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フィクションの中のノンフィクション【2】
ビーハイブを後にし大通りへと出ると、航生くんは車道に向かって左手を挙げる。
数台にあっさりとスルーされるものの、それでもそない待つ事もなくタクシーは捕まった。
後ろを開けてもうて着替えの入ったカバンを積み込むと、航生くんに体を押し込まれて俺は奥の方へと追いやられる。
続いてサッと入ってきた航生くんは、ようやっと言い慣れたらしい目印のスーパーを伝え、大きい息を吐きながらゆったりと後ろに背中を預けた。
こんな時間に二人だけでタクシー乗るんなんかめっちゃ久しぶり。
いつ以来やろう...外をぼんやり見ながらそんな事を考えてたら、急に胸の中がキュンて痛なった。
あ...そうや...もしかして...あの時以来......?
航生くんに会えて、思ってた通りの...いや、想像以上の男前っぷりに完全に舞い上がってもうた、あの特別な夜以来かもしれん。
タクシー自体は使わん事はない。
撮影が遅なった時はやっぱりどうしても車呼んでもらわな帰られへんし。
ただ、普段俺と航生くんが仕事してる現場は違うから、行きも帰りも別行動になる。
たまにおんなじ現場になったとしても、そんな時は大抵木崎さんか社長が一緒やった。
今日はあの会議室に入ったせいやろうか......
それとも久しぶりに二人きりでタクシーに乗ってるせいなんかな......
変に胸がドキドキする。
チラッて隣を見てみたら、航生くんはあの時と一緒でシートに背中を埋もれさせながら、なんかぼんやり外を見てた。
時々ライトに照らされるその顔のラインが、ちょっと寂しい思えるくらい綺麗や。
今日は酒なんか飲んでへんねんけど...今更別になんの遠慮もいらんのもわかってるんやけど...そーっと隣に向かって手を伸ばしてみる。
と、いきなり俺の頭がグッて引き寄せられて、航生くんの肩に凭れるみたいな格好を取らされた。
伸ばしかけた手はギュッて握られて、しっかりとそれぞれの指まで絡められる。
「航生くんは、真面目なエエ子やなぁ......」
何の気なしに口をついて出てきた言葉。
外を見たままやった航生くんが、驚いたみたいに目を真ん丸にして俺の方に顔を向ける。
急にメッチャ恥ずかしなって体をちょっと離そうとしてみたけど、繋いだ指をほどいた航生くんの手がしっかり俺の肩を抱いた。
「嫌だなんて...思ってないからですよ」
フワリと微笑む航生くんの顔に、俺はまたボーッてなる。
覚えてくれてるんや...あんな些細なやり取りまで...もうあれから2年以上経ってんのに......
そう、もう2年も経ってんのに、俺は毎日毎日航生くんに恋してる気がする。
どんな顔もどんな声もどんな仕草も...ほんま、メッチャ好き。
「慎吾さん、その顔は反則です」
航生くんの長い人差し指が、チョンて俺の唇に押し当てられた。
「ほんとは今すぐここで押し倒して、腰砕けのトロトロになるくらいキスしたいんですけどね、家に帰るまではこれで我慢します」
更に何か言いたげにツンと突き出される形のいい唇。
俺も指を伸ばし、それにチョンと触れる。
あの頃よりもずっと男らしく、ずっと色っぽうになった航生くんは、あの頃となんも変われへん顔でニッコリ満足そうに笑ってくれた。
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「帰っていきなりとか...鬼やん。おまけに2回って...もうイヤやって言うたのに。だいたい、今日は向こうで朝からヤってきてたんちゃうの? そない溜まってるわけでもないやろ?」
「慎吾さんへの愛情と性欲は無限ですよ。仕事とはまったくの別物ですから。慎吾さんがあんまり色っぽくて綺麗で可愛いから我慢できなかったんです。それに、慎吾さんだって本気で嫌がってなかったでしょ?」
ニヤッと笑って見せる航生くんの顔は、やっぱりうっとりするくらい男前やった。
あれからタクシーを降りてスーパーで晩飯を買うと、家まで手を繋いだまんま歩いた。
あの時とは歩く道も帰る家も変わったけど、手ぇ繋いでるだけで幸せなんは全然変わってない。
航生くんの手は大きいて温かくて、そんで力強い。
一回も手を離さんと部屋まで帰ったら、せっかく買うた弁当をダイニングテーブルに放り投げた航生くんに、そのまんま寝室に連れ込まれた。
全部家具は買い替えたのに、これだけはどうしても変えられへんかった、たいして大きいもないセミダブルのベッド。
