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悋気は恋慕に火を灯す【39】

目的のコンビニに着くまで、航生くんは俺の手を払う事はなかった。 いや、払うどころか、指を絡めたまましっかりと握りしめてくれてた。 コンビニの前でタクシーのドアが開き、そこで初めて航生くんの指が離れていく。 なんか...急に指先が冷たぁなった気がする。 いつまでもタクシーが止まらんかったら良かったのにな...... ずっとずっと航生くんに凭れながら、手ぇ繋いでたかったな...... それでも、財布からお金を取り出し『ありがとうございました』って律儀に頭を下げる所を見られたんは...良かったかも。 真面目なだけやなしに、ほんまに謙虚なんやなぁと惚れ直してしまう。 「シンさん......」 先に降りた航生くんが、俺に向かって手を伸ばしてきた。 ん?て首を傾げたら、ちょっと困ったみたいな顔をして俺の手首を握り、グイッて強く引っ張る。 「な、何?」 今度は俺が驚く番。 俺の手首を握っていた指が力を緩めるのと同時に、それは俺の指にしっかりと絡められる。 「行きましょう」 別に俺を急かしてるとかそんなんやなしに、ただ優しく歩みを促す為の言葉。 俺がよっぽど酔うてると思うてんのか、航生くんは長い脚をゆっくりゆっくり前に進めていく。 繋いだ手が引かれる事も、俺が引く事も無い。 ぴったり歩く速度は合わさっていた。 合わせてくれてるだけなんかな...でも、こうやって並んで歩いてんの、なんかめっちゃ楽しい。 タクシーが止まらんかったらって思ってたけど、今度はいつまでも家になんか着かんかったらええのになんて考えた。 せえけど現実はそない甘いもんやない。 なんせ俺が部屋を決めた理由が『コンビニが近い』事と『スーパーが近い』事。 どんだけゆっくり歩いても、幸せなお散歩はあっという間に終わりの時間がくる。 俺はそこで初めて航生くんの手を引いた。 「航生くん、うち...ここやで」 わざわざ送ってくれて、それも手まで繋いでくれたお礼のつもりでできるだけ笑顔を作る。 そんな俺と目が合うた航生くんは、なんかまた少し苦しそうな、不愉快そうな顔を見せた。 「シンさんて...お酒飲むといつもこんな感じですか......?」 「こんな感じ...って?」 何が言いたいんかようわかれへんで、俺はできるだけ笑顔を崩さんように真っ直ぐ航生くんを見つめ返す。 「お酒飲んだら...誰にでもこんなに無防備に...甘えるんですか?」 大好きな低い声がグリと俺の胸を抉った。 その言葉って...どういう意味...なんかな? いや、やっぱり...そういう意味か。 そらそうやんな。 名前は出さんかっても、あからさまに俺の事をからかってるとしか思えんような事、ビデオの中で言うてたもん。 たとえあれが自分の意思で言うた言葉やなかったとしても、それでもそれを信じてたって不思議やない。 ああ、そうか...俺の事、そんな風に見てたんや...... うん、ええよ。 航生くんが信じてる通りの俺でおろうか? 正直ショックが強うて、どこまで演じられるかわかれへんけど。 航生くんの言わされてた、『リアルゲイで手当たり次第に共演者をプライベートでも引っ張り込んでる、ほんまもんのヤリチンでビッチ』な...... 昔の自分思い出したらええだけやん。 共演者はともかく、手当たり次第に男に声かけてヤリまくってたんはほんまの事なんやし。 でも、ほんまの事やってわかってても、それがこんなに辛いなんて思えへんかった。 目一杯強がらな泣いてまいそうで、必死に笑いながら航生くんの手を振りほどく。 「別に誰にでもってわけでもないけどぉ、とりあえず酒飲んだらヤりたなるからね、しゃあないんちゃう? ノンケに比べたらチャンス少ないんやもん、体持て余してたら無理にでも隙作って男引っかけることも...まあ、あるわな」 そんなんちゃうのに...... 俺、この世界入ってからはビデオ以外でセックスなんかしてへんのに...... 必死に作った言葉を言い終わるか終わらないかってとこで、振りほどいたはずの航生くんの手が俺の腕を掴んだ。 そのまま勢いに任せるみたいに、それをグッと引かれる。 自分でも情けなくなるくらい、それは一瞬で呆気なかった。 気づいたら俺の体がスッポリ航生くんの腕に包まれてる。 何が起こったんかなぁとか、俺もそない体小さい方やないのになぁとか、なんかようわからん事ばっかり頭に浮かんでしまう俺の唇に熱い物が触れた。 信じられへん...航生くん、何やってんの? ブチューッて音がしそうなくらい、ただ押し付けてるだけのキス。 あの形のええ唇が、ぴったり隙間なく俺の唇に合わさってる。 なんやねん、このヘッタクソなキス。 こんなんでよう男優なんかやってんなぁ。 その下手くそなキスを仕掛けてきた薄い唇は、押し付けられたまんまで微かに震えてる。 航生くん、なんで...? 俺の事、気持ち悪いんちゃうの? 苦しくなるくらい強う抱き締められて、この下手くそなキスに堪らないくらい昂ってくる。 嫌やのにこんなに強く、でも大切に抱き締めてくれるもんなんかなぁ...... こんな風に抱き締められた事なんか無いし、俺にはようわかれへん。 ただ、わかってんのは...どんだけ嫌われても、どんだけ汚いと思われても...たぶん俺、やっぱり航生くんに触りたいし触られたい。 ああ、こんなんやからヤリチンビッチと思われんのか...... 真正面からの衝突事故みたいになってたから、少しだけ顔を傾ける。 俺からも航生くんの背中に手を回し、もっと深くまで唇を合わせた。 ほんまに合わせてるだけ。 でも、もっと深くもっと強く感じたくて一生懸命顔を動かす。 航生くんもそれを望んでくれてるみたいに、ますます俺を包む腕には力が入った。 どれくらいそんな風にしてたんやろうか。 鼻でちゃんと息はしてたつもりなんやけど、キスに夢中になりすぎたんか段々鼻息自体が荒なってきて、そのうち苦しなってくる。 お互い我慢できへんようになったタイミングはほとんどおんなじで、どちらともなくゆっくりと顔を離した。 「すい...ません......」 大きく肩を揺らしながら航生くんが俯く。 そのまま体ごと離れていこうとするのを、背中に回した腕で止めた。 「責任取ってや......」 ごめんな、航生くん。 やっぱり俺、ほんまもんのビッチなんかもしれん。 「甘えてる俺にまんまと引っ掛かってチューしてもうたんやろ? そしたら責任取ってぇや...チューなんかしたせいで、俺、ヤリとうてムズムズしてきたやん。責任取ってくれへんねやったら、今から男引っ掛けに行くから」 男引っ掛けになんて行けへんよ? でもね...航生くんがキスなんかするから悪いって思うてんのはほんま。 キスなんかせえへんかったら、俺あのまま幸せな、でも少し寂しいような甘酸っぱい気持ちで部屋に帰れたのに。 責任取ってよ...無理なんはわかってるけど...... 「シンさんの部屋で...いいですか? 俺んち狭いし、風呂無いんで......」 航生くんが俯いたまんまでボソボソと言った言葉を、俺は信じられへん思いで聞いていた。

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