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悋気は恋慕に火を灯す【42】
腰にタオルだけを巻き、バスルームを後にした。
きっちりと服を着込んでた航生くんと比べたらちょっとやりすぎかもしれんけど、これくらい手慣れた雰囲気出してる方が安心できるやろう。
できるだけにこやかに、できるだけ穏やかに、でもここぞとばかりにいやらしく...俺に全部任せてたら大丈夫って思ってもらわなあかん。
冷たい水を一口飲んで、大きく息を吐いて寝室に向かう。
今ごろ緊張でガチガチになってんちゃうやろうか?
急に怖なってきて真っ青になってない?
そればかりが気になって、俺の方が緊張しそうや。
まずは、そーっとドアを開けて中の様子を窺った。
......あ、うそ...
それは、俺からしたらちょっと信じられへん光景。
航生くんは...フワフワとした顔で微笑んでた。
目を閉じて何か思い出したみたいにクスクスしたり、部屋の中をキョロキョロ見回しては目を細めてみたり。
その表情は緊張なんかしてるようには見えへん。
寧ろワクワクドキドキって感じがする。
変に気負ってた俺の中の重いもんが、急にフッて軽うなった。
そうか...俺と寝るのん、ほんまに嫌ちゃうねんな......
そんな風に思ったら、もう無理に『作らな!』なんて気合い入れんでも、勝手に口許が弛んでくる。
俺はさも今風呂から上がってきたばっかりみたいな顔をしてドアを開けた。
「何をニヤニヤしてんのん?」
声をかけたら、航生くんの体が驚くくらいにビクーンて固なった。
そんな姿に、思わず俺の口からも笑い声が漏れてしまう。
「何考えてそんなイヤらしい顔でニヤニヤしてたん?」
そう言った途端、航生くんはアワアワしながら自分の顔をペタペタ触りだす。
嘘やで...全然イヤらしい顔ちゃう......
めっちゃ穏やかな、エエ笑顔やったよ......
あんまりにも可愛らしい仕草に、早よ触りたくなってきてしまう。
焦ったらあかん...俺が落ち着かな......
ゆっくりと近づく気配に気づいたんか、まだ顔を触りたくってた手がピタッと止まった。
航生くんの大きな瞳が、まっすぐに俺の全身を確認するみたいに映していく。
俺よりもくっきりと浮き出てる喉仏が、大きくゆっくりと上下した。
「俺の体見て...どう?」
「ど、どうって......」
「頭の中で『女や』って思い込もうとしても、俺の体って男にしか見えへんやろ? 大丈夫? 今やったら自家発電でなんとか我慢すんで?」
俺の言葉に、少し航生くんの雰囲気が変わった。
穏やかな笑顔はそのままに、纏う空気が大人の男の物になり、急に匂い立つような色気を醸し始める。
「シンさんを女性だと思うなんて、そんな勿体ない事できません。シンさんは本当に...男性として綺麗で素敵です」
低くて色気がたっぷりの声。
一度聞いただけで忘れられへんようになった、あの大好きな声。
欲を隠さない大きな瞳とその声に、なんか...もうセックスが始まってるんちゃうかってくらい興奮する。
「......そうか、ありがと。そしたら今度は、航生くんの綺麗でカッコええ体、見せてくれへん?」
震えそうになる声を必死で抑え、なんて事ないフリで笑いかける。
航生くんはさも『当然』みたいに勢いよく立ち上がると、なんの躊躇いも見せんまんまであっという間にシャツもパンツも...そして下着まで一気に脱ぎ捨てた。
間接照明だけの薄明かりの中に浮かび上がるのは...信じられへんほど綺麗な体。
全体には細いんやけど、ひ弱にも貧相にも見えへん。
元々骨格がしっかりしてんのか、思ってたよりもずっと肩幅が広い。
その肩から二の腕には程よく筋肉が盛り上がってる。
厚すぎへん胸には、小さめの乳首。
腹はくっきりと腹筋が浮かび上がり、ちゃんと6つ数えられそうやった。
その割れた腹筋の中心には縦長の臍、そしてその下には...他の場所の体毛の薄さが嘘みたいにフサフサの下生え。
......こんな綺麗な体...見たことない...
「......触っても...かめへん?」
もう声が震えるんを隠す事はできへんかった。
あんまり俺がまじまじと見てるんが恥ずかしなったんか、ギュッて目を瞑ってる航生くんの首筋にそっと触れてみる。
最初は指先だけでなぞるように。
そこから肩へと手を動かしながら、今度はしっかりと手のひら全部でその肌を丁寧に撫でた。
きめが細かいのに、それでも女性の物とは違うだろう褐色の肌。
その肌の感触は、驚くくらい俺の手のひらに馴染んだ。
肩から胸元へとそのまま手を滑らせる。
ピクピクと小さく体が震えたんと同時に、俺の触れている部分にプツプツと毛穴が立ち上がった。
「寒い?」
「......いいえ」
「そしたら......気持ち悪い?」
「......いいえ」
「そっか.......」
興奮してくれてんのかな?
いや、航生くんって案外感じやすい体してるんかも。
それやったらそれで、まるっきり航生くんに快感を教えられへんかったあの会社ってのは、ほんまにクソやな。
ちゃんと気持ちようにしたげるからね......
俺と寝てみて良かったって、絶対思わせてあげるからね......
胸元を撫でてた手を脇の下に通し、そっと背中に触れる。
......ああ、背中もめっちゃエエ筋肉...
両手を背中に回し、筋肉の感触を確かめながらピタリと自分の肌を航生くんの胸に付けた。
「抱き締め返してくれへんの?」
そう声をかけると、航生くんが恐る恐るみたいに目を開ける。
「抱き締めても...いいんですか?」
「ええよ。せっかくセックスするんやもん、こうして裸の時くらいラブラブの恋人のフリする方が、気持ちも入るやろ?」
あくまでも『導いてやる』って立場を意識しすぎて不意に口から出た言葉。
自分の吐いたその言葉に、俺は考えてた以上に傷ついた。
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