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悋気は恋慕に火を灯す【34】
今度は、悠が謙介をベッドに誘う。
こっちは正直、お手のもののキャラクター。
当時より大人になってる謙介を誘惑するのは、瞬よりもずっと大人で少しミステリアスで、匂い立つような色香を漂わせる男。
余裕綽々で演じられるはずやった。
家でもちゃんとキャラクター固めてきてた。
でも、必死に表情には出せへんようにしてるけど、俺の頭の中はまたちょっと迷って混乱しだしてた。
瞬に代わって謙介に会いにきた悠。
ほんまに瞬の身代わりなんやったら、同じように謙介に抱かれれば良かったはず。
そしたらなんで、わざわざ謙介を抱こうとした?
瞬の『セックスしたことある?』は精一杯の告白。
そしたら悠の『セックスしたことある?』はどんな気持ち?
瞬を掴んだと思うたら、今度はどんどん悠の気持ちがわかれへんようになる。
「シンさん?」
グラスを握ったまま黙ってもうた俺に、航生くんが心配そうに声をかけてきた。
俺はちゃんと笑えてるかどうかもわからん顔を向け、じーっと航生くんの目を見つめる。
「航生くんはさ、瞬と悠やったら...どっちが好き?」
「え? それは俺ですか? それとも謙介?」
「航生くんと謙介やと、気持ちが変わるん?」
「......はい、たぶん」
言うてもええんやろうかって感じで、小首を傾げて俺の目を覗き返してくる航生くん。
くっそ...可愛い過ぎてヤり殺したなる。
そんな腹の底のあらぬ考えを無理矢理抑え込み、ニコッと笑って言葉の続きを促す。
航生くんは少しだけ顔を赤くしながら、コクンと唾を飲み込んだ。
「俺個人としては、瞬も悠も大好きなんです。意地っ張りで強がってても謙介が大好きな瞬も、瞬に負けないくらい謙介が好きでわざわざ会いに来てしまった悠も、本当に大好きです。でも謙介だったとしたら...やっぱり瞬が好きなんじゃないかと思います。というか、悠の言葉から感じる嫉妬みたいな物が、ちょっと怖いんじゃないかと思うんですよね...瞬との大切な記憶を上書きされそうなくらいの嫉妬と執着を感じるというか......」
「嫉妬と...執着?」
「あ、あれ? 感じないですか? ほら、まず瞬と同じように『セックスしたことある?』っていきなり聞くじゃないですか。まずあそこで、俺メチャメチャ怖いなぁと思ったんですけど。だってね、謙介が瞬とのあのやりとりを、ずっと大切に記憶に留めてるってわかってて言ってるんですよ?」
「あ...ああ...ああ、そうや......」
「俺らは台本で瞬と悠の関係も、その抱えてる思いも知ってるから切なくて愛しい二人だって思えますけど、何も知らない謙介からしたら瞬と似てるのに違う人物が、自分と瞬とのやり取りを知っててそれを真似してきたら、やっぱり怖いじゃないですか。それに、悠の質問に『ある』って答えた謙介に対して、『男とのセックスだよ?』って畳み掛けるでしょ? あれ、瞬との関係に嫉妬してるから出た言葉なのかなぁって感じたんです」
あ、すごい...すごいわ、航生くん......
俺の中に、悠の気持ちがスーッて入ってくる。
これもそのまんま、今の俺やん......
過去の思いに囚われて瞬を忘れられへん謙介にイラつく悠。
それは、勇輝くんの陰がちらつくたびに暗い思いに胸を痛めて苦しなる俺そのもの。
謙介への真っ直ぐな気持ちを溢れさせるのは、俺の中の白い感情。
瞬に対しての無用な嫉妬と謙介への執着心に燃えるのは、俺の中の真っ黒い感情。
悠が謙介を抱いたんは、瞬でも知らん顔を自分だけは知っているんやっていう優越感と独占欲や。
そして自分こそが今の謙介を大切にできるっていう、深くて歪な愛情そのもの。
瞬と悠は...俺自身......
航生くんは、白い瞬も黒い悠もどちらも好きだと言ってる。
俺の事やない、それはわかってる。
せえけど俺の分身みたいなこのキャラクター二人をどちらも好きと言ってくれるだけで...俺は救われる思いやった。
好きやねん...航生くんのそんな真っ直ぐな所が...好きで好きで......
俺だけのモンにしたなる。
......そうや、この気持ち......
『ねえ...セックスって...したことある?』
ゆっくりと唇の端を上げながら航生くんを見つめる俺の目は、きっと嫉妬と執着心で真っ赤になってるやろう。
航生くんは辛そうに唇を噛みながら目を逸らす。
『ありますよ、セックスくらい......』
『ほんとに? 男との...本物のセックスだよ?』
その言葉に目を合わせてきたのは航生くんなんか、それとも...謙介なんか......
怒りと欲が入り交じった強い瞳に射竦められた俺は謙介に...そして航生くんに改めて恋をした。
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