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悋気は恋慕に火を灯す【36】

うーん...今の俺、たぶんちょっと酔うてるよなぁ...... 航生くんが頼んでくれたカシスソーダをゆっくりちょびっとずつ飲みながら、立て膝にした脚に顎を乗せて目の前で『う~ん』なんて苦笑いを浮かべてる人を見つめた。 航生くんと注ぎ合ったビールはびっくりするくらい美味しくて、2杯を一気に飲み干してしまってた。 いや、ほんまに...普段の俺からしたら考えられへん。 苦いばっかりであんまり好きやないビールを、2杯もやなんて! そのまま3杯目も...とか思ってたんやけど、瓶に伸びた俺の手は航生くんにそっと押さえられた。 「そんなに一気に飲んじゃ、酔っぱらいますよ? お料理もいっぱいあるんですし、せっかくですからゆっくりと楽しみませんか?」 優しくて穏やかで、心地よく耳を震わせる低い声。 アルコールやなしに、この声にこそ酔ってまいそうな気分になる。 目を閉じてその声に聞き惚れ、目を開ければ俺を見つめる瞳に心を奪われた。 今日一日で航生くんに何回こうやってときめいたんやろう? アホみたいにドキドキして、でもほんまに楽しくて幸せ。 何より、俺のペースが早いんちゃうかって、押し付けがましくなくやんわりと注意してくれる航生くんの姿ってのがすごい新鮮でまたキュンてなる。 どことなくお兄ちゃんぽくて男らしいて、少しくらいなら甘えてもええんかな?って考えてみたり。 世話好きなんかなぁ...それとも、ただ単に俺が危なっかしくてほっとかれへんだけ? どっちでもかめへんねんけどさ...航生くんが俺を見てくれてるってだけで。 甘くて炭酸強めのお酒が好きって言うたら、梅酒の炭酸割りやらカルピスのチューハイやら色々頼みに行ってくれた。 そりゃあもう、この航生くんの頼んでくれた酒の旨いこと旨いこと。 出してくれてる刺身も揚げ物も炊き合わせも、どれもこれも旨くて旨くて、箸もグラスも止まれへん。 んで、気づいた時には...たぶんこれ、もう手遅れ。 気分が悪いとか、そんなんはまったく無い。 実は昔から酔うて吐いた事も、二日酔いで頭が痛なった事も無かったりする。 せえからたぶん、体質的には酒には強いんやろうと思う。 ただ、理性が恐ろしくアルコールに弱い。 話したいと思うたら相手の都合とか聞かんとガンガン話してしまうし、疑問に思う事ができたら考え無しに質問してしまう。 セックスまではいけへんにしても欲求は抑えられへんようになって、誰彼構わずチュッチュしまくる事だってある。 それが...今の俺。 「昔、ビデオ出てる時とかってさ、どんな感じやったん? 何本かは見てんけど、どれもあんまり気持ち良さそうには見えへんかったから」 はい、嘘~! 何本かやない、出てるビデオはほとんど見てるも~ん。 ただ、陵辱物やない時ですら、気持ち良さそうには見えへんかったってのはほんま。 「正直な話ですよね?」 「嘘聞いてどないすんねん」 「あ、そうか。どんな感じって言われてもなぁ...だいたいは痛いか苦しいかでしたし。気持ちいいって感覚自体があんまりわかってなかったかもしれません」 「そしたらな? 航生くんは、ゲイビ時代はエッチであんまり感じた事無かったん? 陵辱物以外でも?」 ここは純粋な興味。 ケツにチンコ突っ込まれるんはイケる人とアカン人がおるけど、突っ込む方やったら男は普通に気持ちようなるんちゃうの? フェラチオに関してなら、快感のツボがわかってる分女より男とする方がエエって言う人もおるくらいやし。 でも実際、舐められてもタチとしてケツ掘ってても、航生くんはただ『生物学的に勃起してる』ってだけで気持ち良さそうにも興奮してる風にも見えへんかった。 航生くんはちょっと申し訳なさそうに目を伏せる。 いや、恥ずかしがってんのか? 聞けば、興奮するしないはあまり関係なく、わりとどんな状況でも勃起させられるらしい。 それって、ある意味とんでもない特技ちゃうのん? まあビデオか風俗以外にはまったく役に立てへんやろうけど。 で、勃起はできたにしても、ビデオの撮影で気持ちエエって思った事はほんまに無かったらしい。 ひたすら不愉快で、何をしててもされてても『拗ねまくってた』から、気持ち良くしようともなろうともせえへんかったって。 その航生くんの言葉の中に、『プロとしての努力』ってフレーズが出てきて、その瞬間だけ少し酒が抜ける。 俺もそれ、昔言われた事あんねん...ちょっとだけ正気になったからか、そんな言葉はなんとか飲み込めた。 航生くんの飲んでる日本酒をグラスに勝手に注いで、止める言葉をのらりくらりとかわしながらそれをチビチビ舐める。 「まあ、あそこにおったら拗ねるんもしゃあないと思うで。モデルにどんどんハードな事させて潰してまうって有名な会社やったからな」 「俺も、あのタイミングで助けてもらって辞められなかったら、ボロボロになってたと思います」 いらん話を振ってもうたな...航生くんはもう全然気にしてないって感じで優しいに笑うてるけど、そんなもん俺の方が気にするっちゅうねん。 「ああ、そうか。恩人がおるって言うてたもんね」 知ってんねん、ごめんな。 航生くんを助けた人の事も、その人と航生くんがセックスしたであろうってのも、俺...わかってんねん。 んで、その人が与えてくれた快感がどんだけ強かったんかってのも。 だって、俺もまだあの頃の快感がどっか忘れられへんもん。 俺がまるでその恩人を知ってるって口ぶりで話す事に、航生くんはめっちゃアワアワってなってる。 あー...可愛いなー...めっちゃ可愛い...... マジで今すぐにでも押し倒したいくらい可愛い。 せえけどな...このまんまやったら、航生くんと俺、撮影現場でセックスすんねんな...ゲイビが嫌な航生くんと。 おまけに、下手すると勇輝くんと比べられてまうんやな...あのセックス以上の物を航生くんに味あわせてあげられる自信、全然無いんやけど。 ついつい舐めるだけやった日本酒を、少しずつ口に含むように飲んでしまう。 勇輝くんを意識してるわけやないんやで...そんな体を装いながら、俺は航生くんにとっては大切やろう言葉をとっ散らかった頭の中でゆっくり纏めた。

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