大きな手が俺の体の表面を掠めるたびに、それはギシギシ大袈裟な音をたてた。
あんなに最初は恐る恐る俺に触れてきた航生くんが、今では俺の体温を自由に、好き勝手に上げていくようになってる事に感動すら覚える。
すっかりスイッチの入った航生くんは、風呂にも入ってへん俺の身体中を舐め回し噛みまくり、そして全身に所有の印を付け倒した。
まあ、俺かて正直言うたらすぐにでもやりたかったし、メッチャ気持ち良かったんやけど...せめて翌日の仕事くらい確認してほしい。
いや、まあ...明日もオフやねんけど。
確かに休みやねんけど。
もし撮影でもあったらどないすんねん...ちょっと強めに噛まれた右のケツもさすがに痛いし。
もっとも、どんだけエロなっても強引になっても、航生くんの根っこの真面目な所は相変わらず。
せえからたぶん、前もって明日の俺のスケジュールが空いてるって事はちゃんと頭に入れてたんやろうと思う。
いや、なんにしたってケツはやっぱり痛いねんけど...中も外も。
「お腹空きましたか? お弁当、温めてきますね」
パンツとデニムだけを穿いた姿で航生くんはサッと立ち上がる。
やっぱりカッコええ...ってうっとりしたい所やけど、俺もパンツを穿いて慌てて立ち上がった。
「ごめんっ。航生くん仕事帰りやのに...お、俺やる! 晩飯も作るつもりやったのに...ほんまごめん」
「仕事帰りは慎吾さんも同じでしょ? さっきまで一緒に打ち合わせしてたんですから。そんな慌てて立ち上がれるくらい元気なら、あと2回はしても大丈夫そうですね。何なら今すぐしますか? 俺まだまだ足りないんですけど」
ニカッてちょっと意地悪げに笑う航生くんに見惚れてもうて、俺はそのまままたベッドに座り込む。
そんな俺のデコに、航生くんはチュッて音をたててキスをした。
「とりあえずスープかなんか作ってきますから、それまで慎吾さんは大人しく待っててください。あ、そうだ...明日はご飯食べさせてくださいね。俺ちょっと出てくるんで」
「出るって...? 明日休みちゃうの?」
「休みだったんですけどね...ちょっとビー・ハイヴ行って、木崎さんと話してきます」
あ、そうやった...そもそも今日俺があの会議室に行った理由......
思い出した俺は、ちょっと困ったような顔でもしてたんやろうか。
伸びてきた航生くんの手が、まるで子供にするみたいに俺の頭をワシャワシャって強めに撫でた。
「心配しないでください。慎吾さんが木崎さんの事を物凄く慕ってて、お願いをむやみに断れないってわかってます。第一、俺にとってもあの人は大切な恩人の一人ですから。今回の企画、受けるって答えてくるつもりです。勿論、いくつか俺の出す条件を飲んでもらえるなら...ですけど」
「条件?」
「今はまだ内緒ですけど、ちょっと考えがあって。結構ハードル高い条件なんですけどねぇ...まあ木崎さんなら飲んでくれるでしょ。俺らのDVDがそんなに求められてるんなら」
「何それ、駆け引きってやつ? なんか航生くん、ちょっとみっちゃんに似てきた......」
「あそこまで大胆でも計算高くも意地悪でもありません! 俺は、俺らが仕事しやすい気持ちと環境を整える為の交渉をしてくるだけですよ」
言うが早いか、航生くんは上着のポケットに突っ込んだまんまやったスマホを取り出しメールを打ち始める。
いつから、どんなタイミングでこの企画を『受ける』って決めたんやろう?
最初に聞いた時には間違いなく困ってたはずや。
だってあの会議室での航生くんは、大きい溜め息をついてた。
せやのに、いつこんなきっぱりと『受ける』と言い切るだけの決断をしたんやろう?
そしてどのタイミングから『引き受ける条件』を考える事に気持ちをシフトしたんやろう?
その切り替えの早さとすぐに行動に移そうとする所が、やっぱり似てきてると思う...みっちゃんに。
みっちゃんよりもまだまだ青臭いけど。
まだまだ子供っぽいとこもあるけど。
だからこそ、俺にとってはみっちゃんよりもずっとカッコええ。
「航生くん......」
「ん? 何ですか?」
「今は飯もスープもいらん」
一度穿いたパンツをストンと床に落とす。
飛びかかるような勢いで俺を思いきり押し倒してくるガツガツした航生くんもやっぱり好きやなぁって思うたら、どこもかしこも好き過ぎてさすがにちょっと恥ずかしなった。
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