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悋気は恋慕に火を灯す【27】

DVDの撮影を終え、それからしばらくは『アスカ』としての最後の宣伝活動にバタバタとした日を送る事になった。 商業映画ってわけやないから、編集に特別手間はかかれれん。 CG合成があるわけでもないし。 撮った映像にきちんとモザイク加工を入れたもんをビデ倫に審査してもうて、あのザルみたいな審査を通過したらすぐにプレスして発売できる。 うちは元々モザイクを強めにかけてるからそこで引っ掛かる心配は無く、大原さんは先にガンガン宣伝を打った。 アングラ系のゲイ情報誌は勿論、AV週刊誌のゲイビコーナーに過激な内容が多いと言われてるBLコミック誌、レディコミに風俗の情報誌まで。 俺ら四人のグラビアやったり俺一人のインタビューやったり、それこそありとあらゆる紙媒体に出させてもうた。 その間にホームページで予告動画と発売イベントの告知載せたら、今回のビデオだけやなく、これまでの俺の活動のダイジェストDVDも併せた3枚組のプレミアムボックスもアホみたいに予約が来たらしい。 そっから1ヶ月もせんうちにあっさりビデ倫の審査も通り、予定通りDVD発売の運びとなった。 あまりのバタバタぶりにみんなちょっと不安にもなったりしたけど、ちゃんと最後のイベントも恙無く開催できるやろう。 そんな慌ただしい宣伝の毎日でも、俺と木崎さんは頻繁にメールで連絡を取り合っていた。 それはもう...ほぼ全てが瑠威の事。 木崎さんから送られてくる内容は、どうもあまり芳しくはない。 移籍の話の為にみっちゃんとやらと一緒にゴールドラインに行ったって担当さんによると、瑠威ってのは実際はきちんとした専属契約もなんにもされてなかったらしい。 一本いくらのギャラでいちいち呼ばれるだけで、どこの会社のビデオに出演したところで本来はなんの問題にもなれへん、いわばフリーも同然やったと。 専属モデルでもなんでもない瑠威に、ようあそこまでハードな撮影を要求できたもんやと驚かされる。 そして、そのハードな内容を断る事もできへんかった瑠威自身にも。 まあおそらく瑠威には、業界の事情を知らんのをええ事に自分等に都合のええ話ばっかり並べてがんじがらめにしてたんやろう。 よそのビデオに出たり、会社の内情を外部の人間に話したりしたら規約違反で違約金を請求するとかなんとか。 俺はそういうのをきっちりしてる会社にたまたまおったから、そんなゴールドラインのやり方が無茶苦茶やし抜け道だらけやってわかるけど、世間知らずのガキんちょやったら大人の脅しや甘言に丸め込まれても仕方ない話なんかもしれん。 なんでも、仕事の関係でたまたま知り合った勇輝くんが瑠威のひどい現状とええ加減な契約形態に疑問を持ち、そっから勇輝くんの彼氏さんが直接ゴールドラインまで乗り込んで正式な契約が存在せえへんて事を確認したらしい。 どんな状況で知り合ったんかはわかれへんけど、なんにせよ瑠威を助け出してくれた勇輝くんにはただひたすら感謝しかない。 瑠威の精神状態は、もう限界ギリギリやったんちゃうかって話やった。 で、元々ビー・ハイヴの専属の話を持って行ってた担当さんに、『瑠威も一緒に専属にしてくれるなら』って条件を出し、ついこの間三人とも専属契約を済ませたらしい。 ......とまあ、ここまでやったらほんまは万々歳。 瑠威は無事に劣悪な環境から抜け出す事ができて、おまけにこれから俺がお世話になるビー・ハイヴという会社で同じように専属になったんやから。 ところがここに大きな問題があった。 瑠威を迎えに行ったのが...木崎さんやなかったって事。 その現場に立ち会ったのは、勇輝くんやみっちゃんて人を専属にしたかった『ノーマルAV』担当の人やった。 当然瑠威も、AV男優として専属契約をしてる。 その事自体は別におかしい事やない。 