ってるよりもはるかにイヤらしい顔で、でも物凄い幸せそうに...俺の見た事も無い男の腕の中で笑ってた。
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