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悋気は恋慕に火を灯す【28】

涙と笑いの最終イベントを無事に終えた翌日には東京に行く事になっていた。 荷物は先にまとめて東京の新居に届けてある。 宿舎にしていたビジネスホテルをチェックアウトすると、俺は一人新大阪の駅に向かった。 大原さん以外の誰にも言うてない...まさかイベントの次の日には大阪を発つなんて、みんな思ってもないやろう。 改札を通った所でポケットに突っ込んでたスマホが震える。 武蔵からのメールやった。 続けざまに威からも翔ちゃんからも、ついでに大原さんとジュディさんからも。 メール画面を開く。 『また共演しよな』 『たまには大阪帰っておいで』 『ずっと仲間やで』 『また一緒に仕事しましょうね』 『ちゃんと幸せになってこい』 慌てて顔を上げる。 改札口のずっと向こうの方に、場違いな男前とチャラいオッサンといかついオネエサマの姿がチラリ。 何時の電車に乗るなんて大原さんにすら話してへんねんから、下手すりゃ朝一からずっと待ってたんかもしれん。 アホやな、ほんま。 アホ過ぎて泣けてくるわ。 あいつらには『ありがとう』でも『さようなら』でもない言葉を送ろう。 きっと何よりも伝わるであろう、俺からの感謝の言葉。 一言だけメールを打ち、それを一斉に送信する。 『またな』 それで十分やった。 ********** 東京に着いて、新しい我が家での生活が始まるというその日、木崎さんからメールと地図が届いた。 『航生くん、出演決定しました! ちゃんと口説き落としたわよぉ。褒めて、褒めて。もっとも、実際に口説き落としたのは所属事務所の社長さんでしたが。でも台本を読んでもらって、相手役がアスカくんだって話をした上で、ちゃんと本人にも了承をもらいました』 瑠威...じゃないや、航生が俺との共演を...了承した!? その一文を目にした瞬間、木崎さんに電話をかける。 『あ、アスカくん? メール見てくれた?』 「み、見ました! 瑠威、俺との共演オーケーやって!?」 『うん。最初はね、やっぱり随分抵抗してた。というか、自分が男優として失格だからゲイビデオに呼ばれたんだと思ったみたい。とんでもない話なんだけどね...なんせ急激に航生くんの人気が上がってるせいで、元々うちに呼ぶつもりだったって話が社内で無かった事にされてたくらいだし』 「勇輝くんは...勇輝くんは反対せえへんかった?」 『どうかしらねぇ...でも航生くん本人がやりたいって言ってくれた以上、いくら反対しても関係無いんじゃないのかな。あ、アスカくんの相手役だと迷惑をかける事になるんじゃないかってすごく心配してた』 「木崎さんから見てね、瑠威は...どう? 俺の為とか関係なく、木崎さんの作りたいビデオの出演者として...どう思う?」 『......そうね...一言で言うなら...会えばわかるわ。説得に力を貸してくれた向こうの社長もね、台本読んだ時に謙介は航生くんだってイメージ浮かんだって。だから、アスカくんの思う謙介のイメージと合ってるかどうかはわからないけど、少なくとも私の中の謙介は航生くん以外に考えられない』 「そう...か......」 『今回の話の流れ上、うちが元々航生くんに目を付けてたって事は話してないのね。あくまでもたまたま謙介にぴったりだと思ったから声をかけた事にしてます。いや勿論本当に謙介にぴったりなんだけど。で、アスカくんには、私が必死に説得して説得して、ようやく来てもらえた事になってるから』 「必死に説得って...大阪に普通に遊びに来てただけやん。だいたいスカウトやなしに、大原さんにモデルの教育方法教わってただけのくせにぃ。まあ、わかった。そしたら俺もそのつもりで行くわ」 『そうだ、名前どうする? アスカは使わない約束になってるでしょ?』 