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フィクションの中のノンフィクション【5】

航生くんの淹れてくれたなんちゃらベリーって豆のコーヒーは、めっちゃ旨かった。 『全然ベリー系の匂いとかせえへん』て言うたら、フレーバーの話やなく、それがコーヒー豆の名前らしい。 普通のコーヒーとは種類自体が違うとかで、栽培してる場所も少ないんやそうや。 元々酸味は強過ぎへん豆らしいんやけど、それを更に深煎りにしてるからか、後味のいつまでも舌に残る酸味はほとんど感じへん。 深煎りのわりに香りも全然落ちてへんそのなんちゃらベリーのコーヒーは、カカオの風味の特に強い今日のチョコにピッタリ合うてた。 「あー、アカン...ほんまに幸せ~。コーヒーもチョコもうま~い」 わりと大きいチョコバーやのに一気にペロリと一本を食べきり、ついつい次のバーへと手を伸ばす。 その俺の手を、向かいから大きい手ぇがそっと押さえた。 なんやねんと思うてチラッと見たら、航生くんは優しいけどちょっとだけ真面目な顔してる。 さっきキッチンで俺を見つめてた目を思い出して、少しドキッてした。 「チョコは...また後にしましょうか?」 「あと一本だけ......」 「わかりました。じゃあね、話が終わってエッチしてから食べましょう」 「......そんなん、俺寝てまうかもわかれへんやん」 「じゃあ、寝てる間にちゃんと洗い物も終わらせときますね」 「ちゃうやん、洗い物とかどうでもエエねんてばぁ。俺は今チョコ食べたいの!」 「今度のビデオの話です」 あ、そうやった。 美味いチョコ食べててすっかり忘れてた。 おかしいなぁ...その後のエッチの話はちゃんと覚えててんけどなぁ...... 「まず今回の二人でのプライベート風ビデオについて、了承してきました。それはオッケーですよね?」 「あ、ああ...うん、俺は...かめへんよ...航生くんさえエエんやったら。それに木崎さんが撮りたいって言うてるモンは、やっぱり撮らせてあげたいし」 「それはね、俺も同じです。木崎さんが俺達に話を直接持ってくるって事は、それだけあの人が本気の熱意で作ろうとしてるって事ですからね。俺にゲイビに出ないかって言ってきた時も...そうでした」 航生くんにはなんも話してないけど、俺に『東京に来い』って言うてくれた時もそうやったな...何がなんでも瑠威を相手役にしたるから、エエからとにかく自分の言う通りにせえって結構な勢いやった。 そのお陰で俺は東京に来れたし勇輝くんにも会えたし、何よりほんまに航生くんを口説き落として相手役にしてくれたし...... 木崎さんの仕事への情熱とあのお節介さが無かったら今頃俺はここにおれへんし、何より航生くんと暮らす事もできへんかった。 俺が絶対に恩を忘れたらアカン人の一人や。 「なので、木崎さんの満足のいくナチュラルなプライベート風ビデオを撮る為にも、俺からいくつかお願いをして全部聞いてもらう事になりました」 「そこやん、俺が気になってんの。条件出すとか言うてたやん? その条件ていうんは、ビデオをよりナチュラルにする為には絶対に必要な事なん?」 俺の質問に黙って頷く航生くんを見ながら、もうあんまり残ってないコーヒーを口に含む。 結構冷めてもうてんのに嫌な酸味も出てなくて、やっぱりなんちゃらベリーのコーヒーは美味しかった。 「慎吾さんは、最初俺はこの話を断ると思ってたでしょ?」 「うん、まあ...できへんやろうなぁと思ったっていう方が正解やけど」 「実は俺も思いました。俺がなんとかこうして男優を名乗れるだけの仕事ができてるのは、カメラの前でだけは他人になれてるからだと思うんです。素の俺はやっぱり恥ずかしがり屋なとこもありますし、上手く喋れない事も多い。何より、そんな面白みのない俺のセックスを撮影されるなんて、きっと無様だろうなぁって」 航生くんはビデオの中よりも、俺と一緒の時の方がよう喋るし面白いしイヤらしいんやで...そんな風に思うけど、今は敢えてそれは言えへん。 俺がどう思うてるかより、航生くんが何を考えてたか聞く方が大切やから。 「一応はね、引き受ける前提で『プライベートなんて撮影しても面白くないですよ』って話もちゃんとしたんです。でも木崎さんに『面白い、面白くないじゃなくて、二人の中にある本物の熱を感じたい』って言われちゃって。そしたら俺に断る理由も無いですから、じゃあせめて俺が少しでも自然体でいられる環境を作って欲しいとお願いしました」 「自然体でいられる環境って、どういう意味?」 