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悋気は恋慕に火を灯す【24】

「な、何言うてんの...意味が...わかれへん......」 心臓が破れそうなくらいバクバク言うてる。 なんでここで瑠威の名前が出てくんの? そんな話、今まで欠片も出てけえへんかったやん。 驚きすぎて動く事もできへんようになった俺の頬っぺたを、木崎さんがハンカチでそっと拭ってくれた。 「うちはまあ、ゴールドラインとはライバルどころか敵対関係にある。そらレーベル丸ごと引き抜きに遭うたようなもんやし、ビデオの中でもJUNKSをからかうような内容入れてこっちを挑発してきてるんやから、うちの社員にもモデルにもゴールドラインに対しての嫌悪感は強い。向こうも、何がなんでもうちを追い落としたろうと必死やから、売上の為やったらなんでもやりよる」 「そんなん知ってるし、当たり前やん...俺もゴールドラインは嫌いや。胸くそ悪いビデオばっかり作りやがって」 うちで人気の出た内容のパクりかパロディ、そうやなかったら美形モデルのハードな陵辱物ばっかり作ってる会社を好きになんかなれるわけあれへん。 絶対に負けるもんかって気持ちも強い。 それでもパロディ物はともかく、美形モデルをボロボロになるまで犯し続ける『精神崩壊シリーズ』とやらはいまや超人気定番シリーズになってて、向こうの『シールズグループに追い付き追い越せ』の気運はますます高まってるらしい。 そして当然そのシリーズでの一番人気のモデルは瑠威で...ここ最近の作品での瑠威の荒んだ瞳は、見るのも辛なってくるくらいやった。 「だいぶ前にも言うたけどな、うちが直接ゴールドラインに瑠威をくれって言うたところで、鼻で笑われて終わりや。そうやなかったら、威をよこせ言うてくんのは間違いない」 「わかってるってば。せえから俺も、『そんなわけわからん生意気なモデルより、威のが大事や』って言うたやん」 「そうやったな...あの時お前は、自分の中に生まれてた淡い気持ちより仲間を選んだんや。悪かったな...うちの都合優先させてもうたみたいで。せえけどなぁ...さすがにもう、お前も限界ちゃうんか?」 「何を言うて......」 「お前、一発で瑠威の目に...やられたやろ? アイツの事ばっかり考えてる......」 なんで...? そんなん、なんでバレた? 俺、あの日以来誰の前でも瑠威の名前なんか出してへん。 あの目を、声を思い出すだけで苦しいなるこの気持ちをなんて呼ぶんかは知らん。 ただその苦しさも誰にも気づかれんように、そっと胸の中にしまいこんでた...はずやった。 惚れたとは違う...と思う。 それって恋してるって意味やろ? 恋なんかした事無いし、したいとも思えへん。 仲間がおって、信頼できる人がおって、そこでワイワイ楽しいに生きていけるだけでええねん。 せえから俺が瑠威に惚れてるなんて...あり得へん。 「最初はな、木崎さんはうちのモデルの教育方法を聞きにきてん。そもそもスカウトのつもりはなかったんや」 「......つもりが無いとは言わないですよ。そこまで綺麗事言うつもり無いし。アムールから出てるモデルの男の子は誰も彼も見た目もセックスもレベルが高くて...一人くらいうちに回してくれないかな?なんて気持ちがあったのは事実ですもん。でもさすがに、あのJUNKSのメンバーを引き抜くような勇気は無かったですけどね」 「うちでは無理やけど...ビー・ハイヴさんからの申し出やったら、ゴールドラインも多少は移籍交渉に乗ってくる可能性があるんちゃうかと思うてん。今のところ、うちとビー・ハイヴに付き合いがあるんは誰も知らん事やしな、木崎さんが上手い事立ち回ってくれたら金で解決できるんちゃうかってな。んでな...どうにか木崎さんとこで瑠威を引き抜かれへんか?ってずっと相談してた」 「私も瑠威くんの見た目については元々注目してたんです。あの体型の美しさも、負けん気の強い目の光も、間違いなく女性ファンが飛び付く。だけど如何せん、彼はあまりにもセックスが下手すぎて......」 ものすごい真剣な顔で、ものすごい真剣な話をしてるのに、木崎さんの口から出てきた言葉は『瑠偉のセックスは下手すぎる』って...... なんやそれが可笑しいて...... 可笑しいて仕方なくて...... ほんまに可笑しいのに、なんでか涙がポロポロ流れて止まれへんようになってきた。 木崎さんのハンカチを返して、自分のハンカチで目許をギュウギュウ押さえる。 せえけど止まるどころか涙はますます溢れてきて、肩までピクピク震えだした。 木崎さんの手が、俺のピカピカの髪の毛をそっと撫でる。 