元々ゲイビに出てたけど、そこから頑張ってAV男優になったって先輩が何人かおるんも知ってる。 ただ、ビー・ハイヴは元々、瑠威を俺とおんなじゲイビモデルとして専属にしたかったはず。 それで木崎さんは、勇輝くんとこの担当さんに瑠威を自分とこに回してくれるようにやんわり話をしてみたらしい。 でもその担当さんの返事は...『NO』 担当さん本人が『何がなんでも瑠威を手放したない』って思うてるわけやない。 勇輝くんにそれとなくゲイビ部門設立の話をした途端、『絶対にゲイビになんて戻らせない』って烈火の如く怒られたらしい。 あの勇輝くんが怒るって事自体が信じられへんねんけど、担当さんはその剣幕を怖れて今後一切ゲイビ部門の話はせえへんて言うてるそうや。 そら、瑠威のあの状況を見て助けたろうと思うたくらいやし、ゲイビには絶対に戻らせたないって思う気持ちはわからんでもないけど...せえけどここにきて、誰よりも恩義を感じてた勇輝くんが、まさか俺と瑠威の出会いの障壁になるやなんて思ってもなかった。 『とりあえず、うちの会社の配信プログラムにこの間勇輝くんと瑠威くん...じゃない、航生くん、出てもらいました。ビデオの頃よりも航生くんはとっても素敵になってますよ。今度初めて女性との絡みを撮るそうです。でも、心配しないでね。必ず航生くんにはうちのビデオに出てもらうから! 必ずアスカくんの相手役にするからね。だからアスカくんは今すべき事を精一杯やって、それから安心して東京に来てください。アスカくんに出てもらう最初のビデオの台本も出来上がりました。ファイル添付しておきますので、是非読んでみて』 ため息をつきながら、一先ずメールを閉じる。 なんかまだファイルの方を開く気持ちにはなれへんかった。 俺はほんまに瑠威に...いや、『航生』に会えるんやろうか? ゲイビ関係者ってだけで、完全にシャットアウトされるような気がしてくる。 「素敵になってる...ってか?」 木崎さんの言葉が気になって、ビー・ハイヴのホームページに接続してみる。 トップページには勇輝くんの綺麗な笑顔のバナーが貼ってあって、『クイーン・ビー・エクスプレスはこちら』と書いてあった。 そのバナーをクリックすると、動画のストリーム画面に切り替わる。 再生ボタンを押すとそこには...あの安っぽい金髪ではなく、艶々とした黒髪にすっきり後ろを短く切った瑠威の姿。 『こんにちは...航生です......』 戸惑いがちにポソッと聞こえたその声は間違いなく俺がときめいた低音そのもので...その一言で心臓がバクバクと大きな音を響かせた。 勇輝くんは...昔よりも男らしいて、それでももっともっと色っぽうなってた。 ハスキーで甘い声は変われへんけど。 『昔は別の名前でゲイビに出てたんだよね~』 『え? それって言っちゃっていいんですか?』 ゴールドラインのビデオではまず使う事なんてなかった控え目な敬語が新鮮で、ますます胸がキュッてなる。 息遣いの音も、瞬きの瞬間でさえも何一つも逃したくなくて、俺は食い入るみたいに画面を見つめた。 ......で...気づく。 瑠威の勇輝くんを見る目付きが...熱い。 それは自分を助けてくれた人やからって恩義からきてるもんでも、勿論ただの共演者やからってもんでもない。 頼りきって甘えて悪態をついて、怒られて嬉しそうに首を竦めて...... もしかして瑠威は勇輝くんに...惚れてる? 今の明るく柔らかく、そして甘くなった瑠威の顔は、きっと昔の...ユグドラシルにおった頃の俺とおんなじや。 気づいた途端、頭がガンガン痛なってくる。 息が苦しい...胸が痛い... 瑠威は...勇輝くんと寝たんや...... 勇輝くんからセックスと人肌の心地よさを教わった...... それは想像でしかなかったけど、でもおれは確信してた。

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