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悋気は恋慕に火を灯す【25】
そこから俺の移籍については大原さんと木崎さんの手に委ね、完全に秘密裏に進められる事になった。
俺のした事と言えば、木崎さんからパソコンに次々送られてくるマンションの間取りを確認して、どんな部屋に住みたいかを伝えたくらいか。
こっちでもそうやけど、部屋にも家財道具にそない拘りは無い。
高いモンではないけど洋服の数だけは多いから、収納場所だけあったらええと思うてる。
そんな風に伝えたら、駅からはそう近くはないけど、近所にコンビニもスーパーもある2DKなんか1LDKと言うたらええんか、そんな中途半端な間取りのマンション情報が送られてきた。
風呂は狭いけど、一人で住むなら部屋の広さはまあ十分。
駅からあんまり近ないせいで東京の割りには相当安い家賃に、その部屋を借りてもらう事にした。
会社の名前で契約してくれるとかで、予めまとまった金を用意する必要も無いらしい。
あとは...みんなにいつ言うかやねんけどな......
最後に派手にJUNKSメンバーとの乱交物とオフショット満載のDVD作って、それからさよならイベントをやるなんて言われてる。
時期が来たら大原さんの口から発表するからって口止めされてるけど、それがいつになるんやら。
あの大切な仲間達にいつまでも秘密を抱えてるってのがちょっと辛い。
イマイチ大原さんの意図が掴まれへんまんま、結局はアムール初の大規模イベント当日になってしまった。
武蔵を筆頭に、男らしいタイプで人気のあるメンバーはサテン生地で鮮やかな色の開襟シャツに黒のジャケットという『いかにも』な昔ながらのホストスタイル。
俺や翔ちゃんが率いるグループは、タータンチェックで統一したポップで明るいアイドル風。
当然俺は木崎さんから送られた、ヴィヴィアン・ウェストウッドのタータンチェックの三つ揃いにラバーソールの編み上げブーツという姿だ。
入り口に勢揃いして、みんなでお客さんを迎える。
ミナミでも大箱で有名なこの店のボックスは、あっという間に300人のきらびやかな女の子でいっぱいになった。
ランダムに振り分けられたそれぞれのテーブルを、モデルみんなで順番に回っていく。
一つのテーブルに長いことおられへんのはほんまに申し訳なかったけど、それでも短い時間で一生懸命に話しかけてくれるファンの子らがほんまに愛しい。
ここに来てくれてる子らがおってくれたからこそ俺らもずっと頑張ってこれたわけで...わざわざチケット買うてまで会いに来て、んで『これからもずっと応援してますっ!』なんて言葉に笑顔を返してると、なんか騙してるみたいで胸が痛い。
大原さんが発表するつもりが無いんやったら、もういっそこのままでもええんちゃうかなとまで思えてくる。
東京になんか行かんでも...ええんかなって。
ひとしきりテーブルを回って、ありきたりやけどビンゴ大会でプレゼント配ったり、歌と踊りの得意な俺と翔ちゃんがステージに上がって流行りのアイドルの曲をメドレーで完コピしてみたりと、決められた2時間半という時間を目一杯盛り上げようとみんなで走り回った。
もうぼちぼちお開きの時間。
そろそろお客さんをハグしてお見送りをしようか...そんなタイミングで、なぜかいきなり店の中が暗転する。
それは予定に無い事で、演出なんか事故なんかもわかれへん。
少なくともリハーサルの時にはこんな事は説明されてなかった。
お客さんがザワザワすんのをどうにか収めようと、客席に向かって足を踏み出したところでいきなりスポットライトが光る。
そのスポットライトは、なぜか俺に真っ直ぐに向けられていた。
「は~い、アスカおいで~」
ステージの上から、さっきまで昔懐かしいパラパラなんてのを披露してみんなから失笑を買ってたホストグループがずらっと並んで手招きする。
「ほらぁ、行くでっ!」
俺とおんなじように客席での接待組やった翔ちゃんにグッと腕を引かれた。
わけもわからんまま、ステージへと上げられる。
「ちょ、ちょい...お前ら、何? 予定に無い事されたらやなぁ......」
「は~い、ここで皆さんに重大発表がありま~す。えっとですね、今まで俺らをガンガン引っ張ってガンガン掘りまくってくれてたアスカが、次に発売になるビデオでJUNKS及びアムールから抜ける事になりました!」
マイクを通して店内に響き渡る武蔵の声。
ちょっと状況が理解できず、俺はポカンとしてしまう。
客席からは、悲鳴と啜り泣く声とが聞こえ始めた。
「アスカさん......」
俺に声をかけてきたのは、ついこの間俺が初めての相手としてビデオ撮ったばかりのヒカリ。
ちっちゃくて可愛くてキラキラしてて、ほんまに女の子みたいに見えるコイツは、俺と同じで自分の性癖に悩んだ末にこの道を選んだ子。
ゲイやって堂々と公言してビデオに出てる俺に憧れて、わざわざ自分で面接を受けに来た。
......昔俺が、勇輝くんに憧れてユグドラシルを訪ねた、あの時みたいに。
一歩俺に近づいたヒカリの手にはカサブランカの花束が乗ってる。
「ヒカリ......」
「ほんまやったら、ここで花束渡すんは武蔵さんの役目やと思うんですけど、これが最後やからって...JUNKSはまだ会えるけど、僕はもう会われへんかもしれんからって......」
チラリと武蔵の方を見る。
ニヤニヤと笑いながら、その目には涙が光って見えた。
それは威も、翔ちゃんも同じで...更にその後ろのカーテンの陰からこっそりと顔を覗かしてる大原さんも目許にハンカチを当ててる。
......ったく...こんなサプライズってアリか?
