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悋気は恋慕に火を灯す【29】
「アスカくん、こちらが......」
「アスカちゃうて。東京に来たからシンやって言いましたやん」
俺をまじまじと見つめる航生の目が俺を値踏みでもしてるみたいに思えて、つい木崎さんに八つ当たりみたいな返事をしてしまう。
俺の中に勇輝くんと似た部分を探してんの?
それとも、俺の中の勇輝くんと違う部分を探そうとしてんの?
昔客が、酔ってベッドで俺に向かって冗談半分に言うてた言葉を思い出す。
『キラは、ユーキの廉価版』
そいつに言わせると、ユーキくんはあまりにも綺麗で高貴で敷居が高いから手が出えへんけど、俺は良くも悪くも安っぽくてわかりやすうにイヤらしいから、セックスするにはお気楽でちょうど良かったらしい。
ひどい言い様やけど、あの頃はユーキくんと比較してもらえるだけで嬉しかったし光栄やった。
せえけど今は...比べられたない。
特に航生には。
勇輝くんが勇輝くんの世界で頑張ってたみたいに、俺かて俺の世界で頑張ってきたんや。
関西のトップは...いや、ゲイビ界の売上トップは伊達やない。
俺を見て欲しい。
勇輝くんと似てる俺やなく、これから一緒に作品を作っていく俺自身を。
考えたら考えただけ、心が冷たぁなっていく。
気持ちにどんどん壁ができていく。
見て欲しいのに、もうそれ以上見んなって思ってしまう。
木崎さん、ごめん...俺やっぱり、航生と仕事すんのん...辛い。
俺がどんどん俺らしくなくなっていくねん......
「こちらが今回の相手役の......」
「瑠威くんやんなぁ?」
ほら、こんな言い方してまう。
瑠威時代の事なんて、もう無かった事にしたいはずやのに。
黒歴史やろ?
封印せなあかんねやろ?
そんなんわかってるのに、なんでこんな底意地の悪い事言うてまうんやろ?
どんな顔で俺を見てる?
呆れてるかな......
ムカついてるかな......
見た目だけは勇輝くんとちょっと似てるくせに、中身があんまりにも違い過ぎるってガッカリしてるかもしれん。
しっかりと顔を見るんが怖くて、少しだけサングラスをずらしてみた。
......あ、やっぱり呆れてんのか。
航生は俺をボケーッとアホみたいな顔で見つめてた。
えらいガッカリさせてもうてんなぁって思うたら、ますます俺のテンションが落ちていく。
「自分、瑠威くんちゃうのん?」
自分でもビックリするくらい低い声。
ああ、俺今ほんまに自己嫌悪。
最初やから『めっちゃカッコいい!』『めっちゃ優しい!』って思われたいって、あんなに気合い入ってたのにな。
ため息でもつきそうな俺に向かって、航生がなんかいきなりガバッと立ち上がった。
一瞬俺の態度にムカついて喧嘩でも売るつもりか?って気持ちだけは構えてみたけど、俺を見るその目はなんでかキラキラして見える。
ちょっと戸惑ってる俺に気づきもせず、航生はペコリと深く頭を下げた。
「はじめまして!」
ああ...やっぱりエエ声......
特にその声にも空気にも棘みたいなもんは無く、ガチガチに強張ってたはずの俺の気持ちにゆっくりじんわり染み込んでくる。
「はじめまして、元村航生と言います」
ああ、そうなんや...航生って本名やってんな。
「格と実力が違いすぎてまだ自信はありませんが、俺のできる事を精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
言葉の端々になんか人柄が出てるな...あんなに周りに偉そうにして、うちの会社に向かって毒を吐いてたのに。
やっぱりあの姿は虚像やったんやなぁって改めて感じる。
航生って、たぶんめっちゃ真面目なんや。
エクスプレスで、勇輝くんやみっちゃんに弄られてアワアワしてんのって、素の姿なんや......
可愛い...な......
あかん、やっぱり俺、航生の事好き過ぎる...かも。
「俺の事、知ってるん?」
できるだけ落ち着いて、もう八つ当たりみたいな喋り方せんように気をつける。
俺のその声に、頭を下げたまんまやった航生がパッて顔を上げてきた。
......あ...れ?
俺を見るその目は、なんかちょっと俺が知ってるのんと違う。
いや、最初に俺が怖かった『ガッカリした』とか『呆れた』とか、そんなんやなく......
強くて吸い込まれそうな光はそのまんまやのに、優しくて穏やかで、ますますキラキラして見えた。
「あの世界にいて知らない人間なんて、きっといません」
嘘でもお世辞でも無いと思わせてくれる、真っ直ぐで真摯な視線。
あかん、ニヤけてまう...だって、航生は俺を知ってた。
それもきっと、悪い印象では無い。
少なくとも俺を俺としてちゃんと見ていこうと思ってくれる程度には。
トクトクと早くなる鼓動を、深呼吸を繰り返しそうになるほど乱れる息を、悟られる事が無いようにできるだけゆっくりと動く。
「知っててくれてただけでも嬉しいかな...瑠威くん」
いつまでもサングラス掛けてるなんて失礼な事してたらあかん。
それを外して真正面から向き合う。
今度は自分の顔色が心配になるくらい、やっぱり航生...くんの目は真っ直ぐで吸い込まれそうやった。
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