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悋気は恋慕に火を灯す【40】
先にマンションのエントランスへと歩き出した俺の背中を、航生くんは黙って追いかけてくる。
何を話したらええんかわかれへんから、エレベーターが来るのを待ちながらとりあえず航生くんが何を考えてんのかだけを想像してみた。
やっぱり俺を『男なら見境無い』って毛嫌いしてる?
いや、たぶんそれは無いやろう。
俺を抱き締める腕に躊躇いも嫌悪感も感じへんかったし、何よりあの震えてた唇は...何かを伝えようとする必死さがあったと思う。
せえけど、俺の男関係に対して航生くんが露骨に不快感を示したんは間違いない。
そしたらそれは、何に対しての不快感?
男と寝る事に抵抗があるはずの航生くんが、なんで今大人しいに着いてきてんの?
グルグルと頭に浮かぶ事を打ち消し、また次の想像を懸命に捻り出していくうちに...いくつかの結論がおぼろげに繋がっていく。
まず、ゲイビモデルとしての俺に対しては、それほど悪意は持ってない。
いや寧ろ、今日話をしてみて少し興味を持ったくらいろう。
それは『好感』て言うてもええんかもしれん。
ただしそれは、あくまでも『ゲイビモデルのシン』に対しての話。
乱れて爛れた私生活を送っている...ううん、送ってると思うてる俺には、あまり良い印象は無いんやろう。
というか、あれだけ真面目な航生くんからしたら、下半身ユッルユルのゲイなんて異世界の人間で、理解できへんしするつもりも無いんかもしれん。
別に今はユルユルちゃうんやけど......
そしたら、その理解できへん種類の人間に着いてきてるんはなんで?
考えられるとしたら、仕事以外でも感情の伴わんセックスに溺れてる俺って人間を理解してみたいと思ったとか?
あとは...あ、あれか。
さっきの店で『本番止めとこか?』って俺が聞いた時に、ちょっと悩んでから虚勢張るみたいに『大丈夫』って言うてた。
でもほんまはたぶん、大丈夫ちゃうやろ。
勇輝くんと寝て以来、男とはセックスしてへんて言うてたし、なんせ元々が何をしてもされても感じた事が無かったってくらいにゲイビの世界で辛い思いをしてきたんや。
ちゃんと愛し愛される謙介のセックスができるんか、不安になるんも仕方ない。
それで...経験の多い俺を相手に、少しでも慣れようとしてるんちゃうかな?
リハーサルのリハーサルの為の...本番みたいな?
ところどころ違和感はあるけど、そんな風に考えてみたらどうにか航生くんの行動にしっくりとくる部分も出たきた。
とりあえず航生くんは俺の事は嫌いやない...これだけは間違いないと思える。
だからこそ、俺とやったら練習できるって考えた...んかな?
それやったらそれで、男と寝るのんも悪い事ばっかりやないって教えてあげなあかん。
そうやん...俺は元々航生くんに『セックスって気持ちええモンなんやで』って教えてあげたいって思ってた。
勇輝くんに先にそれを教え込まれてたとしても、まだ航生くんの中には『無理』って気持ちが残ってるはず。
俺のしたかった事が叶うんやん。
......最初に瑠威を見た時より今の方がうんと航生くんが好きで、ちょっと胸は苦しいなるかもわかれへんけど。
教えたげる。
俺の持ってるモンも俺の思いも全部使って、航生くんに辛ない、気持ちええセックスをちゃんと教えてあげる。
「ここ。入って」
ドアを開け、『どうぞ』って航生くんを招き入れる。
俺は嫌われてない...そう考えるだけで、なんとか笑える自信が出てきた。
好かれてはないけど、嫌われてないんやったらええやん?
これから好きになってもらえるかもって微かな希望だけは持っててもええって事やん?
今は航生くんが俺を選んでくれた役割を精一杯演じよう。
......俺と仕事して良かったって思ってもらえるように。
航生くんの体がおずおずと玄関に入ってきたんと同時にドアを閉め、鍵をかけた。
そのままその場で体を固くしてる航生くんの首に腕を回す。
ゆっくりと顔を近づけ掠めるように唇を重ねると、舌先でその薄い形の良い上唇をそっとなぞった。
下唇をカプと前歯で挟み、チュッと強めに吸い上げる。
俺のそんな動きに何も反応せえへん航生くんから一回顔を離し、ニコッと笑いかけた。
「航生くん、ベロ出して?」
俺の言葉に航生くんは大人しく素直に従う。
何だろうかと俺を見る航生くんの目は不安よりも欲の色が強いように感じて、それだけで俺もひどく昂った。
ベーッて一生懸命伸ばされた舌の先に、今度はチュッチュッと何度も軽く唇で触れる。
もっと!ってねだるみたいに更に伸びてくる舌を焦らしながらも体だけ少しずつ寄せていくと、どこにやったらええんかわかれへんてさ迷ってた航生くんの手が俺の腰を強く引き寄せた。
......うん、ええ感じ...もっと煽られて...
思わず笑みが溢れるのを感じながら、伸ばされた舌に俺のをしっかりと絡める。
表面をザラリと擦り合わせると、ちょっとだけタバコの匂いがした。
そう言うたら今日俺の前では吸ってへんな...出会ってから今この瞬間までの航生くんを思い出し、緊張させてたんやと申し訳なく思うと同時に、頭に浮かぶ航生くんのすべてが愛しくて愛しくて胸が苦しいなる。
絡め合わせた舌を伝い、航生くんの唾液が流れ込んでくる。
その唾液を押し返すみたいに、航生くんの舌の付け根から先端までをジュルジュルと淫猥な音をさせながら愛撫した。
それはまるで、航生くんそのものを舐めてるような...激しくしゃぶりついているような行為。
相手を興奮させる為のそれに、俺の方が間違いなく興奮してた。
口許から溢れて伝い落ちる唾液を気にする事もなく、俺はひたすらその行為に没頭する。
航生くんの唇の隙間から漏れてくる吐息が熱い。
僅かに体を引こうとする気配に、俺は離れかけた腰に手を回して動きを制すると、自分の体を更にそこへと寄せた。
直接触れたわけやないけど、俺の体に改めて近づいたそこは...熱い...吐息よりもっと。
「少しは...感じた?」
俺の言葉に答えは無い。
けど出て来ない言葉と真っ赤に染まった顔と全身から溢れてる熱が答えは教えてくれる。
ほんまやったらこのまんまベッドに引きずり込みたいくらい、俺もドキドキでビンビン。
せえけど...なんぼそこに心は無いにしたって...やっぱりちゃんと準備したい。
航生くんに嫌な思いはさせたないし、これ以上汚いなんて思われたない。
「すぐそこが風呂。先に入っといで...汗かいたやろ?」
ちょっと呆然としたような顔のままで航生くんは頷き、ポテポテと浴室へと入っていく。
俺は...最後の航生くんの逃げ道を作る為、財布だけケツに突っ込んで部屋を飛び出した。
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