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悋気は恋慕に火を灯す【23】
なんでもない顔を作って、店の一番奥のカウンターに陣取ってる二人に近づいた。
俺がいてるとか気づいてないとは思うんやけど、聞こえてきた会話は『こないだジュディさんにもらったお土産のお菓子美味しかった~』だの『雑誌の取材受けた時、感じが悪かったんでこっそり帰ってやった』だの、なんやどうでもええ話をしてる。
二人が会ってるからって、俺を含めモデルの移籍の打ち合わせなんかをしてるってわけでもないのがほんまに不思議で、なんかちょっと嬉しかった。
大原さんと木崎さんて、利益とか損得とか、そういうの抜きにして付き合える間柄なんやなぁって。
「遅なりました」
俺はすぐそばまで近づいた所で二人に声をかける。
まるっきり気づいてなかった二人はメッチャ驚いてたけど、すぐに笑顔に変わって間の席を空けてくれた。
「アスカくん、その頭どうしたの!? すっごい綺麗だけど、あんまり今までと違っててビックリ!」
「ああ、今度アムールのモデルみんなでファンイベントあるんですよ、ホストクラブ貸し切りで。んで、それ用に...ね? 武蔵とか威とか爽太なんかはバリバリのホスト系でいくらしいから、俺と翔ちゃんはフリフリの羽とか付けてアイドルっぽくしようって。それで思いきって金髪にしてみてんけど、どう? あかん?」
「ううん、すーっごい似合ってる! これさ、頭に小さいハット型の髪飾り付けて、タータンチェックのスーツにラバーソールとか似合うと思うのよぉぉぉ。きれい目なロンドンパンク? ヴィヴィアン・ウェストウッドとか、どう?」
「ヴィヴィアンとか高いんやも~ん」
「絶対着てくれるんなら、アタシが買う! アスカくんになら、いくらでも貢いじゃ~う」
木崎さんはすでに少しだけ酔ってるらしい。
何度か一緒に飲みに行っててわかったけど、この人は酔ってるととにかく人の為に金を使いたがるのだ。
邪な気持ちでもあったんちゃうかとチラッと大原さんを見る。
俺の視線の意味に気づいたか、大原さんはブンブンとやたら大きく手を振った。
「俺が飲ませたんちゃうぞ! 木崎さんが勝手に飲んでんからな!」
「......ほんまかいな。男でも女でも、見境ないからな......」
「アホ言うな。確かにどっちも有りやけど、酔わせてどないかしようってほど落ちぶれてへんわ。んで、お前何飲むんや? サングリアかシードルでええんか?」
俺の返事も聞かず大原さんはスタッフを呼び止め、サングリアを3つとイベリコ豚のアヒージョ、それに豚モツの煮込みを勝手に頼む。
大原さんは大原さんで、思ってたよりも酔うてるらしい。
『二人で飲みながら待ってる』とメールが来てから3時間弱か?
ほんまにガッツリ飲みながら待ってたんやろう。
「はい、じゃあ改めてカンパ~イ」
目の前に新しいグラスが置かれた途端、俺を無視して二人でそれを合わせると、木崎さんも大原さんもそれを一気に飲み干してしまった。
......まずいな...メッチャ気持ちように酔ってるやん......
木崎さんに聞きたい事があるのに...それを切り出してもええもんかがわかれへん。
俺は甘みを抑えたサングリアを舐めるみたいに飲みながら小さくため息をつく。
「あーっ、悪いアスカ。俺、タバコ切れたわぁ。ちょい買うてくるから、二人で待っといて......」
胸のポケットをバンバン叩いて予備のタバコが無い事を確認すると、大原さんが立ち上がった。
ふと、さっき立ち寄ったコンビニでマルメンを買ってきてた事を思い出す。
「あ、大原さん待って! 俺、買うてきてん!」
カバンからコンビニの白いビニール袋を取り出す。
出てくるのはマルメンが2箱と...女性週刊誌。
まさか俺のカバンからそんなもんが出てくると思うてなかったんか、木崎さんが目を丸くしながらその雑誌を手に取った。
いやまあ、勿論普段の俺やったらそんなもん買えへんねんけど......
「へえ、なんか意外。アスカくん、こんなの読むんだ?」
ページを捲りだした木崎さんに、話を振るなら今しか無いって確信する。
美容室での俺とおんなじでスイーツのページを食い入るように見てる木崎さんの手をしっかり握った。
「ちゃう...いっつもはこんなん、絶対買えへんよ。ただ今日は...ちょっと木崎さんに聞きたい事があって買ってきた......」
軽く話すつもりやったのに妙に声が震える。
俺の様子がちょっといつもと違うのに気づいたんか、木崎さんは思いの外真面目な顔で真っ直ぐに俺の方を向いた。
話してもええよといってくれてるみたいな雰囲気に、俺は木崎さんの手を握ったままページをそこから2枚手繰る。
「この人...知ってる?」
現れたグラビア。
木崎さんの目がその人物を捉えると、フワッと優しく微笑んだ。
「うん、二人とも知ってるけど...アスカくん、知り合い?」
「......あ、あの...ユーキって...どんな人? 木崎さんは一緒に仕事したこと...ある?」
「勇輝くん? 仕事したことあるわよ。うちのビデオにこれまでも何度か出てもらった事あるし、間違いなくこれからも一番出演をお願いする男優さんでしょうね。どんな役柄を依頼しても完璧にその役をこなす、すごい男優さんよ。世間的にはアイドル男優なんて言われてるけど、そんな軽いもんじゃないの。見た目だけじゃなくて現場の空気の作り方もセックスのテクニックも、私が直接見てきた中では一番かも。それでも全然えらそうにもしないしものすごく優しいし、いつも腰が低くて話が上手でね......」
人気があっても偉ぶらない、いつも謙虚で優しい人......
そうか...ユーキくんは...昔のまま、変わってへん...のか?
「......木崎さんとこのビデオにも...出てんの?」
「うん、今のところは時々ね。まあ、今のところだけど」
「今のところって?」
「......これはトップシークレットだし、私は担当じゃないからまだ詳しい事は知らないし言えないんだけど...今後上手く話がまとまれば、時々じゃなく『いつでも』うちのビデオに出る事になるかもしれないの」
「それ、どういう意味?」
「今ね、勇輝くんの事務所に専属契約の話を持っていってるらしいのよ...この、一緒に写ってるみっちゃんと二人で」
ユーキくんが...ビー・ハイヴの専属になるかもしれへん?
そしたらもし、俺がおんなじように専属になったら?
......会える機会が...ある?
いや、でもユーキくんはノーマルのAV男優やし、俺はゲイビモデルやし。
現に木崎さんも担当ちゃうから詳しい事はわかれへんて言うくらいやから、まるっきり接点なんて無い可能性のが高いんちゃうの?
そもそも勇輝くんが俺を覚えてるとも限れへんし、寧ろ忘れたい存在やったら会う方が辛いんかもしれん。
そうや、やっぱり俺はアムールを...JUNKSを捨てられへん......
グルグルと色々な考えが浮かんでは消え、また浮かぶ。
ようやく俺が一杯目のサングリアを飲みきった頃になり、タバコを咥えた大原さんがボソッと言った。
「あのなぁ、アスカ...うちではどうにもしてやる事はできへんけど、木崎さんとこやったら...ひょっとしたら瑠威を助けられるかもわかれへんぞ......」
その言葉に俺は真っ直ぐに大原さんを見る。
そんなわけないのに...その名前を聞いただけで、知らんうちに涙が溢れてた。
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