「あ、そうやった...どうしよう......」 悩むふりをしつつ、実はもう決めてある。 キラにアスカときたらもう...それしか無いやろ。 何より俺の本名に近いその名前が瑠威のあの声で呼ばれると思ったら、それだけでも胸が昂る。 「シン...にして。俺の新しい名前、シンね」 電話を切り、パソコンに保存してある台本を呼び出す。 明るくて、少しだけぶっきらぼうな所のある男らしい謙介。 瞬に裏切られた、弄ばれたと思い込み、他人と距離を取ってしか暮らせなくなった繊細な謙介。 頭の中に、黒髪に戻り勇輝くんの隣で微笑んでた『航生』の姿が甦る。 照れ屋で不器用で、けど息を飲むほど端正な顔に柔らかい笑顔を浮かべてた『航生』 確かに瞬に誘惑され戸惑い、悠に誘惑され翻弄される謙介の印象にはピッタリかもしれない。 あの声で名前を呼ばれた瞬はどれほど胸をときめかせたんだろう...快感に掠れた声で更なる行為をねだられた悠は、どれほどの欲を溢れさせたんだろう。 それを思うだけで、俺の体も顔も頭も熱を持ってくる。 けど...そもそも瑠威は俺の事、どう思ってるんやろう? 名前は知ってたみたいやけど、お互いライバル会社におったんやし...あんまりエエ印象は持ってないかもしれん。 早く会いたい...でも、会うのがちょっと怖い...... 誰かに焦がれる気持ちって、こんなに苦しいんや...... こんなに臆病になるんや...... 謙介に会いに行く直前の悠ってこんな気持ちやったんやろうななんて考える。 それでも、怖いよりも会いたい思いの方が強い俺は、ただひたすら顔合わせの日を待った。 ********** 髪の毛は気合いを入れて染め直した。 服も、翔ちゃんが俺に一番似合うてるって言うてくれてた黒のライダースをメインに、ちょいパンク系で統一する。 会うた瞬間にキョドらんように大きめのサングラスで顔を半分隠し、さらにキャップ被って目元に影も作った。 少しは格好エエって思ってもらえるかな? この程度で大阪のトップやったんかってガッカリされるんだけは嫌や。 気合い入れすぎた上に、会社に行く道がわかれへんで予定の時間にちょっと遅れそう。 慌てて木崎さんに電話を入れ、タクシーを掴まえてビー・ハイヴ本社に急ぐ。 車を降りて会社に飛び込んだ所で目に入ったのは...勇輝くんと瑠威のビデオのポスター。 ああ、そういうたら女の子を気持ちよくさせるお勉強ビデオの撮影がどうとかって言うてたな...... 「あ、もしかしてシンくんですか?」 そのポスターをまじまじと見ていた所で一人の女性に声をかけられた。 小さく頷くと、彼女は『やっぱり~』と笑って見せる。 「うちの木崎から、少し雰囲気が勇輝くんと似てる男の子が来るからって言われてたんです。会議室にご案内しますね」 ギリギリと胸が痛む。 勇輝くんと...似てる...... かつては嬉しかったはずのそのはずの言葉が無性に不愉快やった。 瑠威はもしかして...俺が勇輝くんと雰囲気似てるからって出演を決めたんちゃうんか? 勇輝くんにはもう、みっちゃんていう誰もが認める恋人がいてるから...俺を代わりにしたいんちゃうんか? そんな事を考え出したら、どんどん顔が強張っていく。 早く会ってみたいって思ってた気持ちも、腹の底の方からスーッて冷えていった。 目の前のドアを大きくノックする。 中から聞こえた木崎さんの声。 ちょっと嫌な気分のまま、『遅なってすいませ~ん』とそのドアを開けた。 「失礼しまーす」 会議室に足を踏み入れた俺の前には、ずっと焦がれ続けたあの強い光の大きな瞳があり、それはまるで射るみたいに真っ直ぐに俺を見つめてた。

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