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悋気は恋慕に火を灯す【22】

髪の出来は抜群やった...と思う。 色の入り具合も、その色味に合うように丁寧に梳かれた後頭部のボリュームも、たぶん完璧。 綺麗で艶々のプラチナブロンドやった。 ほんまに鏡の中の俺はお人形さんみたいに見える。 いつもなら『あっくん、天才っ!』なんて言いながら、二人でもっとキャアキャア騒いでるんやろう。 んで、店が上がる時間を待って一緒にメシでも食いにいってたはず...それも、俺の奢りで。 それくらいテンション上がってもおかしないほど、今日のあっくんの施術もすごかった。 せえけど今は...自分の姿なんて正直どうでもええってくらい気が急いてた。 さっき送ったメールの返事が来たのと同時に慌てて立ち上がる。 「あれ、アスカ? 今回のん、あんまり気にいらんかった? やり直した方がええ?」 「んなことないよ、イメージしてたよりずっとええ感じ。ただ...悪い、俺今からどうしても急いで行かなあかんとこできてん、ほんまごめん。絶対今度埋め合わせするし」 最高の仕上がりにロクなお礼も言ってないって気がついたのに、今はもうここを出ることしか考えられへん。 ちょっと寂しそうなあっくんに口先だけの謝罪をすると、会計を済ませて美容室を飛び出した。 木崎さんと大原さんは、東心斎橋のスペインバルにいてるらしい。 美容室のある長堀橋からやと徒歩で行くんが確実やし一番早いやろう。 メールで送られてきた住所を頼りに、ただひたすら堺筋を南下していく。 あるかどうかわかれへんと思いながら途中見かけたコンビニに寄ってみたら、運良くさっき見た女性週刊誌が一冊だけ残ってた。 それだけを手にすんのはちょっと恥ずかしくて、ついでに大原さん用にマルボロのメンソールも2箱買うと、それを肩にかけた帆布のトートバッグに押し込んでコンビニを飛び出す。 精力には自信はあっても、体力には自信はまったくない。 自分でもそんな自覚はちゃんとあんのに、俺の足は前に進むごとに少しずつ速度が上がっていく。 早歩きから小走りに。 徐々にストライドが大きなって、ランニングから猛ダッシュ。 こんなに走るんは高校出て以来。 胸と脇腹が痛い。 足はわりと早い方やってんけど、不摂生し過ぎて体力ほんまに落ちてんねんな...情けない。 早くて浅い息を必死に繰り返しながら、頭はついさっきまで携帯で調べてた検索の内容でいっぱいやった。 『勇輝』 今は片仮名表記やないと教えてもらい試しに漢字で入力してみれば、検索候補の3番目くらいには『勇輝 AV』って出てきた。 色んなデータやらファンサイトやら、あっちこっちに飛んでみてわかったんは、勇輝くんになったユーキくんは男優になる以前の事は一切話して無いらしい。 ただ出演歴を見てみたら、ユグドラシルが無いなって半年もせんうちには男優としてデビューしてた。 そっか...ずっと...東京におってんな...... 懐かしくて嬉しいのんと同時に、チリッと嫌な小さい痛みが胸に走る。 デビューから1年ほどして、あのうすらデカイ『みっちゃん』とかいう男と付き合いだしたらしい。 それはそれはラブラブで、ゲイと蔑まれる事も覚悟の上で堂々と交際宣言し、ファンの子のブログなんかを読む限り色んなメディアで夜の生活についてまで赤裸々に語ってるってのがわかった。 ユーキくんが幸せなんは嬉しい...と思う。 ......たぶんやけど。 ただ、俺がユーキくんを探してもがいて一人ぼっちで泣いてた時にはもう新しい居場所見つけて、おまけに恋人までおったなんて...... いや、俺かて結局ちゃんと居場所は見つけたんやし、恋人はおれへんけど代わりに最高の仲間とワイワイ仕事できてんねんから妬むとか恨むとか、そんなんじゃない。 そんなつもりなんか無いのに...... 自分の居場所も見つけて、もうユーキくんの事はきっぱり忘れようって思いながら、それでも心のどこかでユーキくんを忘れられへん情けない俺。 ユーキくんは俺の事なんてさっさと忘れて新しい場所で、新しい生活を送ってるのに...... グラビアに映ってた二人の笑顔が頭に浮かぶ。 ほんまに幸せなんやと思う。 みっちゃんて人は、ユーキくんの事を精一杯大事にしてくれてるんやろう。 一緒におった頃に、ユーキくんのあんな無防備な笑顔なんか見た事無かった。 ほんまに大切な人ができるって、あんな風になんの? 俺にもいつか、あんな溶けそうな顔で笑える時って来るんかな? ユーキくんへの手掛かりができたのが嬉しい。そのユーキくんが、もう俺の知らん新しい生活を始めてた事が寂しい。 存在を隠しもせん恋人がおった事が悔しい。 そして...あんまりにも幸せそうで...羨ましい...... ようわからん感情で、勝手に涙が出てくる。 いや、慣れてない運動なんかしたせいで苦しなっただけや...目的の店の前に着き、一生懸命深呼吸を繰り返した。 ポケットからハンカチを出すと、そこに持ってたミネラルウォーターをちょっと垂らして目許を押さえる。 大丈夫...落ち着け...なんもない、なんもないねん...... そのまま水を口に含み、カラカラで引っ付きそうになってた喉を潤した。 大丈夫、俺はもうキラやない。 ちょっと泣き虫で、ユーキくんの真似ばっかりしてたキラやない。 俺はアムールのトップで、誰よりかっこ良くてイヤらしいってみんなを引っ張ってきた、JUNKSのリーダー、アスカや...... フーッと息を吐いて背筋を伸ばす。 何回か口角を上げる練習をして目許からハンカチを取ると、俺はニッコリと笑顔を作って店のドアを勢いよく引いた。

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