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悋気は恋慕に火を灯す【35】
ようやく瞬と悠の気持ちを掴み、ついでに...自分が想像してた以上に航生くんに惹かれてるってハッキリ自覚したところで台詞の読み合わせは止めた。
ええ加減腹も減ったし...もうそろそろ謙介やない航生くんの話が聞きたい。
苦手な食べ物は無いかと尋ねられて『特に無い』って答えたら、あのキリッてしてる顔をフニャッて崩して嬉しそうに笑う姿にまた胸がキュンてした。
もしかしたら航生くんは、食べる事が趣味なんかな?
手書きのお品書きを見ながら、鼻唄でも歌いだしそうなくらいに目をキラキラさせてる。
食べたい物が決まったんか、静かに綺麗に立ち上がる航生くんに、『乾杯だけはビールで』って頼んだ。
ほんまはそんなにビールは得意やない。
飲まれへんわけやないけど、できたらちょっと甘うて炭酸の効いてるお酒が好き。
せえけど、こういう店なら『生』って言えへん限りは瓶ビールが出てくるはず。
なんか...乾杯する為にお互いのグラスにビールを注ぎ合うってのをやってみたかった。
嬉しそうにパタパタと部屋を出て行く航生くんの後ろ姿をじっと見送る。
ほんまに...どれが航生くんのほんまの顔なんやろ?
子供みたいな顔でワクワクしてる気持ちを抑える事もなく料理を選び、落ち着き無く部屋を飛び出していく無邪気な顔?
俺の方を見ながらすぐに顔赤くしたり、困ったように目線をキョロキョロ泳がせたりする小心者の顔?
自分の中で作り上げた登場人物のイメージと世界観を熱く、けどきちんと自分の分を弁えて語る賢い顔?
まだまだ顔持ってるよね?
だって、俺が惹かれて囚われて憧れた...あの強い光を放つ瞳を見てないもん。
いつあんな顔になるんやろう。
俺が知ってるんは、本心から怒って苦しんで、それでも負けたないってカメラを睨みつけてた時。
あの目は見たいけど、航生くんを苦しめるんも怒らせるんもイヤや。
何より今の航生くんやったら...そう、勇輝くんのそばにおる今やったら、あの瞳の力強さはそのままに、欲を直接煽るような色気を見せられるはず。
見たいな、航生くんの色んな顔......
そんでできたら...俺しか知らん顔とか見つけたい......
なんか航生くんと一緒におったら、欲張りになってしまう。
会えるだけで十分って思ってたのにあの声で名前を呼んで欲しなって、名前呼んでもらえたら次はいっぱい話がしたなって。
これからいっぱい話をしたとして...じゃあ、その後は?
やっぱり、もっともっと一緒におりたいなんて考えてしまうんかな?
航生くんには迷惑ちゃうやろうか...俺が引っ張り回すのは。
俺の事知ってるんやから、JUNKSの中で俺だけがほんまにゲイやって事も当然承知してるやろう。
ノンケの航生くんが、仕事から離れてまでゲイの俺の相手させられるんて、ほんまは嫌ちゃうんかな。
そんな風に思うからって、航生くんと話したい、そばにおりたいって今の気持ちを止められるわけやないけど。
そしたらせめて美味しいもんをちゃんと美味しく食べて、美味しいお酒を美味しく飲んで、俺と一緒の時間を少しでも楽しいって思ってもらいたい。
俺の邪な気持ちが消えるわけやないけど、今日のこの時間くらいならそんな気持ちは抑えられるやろう。
撮影に入ったら、あの航生くんの綺麗な体に触る事もできるんやもん、平気平気。
......撮影が終わったら...たぶんそれっきりになってしまうんやろうけど......
せめて、たまには二人でメシ食いに行ってもええって...俺がもし誘っても嫌がられへん程度には楽しかったって...そんな風に思ってもらえるように頑張らな。
乾杯だけしたら、今日は酒は飲まんとこ。
武蔵にも大原さんにも、あんまり俺の酒癖は良くないって言われてた。
航生くんに迷惑かけたらあかん。
「お待たせしました。まずはビールと付き出しもらってきました。あとは、できた分から順番に持ってきてくれるそうです」
満面の笑みで戻ってきた航生くん。
俺の前に、霜が付くほどキンキンに冷えたグラスを置いてくれる。
横には鯛の子の煮付けかな...魚卵と生姜の入った小鉢。
表面にうっすらと露の浮いたビール瓶を取ろうとして、先にさっと航生くんの手が伸びた。
「あ、入れさせてぇや」
「まずはシンさんが先です」
そう言うと、航生くんはじっと俺がグラスを取るのを待ってる。
ほんまは俺が先に注いであげたかったんやけどな...渋々右手でグラスを握ると、航生くんがすぐに瓶を傾けてきた。
最初のうちは縁に丁寧に添わせて、途中からはゆっくりと真ん中に向けて液体を流し込んでいく。
グラスの中の金色の液体は、少しずつ綺麗に金色と白に分かれる。
注ぐのがよっぽど上手なんか、モコモコって上がってきた泡は見事にグラスの端のとこで止まり、溢れる事はなかった。
今度は俺が瓶を受け取り、航生くんの傾けるグラスにジョボジョボとビールを注いでいく。
航生くんのやったんとはえらい違いで、俺の注ぐビールは入れたそばから一気に泡へと変わり、とんでもない勢いで膨らんだ。
「うわあっ、アハハハッ...シンさん、めっちゃ下手くそだ」
溢れそうな泡を、大声で笑いながら唇で楽しそうに受け止める航生くん。
まだ乾杯もしてないのに、俺の頬はどんどん熱くなっていった。
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