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悋気は恋慕に火を灯す【31】

木崎さんがビデオの為に連れてきた監督は、ゲイビデオどころかポルノすら撮った経験皆無のド素人。 内容があろうが無かろうが、絡みがソフトだろうがハードだろうが、正直俺は素人が真似っ子で撮れるほど甘くはないと思うてる。 どの角度から撮るんが一番モデルをイヤらしくできんのか、どんな演出をしたら見てる人を興奮させられんのか、そういうのんてやっぱり監督の腕と感性にかかってる部分は大きい。 特にこれまで主にドキュメンタリー風の陵辱物に台本も無いままで出演させられてた航生くんは、俺らの演技にノープランと言い切った監督の言葉に愕然としてた。 慣れてない男との甘い絡みも、さらに慣れてないであろう台詞のある芝居も、監督の指示の通りにさえ動いてたらどうにかなると思ってたんやろう。 どうしようみたいな目で俺を見んとって欲しい。 それこそ、捨てられた子犬みたいな目? そんな目で見られたらなんでもできるし、なんでもやってやりたくやる。 まあ俺にしたって、初めての航生くんとのビデオが『二度と思い出したないんじゃっ!』みたいな作品になんのはまっぴらや。 俺らとあんまり年齢的には変われへんやろう監督に、余裕かまして笑ってみる。 役者に丸投げなんかするような監督で大丈夫なんか?と牽制したら、監督いわく『二人の自由にやらせておけば大丈夫だと言われた』んだそうな。 それだけ木崎さんが俺らに惚れ込んでくれてんのか、それとも『俺』の為にそれを言うてくれてんのか...... どちらにしても、俺へのプレッシャーは相当大きいやないかと胸の中でため息をつく。 「濱田さんは、俺らが作ってきたキャラクターを『生きた人間』として完璧に撮ってくれる自信あんのん?」 少しだけ挑発しつつ確認すれば、監督は『キャラクターさえ決めてくれれば、あとは完璧な映像に仕上げる自信はある』って言う。 キャラクターを作る事には慣れてないけど、映像に拘る事は仕事だから大丈夫やって。 その目には信じてもかめへんて思えるだけの強さがあった。 何より、木崎さんが無理矢理にでも連れて来た人や。 実力の無い人間に、自分が温め続けた企画を任せて潰してしまうような事はせえへんやろう。 何よりこれで、さっきはまるで社交辞令みたいに口にした『親睦を深める為に食事に行く』って言葉を、ただの社交辞令で終わらせんでもようなった。 「航生くん、台本読んできた?」 俺の問いに、航生くんは心細そうに小さく頷く。 「オッケー、俺ら読み合わせいくわ」 濱田さんにニコリと笑いかけた。 俺のその答えは想定内やったようで、濱田さんは『お願いします』と頭を下げてくる。 「俺こっちの店とかわかれへんねんけど、どっか個室のある居酒屋とか知ってる?」 そう尋ねると、航生くんは吹き出してしまいそうになるくらい真剣な顔でどこかに連絡を取り始めた。 ********** タクシーに乗せられ、航生くんの見つけたっていう店へと急ぐ。 もっとも、スマホを見せながら運転手さんとあれこれ話をしてるから、『見つけた』ってよりは『教えてもうた』が正しいんかもしれん。 ......勇輝くんなんやろうな、たぶん。 表通りやなく、わりと細い裏道をタクシーは進んでいく。 ビー・ハイヴの本社からは結構離れた場所。 パッと見はごく普通の一杯飲み屋みたいな居酒屋の前で車から降ろされた。 そして格子戸のその入り口の前で、しばし二人して固まる。 わざわざここまで車に乗ってでも来たのは、この時間でも入れる個室があるからやったはず。 けれど入り口には、『仕度中』の札が掛かっていた。 航生くんの顔が、なんとも形容のし難い形に歪む。 困ったような申し訳ないような、不愉快そうな? とにかく、マイナスの感情全開の顔。 俺とおる時に、なんかあんまりそんな表情をさせたない。 恥ずかしそうに、それでも目をキラキラさせながらフワリと笑うあの顔を見てもうたから。 俺はあんな表情を見たい...ずっと。 幸い中には人はいてるらしい。 とりあえず笑って欲しいて、俺はニッと前歯を見せた。 「何を一人で百面相してんの?」 自分が眉間に皺を寄せてんのに気づいたんか、航生くんは急に顔をペタペタ触ってそのまま手のひらで顔を覆ってしまう。 これって、もしかして恥ずかしがってんのかなぁ...んもう、何やっても可愛い。 別にそんなモジモジするような事でもないし、今更顔隠された所でさっきまで散々見てたし。 こんな男前でかっこいいのに俺にちょっとからかわれたくらいでここまで照れるとか、反則級の可愛さやん? ポフッて頭を叩いて、今度はちゃんと普通に笑いかける。 「閉まってんの? 俺が聞いてきたろか?」 まだ開店の準備をしてるとはいえ、中に人がいてるんやから事情を話したら席くらいは作ってくれるやろう。 引き戸に手をかけた所で、航生くんが俺のその手を止めた。 ......大きい手 ......指、長っ 見た目にぴったりで、それだけでドキッてする。 「いや、ここを紹介してもらったのは俺なので...ちゃんと俺が確認してきます。ちょっとだけここで待っててくださいね」 さっきまでのモジモジが嘘みたいに、俺を真っ直ぐ見てきっぱりと言い切る航生くん。 ちょっと固い笑顔を見せると、店の中に入っていく。 俺は入り口そばに積んであった瓶ビールのケースによいしょって腰を下ろした。 少しからかわれただけで顔を両手で覆って隠そうとするくらい照れ屋な可愛い航生くん。 自分の過去をちゃんと受け止め、その上で新しい道で精一杯頑張ると俺に堂々と言い切った、男らしいてかっこいい航生くん。 どんな顔も、どんな仕草も、そして何よりもあの声が...俺をずっとときめかせてる。 仕事にかこつけたとはいえ、まだ今からしばらくは一緒の空間にいられるって思うだけでワクワクしてしゃあない。 少しだけ湿度の下がってきたらしい空気が、前髪をフワフワ揺らしていく。 航生くんをただ待ってるだけのこの時間がやたら心地よくて幸せで、俺は目を閉じて髪が揺れるんを感じてた。

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