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悋気は恋慕に火を灯す【33】

「航生くんは、謙介のイメージ固めてきたんやろ?」 尋ねた俺に、航生くんは頷く。 「はい、自分なりには考えてみました......」 瞬からも悠からも、とにかく『誘惑』された形になってるんやから、あくまで謙介は受け身のイメージらしい。 確かにそうかもしれん...そうかもしれんねんけど...なんか、どうもしっくりせえへん。 俺も自分なりに役を掴もうと思うて、かなり台本は読み込んできた。 読み込んできたどころか、頭ん中にはほぼ完璧に台本の台詞は入ってる。 ただ、なんぼ読んでも台詞を口にしてみても、瞬と悠の気持ちの違いが掴めんままやった。 ほんまに情けないけど。 航生くんも言うた通り、謙介をセックスに誘うたんは瞬からやし、悠からでもある。 せえけど、同じように『セックスしたことある?』と聞いてるのに、謙介は瞬は抱き悠には抱かれた。 それって何がちゃうの? 何が違って謙介の立場も気持ち変わるん? もし今航生くんが謙介を掴んでるんやったら、俺の疑問の解決の糸口が見えるかもしれん。 「とりあえずちょっと合わせてみよか」 俺は航生くんが持ってきてくれた烏龍茶で唇を湿らせると、そっと肘をテーブルに着いた。 『なあ、謙介......』 その台詞に合わせようと航生くんはカバンから台本を取り出し、それを参考書に見立ててページを捲りだす。 『うん、何...?』 『あのさ...謙介はしたこのあるの?』 『だから...何?』 『......セックス』 『そんなの...したこと...ない......』 『そうなんだ? じゃあさ...俺としてみない?』 ああ、ほらな...やっぱりなんか違う。 確かにセックスに誘ったんは瞬や。 でも、こんな風に誘われたからって、謙介はほいほい親友に手ぇ出すかなぁ? 誘われるままについ勢いで抱いてもうただけの相手を、何年も忘れられへんようになる? 俺の戸惑いが伝わったみたいに、航生くんの台詞が止まる。 「どしたん? 台詞忘れたわけやないんやろ?」 困ったようにアワアワしてる航生くんに、芝居を止めてしまった理由を尋ねた。 もしかして...俺と同じ所に違和感を覚えてた? 「遠慮せんとって。俺もちょっと感じる所があってん...正直な感想を聞かせて?」 先輩に失礼だとでも思ってんのか、俯いてなかなか言葉が出てけえへん。 俺はただ黙って航生くんの口が開かれるんを待った。 少しだけの沈黙の後、観念したらしい航生くんが烏龍茶で口を濡らす。 「えっと...さっきの瞬だと、俺はきっと親友にはなれないっていうか...謙介は戸惑ってしまって逃げ出しちゃうような気がして」 「うん、そう?」 「俺の中での勝手な思い込みなんですけど、謙介って元々は結構明るくて一生懸命で真っ直ぐなタイプなのかなってイメージしてたんです。それが瞬との別れで人付き合いが苦手になって、あまり周りと関わりたがらない人間になったんじゃないかって。付き合ってる彼女にも本当の自分を見せられないような人間が、悠に会った事で昔の感情と同時に、見失ってた自分らしさを思い出すんじゃないかって思ってたんですけど......」 「さっきのんやと違う?」 「はい...一緒になって遊んで笑って怒って泣いてってできる人間だからこそ、謙介は二人でいる時間を無条件に心地いいって思えたんじゃないでしょうか。でもさっきの瞬だと、謙介は欲情はするかもしれませんけど...心地よさは感じないと思うんです」 「なるほどねぇ......」 目の前がパッと開けた気がした。 やっぱり航生くんとこうして読み合わせができて良かったと思う。 俺は台本の文字だけを追って『誘惑する』って考えてたけど...そうなんや、これはそうやない。 俺ならわかるはず、俺らやったらできるはず。 木崎さんが濱田さんにそう言うたんは、たぶんこういう事やったんや。 あれは...あの誘惑じみた瞬の言葉は、精一杯の強がりと照れ隠しと...そして告白。 あからさまに『好きだ』とは言えなくても、その目と息と言葉で本心を必死に伝えようとして、そしてその精一杯の思いを謙介は受け止めた。 だからこそ謙介は、自分に全身で好意を伝えてくれたはずの瞬が突然消えてもうた現実を受け入れる事ができへんまんま、周りとの人間関係を遮断していこうとしたんちゃうんか? 俺に失礼な意見をしてもうたって落ち込む航生くんをどうにか励まし、見解を伝え、もう一度同じ場面を再現する。 精一杯の告白...... そう、俺自身が目の前にいる航生くんに本気で気持ちを伝える事を考えればいい。 今の俺ならできるはず。 誘惑するような言葉を吐いたところで、たぶん誘惑になんてなれへん。 強がって、自分はビッチなんだと自虐的に悪態をついたって、ほんまの俺はそうやないって心の中で必死にもがいてる。 俺なら瞬の...必死の強がりをわかってあげられる。 『なあ...謙介......』 『うん...何?』 『謙介はさ...したこと...ある...の?』 『だから、何?』 『......セッ...クス...』 あの頃の...瑠威の時代の航生くんにずっと思ってた事。 『そんなの...したこと...ない......』 『じゃ、じゃあさ...俺と...して...みない?』 自然と頬と目許が熱うなってくる。 『瞬?』 『し、したこと無いなら...俺が教えて...あげても...いいよ......』 気持ちのいいセックスはしたことある? 人肌が温かいって知ってる? 知らんねやったら、俺が教えてあげる。 ずっとずっと思ってた...『瑠威』に色んな事、ちゃんと教えてあげたいって。 手ぇも届けへん人やのに、会った事もなかったのに、会えたらそんな風に言うてあげたかった。 『俺』が教えてあげたかった...... そんな思いのこもった言葉。 畳の上を擦るみたいな音がした途端、俺は突然温もりに包まれた。 長い腕が俺の体をきつく抱き締める。 勘違いしたらあかん...今俺を抱き締めてんのは謙介や。 そして俺は今、瞬なんや。 それでもその力強さと熱に、俺の台詞の裏に隠した思いまでが伝わったような錯覚に陥る。 好き...やっぱり航生くんが...好き...... 瞬でいるその一瞬だけ許される腕の温もりを覚えていたくて、俺はそっと目を閉じた。

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