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フィクションの中のノンフィクション【慎吾視点】
『新しいビデオの企画について、相談がある』
それは木崎さんからの突然の電話。
企画についてわざわざ相談なんてされるんは初めてかもしれん。
俺は会社から出たオファーを断った事は無いし、ある意味絶対的な信頼感を置いてる。
相手役についても内容についても、この会社に来てから嫌な思いなんかしたことも無いし。
「いや、別に俺が企画会議やら参加しても、なんも意見なんか出されへんで? そっちでええように決めてよ、別に文句も言えへんし」
電話を肩と耳で挟み、掃除機をかけながらそう答える。
いっつもやったら掃除も航生くんがやってくれてるけど、その当人は昨日から帰ってきてへん。
泊まりの撮影で伊豆に行ってるから、こんな時くらいは俺がやらなって、ちょっと張り切ってたりする。
勿論、掃除が終わったら夕飯の買い物にも行くつもり。
今日何時に帰ってくんのかは聞いてないけど、『晩飯はいらん』なんて言われてへんし、家で食べるつもりやと思うてる。
料理も掃除もちゃんとできるけど、俺は残念ながら航生くんほど手際がエエこと無い。
せえからさっさと電話なんか終わらせて、ちょっと家事に集中したいねんけど......
『悪いんだけどね、企画の内容についてはもう決まってるのよ。でも、最終決定の前にどうしても慎吾くん達に内容を確認してもらわないといけないから......』
「ん? 慎吾くん『達』ってどういう事?」
「慎吾くんと航生くんじゃない。とにかく今すぐこっちに来てくれる? 航生くんも撮影終わってて、そのままこっちに向かってもらってるから」
そんな急に呼び出すな!って気持ちも無いとは言えへんけど、なんせ大恩ある木崎さんの言葉。
無下にするわけにもいかんし、何より既に航生くんは向かってるらしい。
「今掃除してるから...それが終わってからでもかめへん?」
断れないならせめてそれくらいは...いきなりの呼び出しに対して俺ができる抵抗は、せいぜいそんなもんやった。
**********
タクシーに乗って20分ほど。
ビーハイブ本社に着いた俺は、初めて航生くんと顔を合わせたあの会議室に通された。
その扉の前に立っただけで、なんかあの時の事を思い出してドキドキする。
航生くんに会えるって嬉しさと緊張、勇輝くんと比べられるんはイヤやって意地と不安......
当時の色んな気持ちが頭を過る中、ちょっとだけ控えめにそのドアをノックした。
「どうぞ~、入って入って」
相変わらず元気で明るい声が聞こえる。
この人の、ちょっと強引やけど一生懸命で、自分の夢にも周囲の気持ちにも誠実な所に俺は支えられてきたし、これからも支えられるんやろうなぁ。
頭を小さく下げながらドアを開けた。
そこには木崎さんと、今クイーン・ビーで航生くんの企画を主に担当してる嶋本さん、そしてほんまに現場から直接駆けつけたばっかりらしい少し疲れた顔の航生くんが既に座ってた。
......しもたなぁ...やりだしたらつい意地になってもうて換気扇まで手ぇつけたから...まさか航生くんを待たせる事になるやなんて......
俺のアホ!
「遅なってすいません」
ペコペコ必死に頭を下げながら勧められた椅子に座る。
木崎さんはいつもみたいにカラカラと陽気に笑い、手をブンブン振った。
「気にしない、気にしない。そもそも、急に呼び出したこっちが悪いんだし。航生くんも、ほんとはもうちょっと遅くなる予定だったのよ。ロケバスで帰ってきてたら...だけど」
「あのねぇ...急ぎだから電車使えって言ったの、自分じゃないですかぁ...慎吾さんがもう待ってるって俺の事騙したくせにぃ」
「小さい事は気にしないの! ちゃんとこうしてここに集まれたんだから、それでいいじゃない」
「あ、あの...それで、こない急に俺ら二人だけ呼び出されなアカン企画って...何?」
いつまでも余談が終わらないタイプの木崎さんには、いきなり本題を突き付けてやるに限る。
こうでもせんと、俺らと話すんのに夢中になって大事な話をするの忘れたままで解散とか言いかねん。
実際、今までもそんな事あったし。
俺の質問に航生くんも頷いて見せると、木崎さんよりも早く嶋本さんが口を開いた。
「実は、木崎さんの所にも俺の所にも、最近よく似た内容のリクエストが書かれたファンの人からのアンケート葉書が届くようになったんだ」
「アンケート葉書...ですか?」
ビーハイブから発売になってるDVDには、今後の作品作りの参考にするからって事で必ずアンケート葉書が封入されてる。
わざわざそんなもんを書いてくれるファンがおるって事にちょっと驚いたけど、まあよう考えてみたらJUNKSのスタートも確かアンケート葉書のリクエストやった気がする。
誰と誰の絡みをもっと見たいとか、このメンバーやったらこんな設定のストーリーの作品が面白そうとか。
今でも俺らのDVD買うてくれた人がそうやって葉書を書いてくれてるっていうんが、なんかめっちゃ嬉しかった。
「慎吾くんもわかってると思うけど、俺はあくまでもクイーン・ビー・レーベルの方のスタッフで、航生くんもクイーン・ビー所属なんだよね?」
