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小悪魔モンモン【3】

手渡された鎖の感触に、胸がドクンと大きく脈を打つ。 真っ直ぐに俺を見つめる目がその先を望んで揺れていて、それはそのまま今日の撮影を思い出させた。 俺が与えられた役は、とある大学生。 アルバイト先のカフェで、高圧的で自己主張の激しい一人の美しいキャリアウーマンに出会った事から物語は動き出した。 決して関わり合いになりたくないと思いながらも何度か顔を合わせるうちに、彼はふとした表情から彼女の中の『虐げられたい』という願望に気づいてしまう。 そして彼女も穏やかな笑顔の大学生の内側に秘められていた加虐心に気づき、好奇心から彼を誘惑する。 表に堂々と晒す事のできないお互いの性癖を知った二人は、徐々に倒錯した性の世界にのめり込んでいく...そんな話だった。 別に体をひどく痛めつけるようなハードな物だったわけじゃない。 ただ、普段は部下である男性を威圧し、罵倒するような女性が、支配者である大学生の前では常に首輪や手錠、麻縄で自由を奪われ、罵られる事に悦びで体を震わせるという内容だった。 まあ、ソフトSMと言いきるには多少過激な行為も含まれてるって程度だ。 俺に他人を蔑んで悦ぶという趣味はない。 別に言葉で責め立てたいとも思わない。 けれど自由にならない体で、それでも相手を求めて必死に身を捩らせる姿を『美しい』と思ったのも、そしてそのことにひどく興奮したのも事実だった。 「どうして...これを......」 「俺な、インタビュー終わってから次のビデオの打ち合わせで会社行っててん。航生くんが撮影真っ最中やって聞いて、打ち合わせ終わってからスタジオまで見学に行ってんで...ちょっとでええから話がしたかって。そしたら、ちょうどあの女優さんが震えながらこれ差し出して、『私をもっと調教してください』って土下座してるところやった。俺ね、その時はなんとも思えへんかった...『航生くん、珍しい役やのに頑張ってんなぁ』って感じただけ。せえけど、首輪して後ろ手に手錠かけて、バックからガンガン彼女犯してる時の航生くんの顔がな...俺、なんか堪らんかった。あんなん見たこと無い顔やった。メチャメチャ興奮してて、男らしくて...あれ、ほんまに興奮してたやろ?」 その問いにどう答えればいいのかわからない。 慎吾さん以外の人間を抱いている姿を見られて、それを『ひどく興奮していた』なんて言われて...... 俺は言葉が出せず、ただ俯いた。 そんな俺に、慎吾さんがガックリと落胆したように背中を丸める。 「あ、ごめん...そうやんな、航生くん元々ノンケやし。女嬲るんは興奮しても、男にこんな道具使うとか...そら萎えるよな。抱いてもらえるだけでもありがたいのに、俺...何を調子乗ってんねやろ...ほんまごめん」 「『抱いてもらえる』って...なんですか? 『ありがたい』って何?」 自分を貶めるように吐き出した慎吾さんの言葉にちょっとカチンときた。 思わずダラリと落ちた目の前の肩を強く掴み激しく揺さぶる。 「何回言ったらわかるんですか! 元がノンケだとか慎吾さんが男だとか、今の俺らにとってはなんの関係も無いでしょ!」 「だって! だって......」 勢いこんで顔を上げたものの、慎吾さんの口からは次の言葉が出てこない。 頭が混乱して、何をどう言えばいいのかわからないんだろう。 続きを急かす事のないよう慎吾さんの体をそっと抱き締めると、少しでも落ち着くかと背中を優しくトントンと叩く。 鼻先に慎吾さんの髪の毛がフワフワ当たって少しくすぐったい。 「ゆっくりでいいですよ。言い間違いとか勘違いなんかで喧嘩にはなりたくないです。ちゃんと慎吾さんの言葉で、慎吾さんの素直な思いを教えてください」 腕の中で、何度か深呼吸の気配がした。 それは数度繰り返され、最後に大きく息を吸うと、背中に回された腕が俺のシャツをギュッと握ってくる。 「航生くんは優しい、それはわかってんねん。でも俺を抱いてる時に、今日のあの撮影の時みたいな...興奮して、自分が抑えられへんって顔してたこと無いから......」 「そうですか? 俺は俺なりに、慎吾さんを傷つけちゃいけないって興奮抑えるのに必死なんですけど」 「俺じゃなくて、女優さん抱いてる時にだけあんな顔見せてるってのが...悔しい。抑えんでええねん...もっと俺に興奮して欲しいし、それで俺が傷つく事になってとかめへん...もっと欲しがってよ...もっともっと俺にがっついてよ......」 「......それが...慎吾さんの希望ですか?」 抱かれる立場を知ってるからこそ辛い思いをさせたくなかった。 こんな綺麗な体を傷つけたくなかった。 そんな中途半端な遠慮のせいで、また慎吾さんに余計な事を考えさせてしまうなんて。 ほんとは、それこそ自分の中にある小さな『加虐心』に気づかれたくなかっただけの臆病者なのに。 「俺の本性見て、慎吾さん引きませんか?」 「なんで?」 「俺ね、確かに撮影の時、変に昂ってたと思います。でもそれは、彼女にじゃない」 精一杯優しく背中を撫で、前髪を上げると露になった額に軽くキスをする。 「俺は彼女を縛り上げながら、ずっと慎吾さんを想像してました。泣きながら体を震わせて、それでも俺に縋ろうとする姿を。軽蔑...しますか?」 俺の言葉に、慎吾さんはそっと体を離して立ち上がる。 俺がじっと見つめる前で、ほんの少しだけ頬を赤く染めながら、スルスルと身に付けていた物をすべて床に落とした。 そのまま、俺の前にゆっくりと膝をつく。 「俺も...あんな風に愛して。航生くんのいやらしいとこも激しいとこも...全部俺にぶつけて欲しい......」 俺は手の中の首輪をジャラリと慎吾さんの前に垂らした。 「ベッド...行きましょうか?」 そう言うと慎吾さんはただ頷き、俺の手から首輪を受け取ると、それを自ら首へと巻いた。

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