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フィクションの中のノンフィクション【3】
俺に話した通り、翌日はほんまに航生くん一人で出て行ってもうた。
俺も一緒に行きたいって言うたんやけど、なんか『慎吾さんに聞かれると恥ずかしい話もするから、今日は一人じゃないとダメ』って断固拒否。
いや、それやったらそれで、もうちょっと言い方があったんちゃう?
俺に聞かれたら恥ずかしいとか、そんなん言われたら余計気になるもんやん?
それでも、『相手は木崎さんなんですから、俺らにとって都合の悪い話し合いにはなりませんよ。それに、俺がどれだけ嫌がっても、撮影の時には今日俺がする話はたぶん慎吾さんの耳に入る事になりますから、安心してください』な~んて笑顔向けられたら、俺がいつまでもグダグダ言うてるわけにいかんし。
しゃあないからちゃんと笑顔で航生くんを送り出し、俺は今日こそ晩御飯を作ろうと先に買い物に行く事にした。
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部屋の掃除、頑張った。
お風呂もピッカピカ。
エエ天気やったから布団も干せたし、シーツも洗濯できた。
枕元の、大事な大事なラブグッズの準備も完璧。
コンドーム入れにしてる外国のめっちゃお洒落なタブレットケースの中には、着け損ねた時の事も考えて中身は6個入れてある。
ホットタイプのと普通のんと、ローションのボトルも満タンにしといた。
このローションのボトルを航生くんが手に取る瞬間だけは...ちょっとだけ今でも俺が女の子やったら良かったのにって思う。
俺はその体に触った事すら無いからわかれへんけど、女の子って好きな人とセックスする時って体の中から勝手に潤滑剤が出てくるんやろ?
それが溢れたら溢れただけ、相手の人も気持ちようにしてあげられるんやろ?
せえけど俺は、どれだけ航生くんを欲しいと思うても航生くんを気持ちようにしてあげたいと思うても、このローションが無かったら繋がる事もできへん。
俺の中から染み出す液体があるっていうても、なんも使わんとセックスできるほどの量やない。
そんな時だけは女の子が羨ましいなぁって、ちょっとだけ...ほんまにちょっとだけ思う。
「ま、航生くんは変なスイッチ入ったら生でも平気やし、自分のチンチンにツバ付けただけでも無理矢理突っ込んで来るけどな!」
妙な感傷に浸ってしまいそうな自分が嫌で、ポンッとちょっと乱暴にボトルを元の場所に放り込むと、いっぺん頭を振って立ち上がった。
昨日から俺は少しおかしい。
元から航生くんが好き過ぎて変とは言われてたけど、なんかそれとは違う感じ。
ときめいて不安になって、見とれて怖なって遠慮して...しまいには自己嫌悪に陥る。
ほんまに、正式に『付き合おう』って言うてもらえたあの日までの、すべては自分の片思いやって考えてた頃みたい。
目が合うだけで何回でも恋に落ちて、抱かれるたびに『このまま死ねたら幸せやのに』って思うてた、あの頃の俺そのもの。
俺はこんなに好きで好きで仕方ないけど、航生くんはどうなんかな?
やっぱり、『飽きた』って感じる事もあるんかな?
ビデオの話をオッケーする事にしたんはなんでなんやろ?
もしかして俺らの関係がマンネリ化してるように感じてて、カメラ入れてでも刺激が欲しいんかな?
そんな事考えてたらあかん、ほんまあかん...なんでこない悪い方に考えてまうねん。
マンネリでちょっと飽きてきてる男が、『足りない、まだ足りない』なんて言いながら、メシも食わんと4回もするか?
朝から仕事で女の子抱きまくってんのに、俺に対しては特別やからって、こない激しいセックスするか?