「みんなの前で裸になって、『さあ今からいつものセックスをして見せてください』って言われても、そんな状況だと結局『男優』の仮面を被らないと俺はセックスできないと思うんです。だけど男優としてのセックスは、今回求められてる物とは違うでしょ? だから、できるだけ俺が男優だって事を意識しなくてもいい環境で撮影して欲しいってお願いしたんです」 「あ、えっと...航生くんの言うてる事はわかるつもりやねんけど...ごめん、その環境うんぬんの意味がようわかれへん」 「そうですね...」 航生くんが一回大きく息を吸って、それをゆっくり静かに吐き出していく。 これは、物凄い緊張してる時の航生くんの癖や。 何事かとちょっと背筋が伸びる。 「まず先に謝っておきます。これはもう決定事項なので、変更はききません」 「謝らなあかんような話なんやったら、謝らんでええから後でたっぷり可愛がって...ご機嫌取るつもりで。ま、それは冗談やけど、航生くんが決めてきた話に反対なんかするつもりあれへんし」 「ご機嫌なんか取らなくても、後で『もう結構』って言うくらい可愛がってあげますよ。まずビデオの撮影は...来週の水曜日から木曜日にかけてです」 「それはまた...えらい急やな」 「まあ、諸々の事情がありまして。その辺の事情は撮影当日にはわかりますよ。で、ビデオの内容は二人のデートなんですけど...これは、普段からあんまりデートらしいデートをしないと話したら、いつも通り買い物に行ってる姿を撮る事になりました。それから、インタビューとガッツリ絡みが1シーンで、全部で1時間45分の予定だそうです」 こういうんは、わりとゲイビの世界ではようある内容や。 二人でドライブデートして、人目を忍んで手ぇだけ絡めたり触れるだけのキスしてみたり。 そっから気持ちが盛り上がったって設定で、ホテルとか自宅セットのベッドの上で本格的に縺れ合う。 散々掘って掘られての濃厚な絡みを見せた後で、ちょっとだけほんまもんのオフショット映像をおまけに付けて出来上がり。 まあそれで2時間ちょいのビデオが多かったと思うから、インタビュー込みで1時間45分やったらチョロいんちゃう? リバをわざわざ見せる必要も無いんやから、攻守固定で一回だけのセックスやったら、まあそんなもんなんやろう。 「撮影場所は...この部屋です」 「......はい?」 「だから、撮影はこの部屋の中で行います」 「え? いやいやいや、そんなんセットちゃうの?」 「それがたぶん俺には無理だから。セットに入っちゃったら、男優になると思ったんです」 「そんなんっ! そんなん...撮影隊がこの部屋に入るんなんか無理に決まってるやん」 「撮影隊は入りません。うちに来るのは、カメラマン兼監督兼インタビュアーの一人だけです」 「いやいや、無理やってぇ。一人だけがうちに来てカメラ回してるとか、そんなん逆に俺の方が絶対緊張してまうやん」 「ですから、俺達がごく自然に緊張しないでいられて、おまけに現場の事もよくわかってる人をカメラマンに指名しました。その人のスケジュールの関係で、来週しか時間取れなくて。あとは...俺としてはどうしても譲れない部分があったんで、そこも理解してもらえる人じゃないと困るなぁって......」 「それ、誰?」 「今は内緒です...俺の譲れない部分をこっそり聞き出されたりしたら恥ずかしいし。でも、俺も慎吾さんもすごくリラックスして自然体でいられる人ですよ」 航生くんが指名したってカメラマン、なんとなくわかってきたぞ...... そりゃあ確かに忙しい人やし、無理言うて撮影スケジュール捩じ込めるんがあそこしか無いっていうんも納得できる。 せえけど、別に航生くんが聞かれたない事まで聞けへんねんから、誰なんかくらいはちゃんと教えてくれえもええと思うんやけどな...... 「本当に全部勝手に決めてきてすいません...怒ってますか?」 「怒ってるって言うたら?」 「一生懸命ご機嫌取って、トロトロに蕩けさせてあげます」 「怒ってへんて言うたら?」 「最高に幸せな気分でトロトロに蕩けさせます」 ゴール、一緒やん! でもまあゴールが一緒なら、大切なんは行程やもんな。 俺は航生くんの方に左手を差し出す。 「怒ってへんよ。な~んも怒ってへん」 すぐさまその手を取ると航生くんはようやっとリラックスしたような笑みを浮かべ、俺の膝の裏へと腕を通した。

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