こない大勢の前で発表されたら、『やっぱり東京行くのやめます!』なんて言われへんやん。
みんな、いつから知ってたんやろう...リハの時も、こないだのビデオの撮影の時も、もう俺が辞めるのわかっててんやろうか。
それでもここでサプライズの発表にする為に、ずっと黙ってたんか......
「僕...僕、もっとアスカさんに色々教えてもらいたかったです...アスカさんと、もっと仕事したかった......」
「そしたら、また仕事しよ? 俺もまだまだ頑張るから...な? これからは目一杯武蔵に鍛えてもらうんやで...次に会う時には、色気駄々漏れなエロい子になってるん、期待してる。その時は俺がばっちり襲って、ガッツリ嵌めたるからな」
花束を受け取りヒカリの体をしっかりと抱き寄せる。
ちょっと華奢過ぎるなぁと思うけど、コイツはネコ専門やからそれもええやろ。
もう少しだけ俺が助けてあげたかったけど、あとは武蔵や威がちゃんと花開かせてくれるはずや。
顔を背けながら武蔵が俺にマイクを渡してくる。
泣いてる顔を見られたくないらしい。
......よし、後でからかったろう。
俺はそれを受け取り、ヒカリの体をそっと離した。
一度深く頭を下げ、真っ直ぐに客席を向く。
「せっかく集まってもらったのに、いきなりここでこんな発表をしてすみません。えっと......ずっと探して探して、その為だけに生きてたって言うても過言じゃないくらい大切な人を、俺はようやく見つけました。その事を社長に相談して、どうしてもその人の近くに行きたいという俺のわがままを通させてもらう事になりました」
誰の事かは絶対言うたらあかん。
大原さんからどこまで聞いてるかは知らんけど、みんなは『ユーキくんに会う為』に東京に行くって信じてるやろう。
けど俺が会いに行くのは...俺が近くにいたいのは...瑠威......
みんな、嘘ついてごめん。
でもこれは...ほんまの気持ちやから。
「武蔵と初めて撮影をして、俺はプロのモデルでやっていく決心をしました。たぶん誰よりも体の相性は良かったと思います...ゲイやないのが残念なくらい、ほんまに最高の相方でした。武蔵、ありがとう。威はこんなに強面やのにほんまに優しいて、おっとりしてて、JUNKSのヒーリング担当でした。見てたらわかると思うんやけどね、こいつめっちゃキス上手いねん! 威がチューしてくれたら、それだけで腰砕けそうでした。威、ありがとう。翔ちゃんとは洋服の趣味が近いせいもあって、知り合ってからは一番長い時間一緒におったかもしれんね。お目目クリクリのバンビちゃんみたいな見た目の癖に性格は一番オラオラで、そのギャップにいっつもものすごい興奮させてもらいました。翔ちゃん、ありがとう」
みんなを見回し、そして改めて客席に頭を下げる。
「こんなにみんなに大切にしてもらったJUNKSを、こんなにみんなに大切にしてもらったアスカを、俺は捨てます。俺のわがままです...ほんまに、ほんまにすいません。でも俺はアムールのみんなも、ここに来てくれてるファンの皆さんも、何よりJUNKSが...大好きです」
頭を上げる事ができへん俺に向かって、パラパラと拍手が起きる。
涙が止まらない...どんどん大きなる拍手に、俺の涙腺は完全に決壊した。
そのまま力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。
そんな俺をしっかりと支えて立ち上がらせてくれたんは、やっぱり最後まで...武蔵と威と翔ちゃんやった。
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