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悋気は恋慕に火を灯す【55】

「ただいま戻りました~」 玄関から聞こえた声に、手を止めて時計を見る。 帰るって言うてた時間よりもちょっと早い。 一瞬、『やっぱり調子が悪なった!?』ってドキッとしたけど、リビングのドアを開けた航生くんの顔色は出てった時と特に変わってなくてちょっとだけホッとした。 「おかえり~、早かってんね。あ、ごめん...ちょっと考え事してて買い物行かれへんかってん。晩御飯、親子丼と舞茸のお吸い物でもかめへん?」 そう、考え事で忙しかってん...... ほんまは俺が航生くんを助けたかったのにとか、俺が航生くんにちゃんとしたセックス教えてあげたかったのにとか...... 勇輝くんなんかより、もっともっと早いうちからずっと航生くんの事が好きやったのにとか。 勇輝くんが航生くんを助けたんも、セックスの良さを教えたんも知ってるしわかってる...そのお陰で俺は今こうして航生くんと一緒におれるっていうのもわかってんねんけどさ。 それでもやっぱり、悔しいもんは悔しいねん。 今でも航生くんにとって勇輝くんは特別な人やし、勇輝くんにとっても...... 時々それに無性にイラッてする。 今の航生くんを作ったんも、そして俺を作ったんも...勇輝くん。 所詮お前はユーキの廉価版...そんな風に言われ続けた記憶は簡単には消えへん。 優しくて綺麗で色っぽくて抜群に仕事のできる人。 大好きやからこそ、時々勇輝くんの事が大嫌いになる。 自信無くなる、不安になる。 航生くんは、やっぱりどっか俺の中に勇輝くんの面影を探そうとしてるんちゃうんかって。 そして今、結局勇輝くんに教えてもうた親子丼を作ってる俺。 どこまで行っても勇輝くんには勝たれへんのかな...俺はこのまま、一生勇輝くんの影にビクビクしてなあかんねやろか。 「慎吾さん?」 ぼんやり考え込んでしもうた俺を不審に思うたんか、航生くんがいっつもより低い声で呼んだ。 「あ、ごめんごめん、すぐ作るわな。そこに座って待ってて」 「慎吾さん...勇輝さんと...何がありました?」 チッ、早速チクったってか? たぶん見るからに不機嫌になってるやろう自分の顔を見せたないって思って、俺は航生くんに背中を向けたまんまで作業を再開した。 「慎吾さん」 「あー、別になんも無いって」 「何もなくないでしょ?」 「ちょ、黙っててよ。今から卵流すんやから」 「それ、後でいいですから。ちゃんと話を......」 「なんも無いってば!」 「慎吾さんっ!」 珍しく声を荒らげた航生くんに、思わず手を止めて肩を竦める。 「おいで。ギュッてしたげるから」 恐る恐る振り返ってみたら、航生くんはニコッてして長い腕を大きく広げてた。 「慎吾さん、おいで?」 それだけで頭がボーッとするくらいに甘い声...優しくて、男らしい笑顔。 俺は菜箸を置いて、フラフラ~って近づいていく。 あと一歩ってとこまで行った所で、伸びてきた航生くんの腕に手首を掴まれた。 そのまま引っ張られ、俺の体はスポンて航生くんの体に包み込まれる。 温かくて...仕事終わり特有の知らない石鹸の香り。 肩に額をコツンと押し当ててハァと息を吐くと、航生くんは言うてた通りに俺をギューッて抱き締めてくれた。 「勇輝さん、心配してましたよ...何か知らないうちに慎吾さんを傷つけたんじゃないかって。謝っといてって電話があったんです」 ああ...俺に八つ当たりされた!って文句言うたわけやないんか...... 考えてみたら、勇輝くんが俺に八つ当たりされたからって航生くんに文句なんて言うはずなかった。 だって...勇輝くんやもん。 航生くんを大切に思うんとおんなじくらい、俺の事かて大切に思うてくれてんのに。 人を傷つけるくらいなら、自分が血を流す方がマシって思うような人やのに。 そんな勇輝くんやから、俺は憧れた。 そんな勇輝くんやから、得になるなんて保証も無いのに航生くんを助けられたんやろ? わかってんのにな...勇輝くん、誰よりも優しいんやって、俺もちゃんとわかってんのに。 航生くんの事になったらあかんねん。 ほんま俺、めっちゃ情けない...自分に自信無さすぎて、そんな優しい人に八つ当たりしてまうとか。 だって...俺、今の航生くんにふさわしい? 俺が一目惚れした頃よりもずっとずっとかっこ良うなって、勇輝くんに負けへんくらい強うて優しい航生くんに...俺はふさわしい? 「慎吾さん、何が不安?」 すっかりそれは自分の武器やってわかってる甘くて低い声で囁く。 「大切な人にそんな悲しい顔させるくらい、俺が何かした?」 「ううん、航生くんが悪いんちゃうよ。俺やねん...俺が勝手に自己嫌悪に陥ってて...ほんまごめん。あ、勇輝くんにも謝りに行かな......」 俺が勝手に不機嫌になって、勝手に怒ってただけや。 今の航生くんを作る全てのベースになってる勇輝くんって存在にヤキモチ妬いただけ。 それやのに、結局勇輝くんに謝らせてもうてるなんて申し訳ない。 腕の中から抜け出そうとする俺に、航生くんはちょっと怒ったように首筋に噛みついてきた。 「俺と話すより、勇輝さんのが大事?」 「あ、いや...そんなわけや......」 「なんか俺、勇輝さんにヤキモチ妬きそう...」 言うが早いか、航生くんが俺をサッと抱え上げた。 いわゆる『お姫様抱っこ』の格好がさすがに恥ずかしいて、思わずバタバタと暴れる。 「あのね、俺は全部慎吾さんの物なんですよ、わかります? 髪の毛一本どころか、流れる汗も漏れる息でも全部。だから俺も慎吾さんの全部が欲しいんです。例え相手が勇輝さんであっても、俺といる時は俺を何より優先してくれないと嫌なんです」 そのまま軽々と俺を抱えたまんま、寝室に続くドアをくぐった。 「何があったのかはわからないけど、勇輝さんの所に行くなら明日ね。今日は...慎吾さんが誰の物で、何を一番に考えるべきなのか教えてあげる...一晩かけて」 航生くんが...勇輝くんに嫉妬してんの? いや...航生くんでも勇輝くんに嫉妬してくれんの? それも、俺の事で? なんかおかしなスイッチが入ったらしい航生くんの目は、もうすっかり獲物を狙う肉食獣みたいになってる。 そして俺は...食べられる事を待ち望んでる、獲物そのものになってるんやろう。 「航生くん...お腹空いてへん...の? 急いで作るから...先に食べ......」 「勇輝さんの次は、俺に親子丼に対してヤキモチ妬かせたい?」 目は爛々としてるのに、航生くんは俺をそーっとベッドに下ろす。 ああ、どんな航生くんでも...結局優しいんやから...... 「明日、一緒に勇輝くんとこ...行ってくれる?」 「明日ならね。でも今は...俺の事だけ考えて」 俺のシャツに航生くんの手がかかるよりも先に、俺の手が航生くんのデニムのホックにかかる。 勇輝くんにヤキモチを妬いた俺と、勇輝くんと親子丼にヤキモチを妬いた航生くん。 お互いに服を脱がせ合いながら、すぐに頭の中は相手の事しか考えられへんようになった。

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