うん、せえへん。
絶対せえへん。
俺やからしたいんやし、飽きたりしてないから何回しても足りへんねん。
......よし、大丈夫。
俺が不安になってグラグラしてたら、航生くんてすぐに気づくから。
すぐに気づいて、自分を責めるから。
せえから俺が航生くんの気持ちに不安なんか持ってたらあかん。
だって今の俺のこんな気持ちは、航生くんが悪いんちゃうし。
俺が航生くんの事好き過ぎるせいなんやし。
好き過ぎて...俺とおんなじくらい航生くんも俺の事好きでいてくれてんのか、自信が無くなってるだけやし。
......って、これがあかんねやん!
ここはちょっと気合いいれよう。
別の事に集中しよう。
俺は台所に向かう。
冷蔵庫を開け、豆腐やら挽き肉やら卵やら、今から使うモンを次々にカウンターに並べた。
航生くんが、『これだけは何回作っても慎吾さんに勝てない』って言うてくれるのが豆腐ハンバーグ。
何が違うんかはわかれへんけど、俺が作ると圧倒的に柔らかくて美味しいんやって褒めてくれるんが嬉しいて、航生くんが作られへん時はいっつもメインディッシュはこれになってた。
豆腐をキッチンペーパーでグルグル巻きにしてレンジに放り込む。
すっかり熱くなった豆腐の水を更に切る為バットを乗せ、冷めるまでの間にサラダの準備にかかった。
航生くんが作ってくれてる味噌漬けの鶏肉を1枚貰うて、それをグリルでゆっくりと焼く。
その間にフリルレタスをちぎり、パプリカとブラックオリーブを刻んだ。
焼き上がったチキンを一口大に切り分け、マヨネーズにピーナツバターとお酢とたっぷりの黒胡椒を混ぜた適当ドレッシングを横に添えてサラダは完了。
残念ながら、俺は勇輝くんほどほんまもんの舌は持ってへんし、みっちゃんや航生くんみたいにこれからプロになろうって人間でもない。
お手軽に、いかにボリューム持たせられるかが俺の料理の肝。
せえから市販のスープも出汁も何でも使うし、そもそもそないすごい材料や出汁はよう使いこなさん。
今度は大きめの寸胴にたっぷりお湯を張ると、そこに韓国の牛骨スープの素を多めに入れた。
大根を薄切りにしてそこに入れると、これだけは珍しく拘って武蔵にわざわざ鶴橋で買うてきてもうた干し鱈を割いて放り込む。
生姜とネギの青いとこも足して蓋をすると、これであとは煮込むだけ。
仕上げに醤油と塩と胡椒で味を整えて胡麻油を一回し入れればスープも完成。
ようやく冷めた豆腐に挽き肉と卵を入れ、繋ぎの代わりに擦りおろしたレンコンをたっぷり入れる。
みじん切りにした白ネギをこれでもかってくらい加え、あとは少しの味噌と白ごまを足してから塩胡椒で下味をつけた。
そこからはもう、ひたすら捏ねる。
捏ねて捏ねて、豆腐の感じが無いなるまで捏ねて、粘りが出てきたらボールにタネを叩きつけて空気を抜くと、また捏ねて捏ねてひたすら捏ねる。
それを『それで火が通んの?』って驚かれるくらいの大きさに丸めてバットに並べたら、ラップをかけて冷蔵庫にイン。
あとは航生くんが帰ってきたら焼くだけ。
なんかいっつも似たようなモンか、そうやなかったら飾り気も彩りも無い煮物とかになってまうのが申し訳ないんやけど、お洒落な料理なんか作られへんから仕方ない。
せっかく韓国風のスープ作ってんねんし、せめてもと人参とほうれん草のナムルを用意しといた。
一息つこうと紅茶を入れてソファに腰を下ろしたところでスマホが震える。
『今話が終わりました。お腹空いてるんですが、ご飯ありますか?』
そんな航生くんからのLINEのメッセージにピースサインのスタンプを送ると、俺は一言だけ言葉を添えた。
『なんか甘いもんが食べたいな』
すぐに同じくピースサインのスタンプが届く。
俺はそんなスタンプにすらドキドキしながら、ゆっくりと紅茶の残りを飲み干した。
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