「うん、そんなん今更ちゃいます? せえから、俺が相手役の時以外はガーデンの仕事はせえへんでしょ?」
「そう。DVDを買ってくれてるお客さんも、当然クイーン・ビーとクイーンズ・ガーデンは別物やと思ってる。いや、そう思ってたんだけどね......」
「うちのアンケートにそういうリクエストが来るのは想定してたんだけど、嶋本さんの方にまであの数のリクエストが入ったのは想定外でしたよね...」
「あ、あの...俺、全然話が読めないんですけど...」
航生くんの質問はもっともで、俺も何が何やらさっぱりわかれへん。
顔を見合わせて二人で首を傾げてたら、ちょっと不本意そうな表情の嶋本さんが軽い咳払いをして背筋を伸ばした。
「これから見てみたいのはどんな作品ですか?って質問にね、『ガーデンの慎吾くんとの、プライベート風ラブラブエッチ』って回答がわんさか来てるんだ」
「そんなの、うちは前からだけどね。『航生くんと慎吾くんのプライベートエッチが見たいです』『お芝居もいいけど、エクスプレスで見せる、お互い目が合っただけでクスクス笑っちゃう感じの自然なエッチを見てみたい』なんてリクエストはずーっと来てたのよ」
「プライベートぉ!? そ、そんなん初耳やし......」
「そりゃあ言ってなかったもの。どうせ企画上げたところで嶋本さんが却下するのは目に見えてたから、慎吾くんに話すまでもないかなぁって。嶋本さんは、できるだけ航生くんには女性との絡みをやって欲しい人だからさ、そもそも航生くんをうちの仕事には使われたくないわけよ」
「今もその気持ちは変わらないけどね。航生くんが相手役ならっていわゆる『芸能人』枠の女優さんがかなりうちのビデオに出演オーケーしてくれてるし」
「ところが、リクエストの数が無視できない数になっちゃったのよね~」
「そうなんだよな...うまく特典でも付けたら、予約だけでうちの販売記録塗り替えるんじゃないかって予測まで出ちゃったから、さすがにもう反対もできなくて」
呼ばれた理由、ようやく読めてきた。
チラッと航生くんを見たら、さすがに顔色変えて『どうしよう...』みたいな表情になってる。
そんな俺らを見て、ここは木崎さんが話した方がええと踏んだんか、嶋本さんは『お茶を入れてくる』って出ていった。
「という事で、ここに呼ばれた理由はわかったと思うんだけど...二人のプライベートに密着って企画物を制作したいのね。これはクイーン・ビー、クイーンズ・ガーデン双方の企画会議でももう了承されてるわ。事務所にもオファー済みよ。あとは...あなた達が受けてくれるかどうか」
やっぱりか......
俺は被ってた帽子を顔に乗せて天を仰ぐ。
カメラの前で航生くんとイチャイチャしてんのはしょっちゅうや。
それは、一緒にいてたらくっつきたなるんやからしゃあない。
ビデオの中で航生くんとセックスした事も何回かある。
これは...俺は俺であって俺やなかったし、航生くんも航生くんではなかったから、別に何とも思えへんかった。
芝居や、他人や、あくまでも仕事や。
せえけど、プライベートでのセックスって?
それはさすがに...抵抗があるってより、恥ずかしいやろ。
ビデオで見せてるんとは、絶対に違う顔してるはずや。
俺も...航生くんも。
そもそもほんまの俺の姿なんか、航生くんにしか見せてへん。
勇輝くんが相手の時でもこれからの仕事の為やって気持ちはどっかにあったから、やっぱりあれも仕事の一環やったって思うてる。
木崎さんが出してきた企画。
聞きたい気持ち、聞いてあげなあかんて気持ちはある。
せえけど航生くんはメッチャ嫌がるやろう。
それでなくても恥ずかしがりの航生くんが今仕事できてんのは、あくまでも『他人』になりきる事ができるから。
自分のまんまで俺とセックスするとか、そんなんできるわけあれへん。
これは断らなアカンよな......
木崎さんに断り入れるとか、ほんま気が重い......
「それは、即答しないといけませんか?」
俺が一人で考えてたら、隣から案外軽い調子の声が聞こえた。
帽子をチョロっとずらして様子を窺ってみる。
航生くんはなんかメッチャ落ち着いた顔で、真っ直ぐに木崎さんを見てた。
「一日時間いただけませんか? ちゃんと前向きに考えますから」
「も...もちろん! 一日でも二日でも、しっかり考えて!」
「あー...いや、どうせそんなに考えても、悩むだけで結論は出なくなりますから大丈夫です。それで、そのリクエストってそんなに多いんですか?」
「数伝えたら、ちょっと驚くレベルのリクエスト来てるわよ。葉書までは書かないけど本当に見たいと思ってる人は、当然その何倍もいるって事よね」
「わかりました...とりあえず今日は帰ります。明日必ずお返事しますので、今は時間をください。じゃあ慎吾さん、行きましょうか」
深々と頭を下げると着替えの入った荷物を肩にかけ、航生くんは当たり前みたいに俺の手を握る。
ニコッて笑ってみせる航生くんの表情がなんやいっつも以上に男前で...なんかその笑顔だけで胸が張り裂けそうなくらいドキドキしてた。
......そんなんほんま、今更やけど。
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