「あのまんまの瑠威くんでは、うちで作りたいビデオには使えないの。だって、幸せで最高に甘くてイヤらしいビデオにはならないでしょ...ほんとトゲトゲだし、とにかく下手くそだし」 「うん...うん、わかる...瑠威って...めっちゃセックス...下手くそ...やんなぁ......」 「せえからな、瑠威の引き抜きさえどうにかしてくれたら、うちから教育係としてアスカ送り込んだる言うてん」 「......へ?」 「お前やったらな、うちのモデルをみんなあんなに綺麗にイヤらしいしてくれたみたいに、瑠威を花開かせる事もできるやろ」 「信じられなかったですよぉ、JUNKSのトップのアスカくんをうちに移籍させてもいいから、とにかく瑠威くんを引っ張れなんて...どんだけ商売っ気が無いんだって」 「商売にならんわけやない。うちを抜ける前にアスカのJUNKSラスト作品作ってボックスで発売もできるし、有料のイベント開催しても客は入るやろ。何よりアスカと瑠威とでビー・ハイヴさんが実績さえ作ってくれたら、改めてうちと業務提携でもしたらええやん。そしたらビー・ハイヴさんは自分とこで専属を1から教育する必要も無いし、うちはまたアスカと仕事ができる。オールオッケーちゃうか?」 「アスカくん、瑠威くんの獲得の為にうちも全力で動きます。だから...東京に来てくれないかしら?」 「一応円満移籍ではあるけど、この業界の慣例上移籍するなら名前は変えてもらわなあかん。ほんまはそのままでもかめへんねんけどな、アスカの名前をそのまま使うてたら、ゴールドラインにうちとビー・ハイヴが繋がってる可能性を疑われるやろ? 何より、瑠威の為に移籍するっていうんだけは絶対に秘密にして欲しい...さすがに残ったみんなの士気に関わるからな。せえけど...そこまでしてでも、お前は東京に行く価値があると思うてる」 俺はこれから言う言葉を頭の中で何度か繰り返し、ゆっくりと大きく息を吸う。 頭を撫でている手は、いつの間にか二つになっていた。 「俺は、ずっと探していた昔からの恩人であるユーキくんを今日たまたま雑誌で見つけました。東京に行けば会える可能性があるかもしれないとビー・ハイヴの木崎さんに相談をして、そして自分の意思で移籍を決めました。それ以上でもそれ以下でもありません。俺のわがままで不義理をするんやから、アスカの名前はお返しします......」 言い切ってもうたら、一気に体の力が抜ける。 感情を抑えようとしてた力も抜けてもうたんか、カッコ悪いくらい喉がヒックヒック鳴りだした。 ようやったって褒めるみたいに、大原さんがそんな俺をガバッて抱き締めてくれる。 「なんでなん...なんでわかったん?」 「ん? 何が?」 「俺の...瑠威への気持ち......」 「毎月な、売上と報奨金報告でみんなに集まってもうてたやろ? あの時の売上リスト見てる時のお前の目や。自分の売上よりも先に瑠威の名前探してんのんに気ぃついてん。んで、その名前見つけた一瞬だけ、俺らには見せへんような甘い優しい顔になんのにもな」 「嘘やん...俺そんなんしてへん......」 「せえけど、瑠威が好きなんは間違いなかったやろ? あとなぁ...瑠威の目が、スカウトした時のお前の目に似て見えてん。色んなもんに絶望したような、せえけどまだ諦めたらあかんてもがいてるような。そしたらあのビデオ見た直後にお前が『瑠威、引っ張られへん?』て言うてきたから、『ああ、これはあの目に自分の気持ちを重ねて惹かれてんねやろうな』って思うた」 「最初やん」 「おう、最初やな」 「そんなん、一目惚れみたいやん......」 「一目惚れやろ? 間違うてないやん」 「俺の考え違いかもしれん...一方的な思い込みかも......」 「恋なんて思い込みやろ、それでええやないか。もし会うてみて思ってた男と違うてたら、お前が自分の好みに教育し直せよ。アスカと瑠威が並んでたら、そら華やかでイヤらしい雰囲気になるやろうな...楽しみや」 抱き締めてくれてる大原さんの背中に手を回す。 「大原さんありがとう...ほんまにありがとうね。俺、ユーキくんに会う為に東京行くから」 「その調子や。お前が大事に思うてる人に会ってこい。木崎さん、こいつほんまはめっちゃ甘えん坊やねん。でもな、うちではいっつもトップでリーダーで、みんなを引っ張らなあかんからって誰にも本気で甘えたりできへんかった。せえから頼むわ...自然に甘えられるような環境、整えたって」 木崎さんがサングリアを3杯頼む。 改めて目の前に置かれたグラスを手にすると、俺達は指切りげんまんの代わりにそれをカチンと合わせた。

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