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フィクションの中のノンフィクション【6】
いよいよ問題の水曜日。
お昼過ぎにカメラマン兼監督だっていう人が来て、ド頭からその人の手持ちハンディカムのみ、1カメでの撮影って事になるらしい。
まずは二人で買い物デートする様子を撮影し、インタビューを受けながら晩御飯の支度。
カメラマンさんも一緒に晩御飯食べたら、風呂に入ってるシーンも撮りたいって事やから二人でバスタイム。
そこからは少しだけ晩酌して寝室に向かうっていう、いつもの俺ら通りの流れでいくらしい。
そんなとこまで指定されたんか!?と思ってんけど、これは航生くんの希望やねんて。
『さあ、始めましょう!』ってなったら絶対緊張するから、ちょっと酒飲んで自然と気分が盛り上がってきた所で普段のままに俺の手を引きたいって。
で、寝室に移動したらいつものエッチ。
ここでも固定カメラは使わんと、ハンディ一つで撮影する予定らしい。
良くも悪くも一発勝負。
もし撮れてへんかったら撮り直し?って聞いたら、その時は撮影自体を延期してもらうって言うてた。
そのまま同じテンションでもう一回はできへんから。
これも木崎さんは了承してくれてるらしい。
せえけど、カメラマンさんもごっつい緊張するやろうなぁ...それでなくてもスケジュールはその『カメラマン』さんに合わせて大急ぎで設定したってのに。
別日に改めてなんて話だけでも結構なプレッシャーやろう。
おまけに買い物もインタビューも、どれもこれも行き当たりばったり。
そもそも、打ち合わせもなんもしてへんし。
まあそこはそれでも撮り直しがきくし、編集で上手い事誤魔化せるとしても、問題は一番大事なエッチシーンやん。
航生くんがその気になんのを根気ように待ってなあかんし、なったらなったでセッティングも何もなく、ただひたすら黙って俺らにカメラ向けてなあかん。
勿論プライベート風なんやし、手持ちカメラ一つでの撮影やから画質やらポジショニングが今一つになんのは『臨場感』『現実味』ってやつで大目に見てもらえるやろうけど、何より木崎さんが求めてるのは素のままの俺らの熱。
お互いを求める感情の昂りとか、快感を追いかけてどんどん大きなっていく二人の息遣いや声。
そこら辺がちゃんと入れへんかったら、今日の撮影は間違いなく失敗になる。
......あ、そうか。
あの人やったら、前に勇輝くんとみっちゃんのエッチ撮ってたっけ。
本番は無かったみたいやけど、確かあの時もカメラは手持ちだけ。
カット割りも何も無い、ひたすら長回しのビデオやったのに、それはそれは初々しくエロい内容になってた。
あんなん撮れる人なんやし、まあ心配なんかいらんねやろうな。
あのビデオに負けへんくらい、エロうてかっこええビデオになるはず...だって、航生くんやもん。
今回の話に俺が最初から案外乗り気やったんは、何も木崎さんの為だけってわけやない。
俺自身に撮ってもらいたいって気持ちがあった...俺を抱いてる航生くんを。
知り合った頃からほんまに男前でかっこええとは思うてたけど、このところの航生くんは男らしい色気が増してきてますますその男前っぷりに磨きがかかった。
『みっちゃんの代わり』ってポジションに嵌め込まれたプレッシャーも大きかったはずやのに、ビデオへの出演を重ねる度にどんどん色っぽなって、どんどん大人になって、毎日一緒にいてる俺は毎日ドキドキさせられる。
それと同時に、ほんまはもう俺なんていらんのちゃうんか?とか、やっぱり女の子抱いてる時の方が気持ちええんちゃうの?って不安にもなってた。
実際、航生くんに本気で言い寄ってる女優さんがおるって話は聞いてるし、テレビにゲストで出た時には結構有名なアイドルの女の子が札束ちらつかせてまでお持ち帰りしようとしたって噂もまことしやかに流れてる。
そんな話が耳に入るたび、俺はこっそり航生くんの出てるAVを観るようになってた。
勿論女の子には興味無いから、女優さんが目的ちゃう。
セックスしてる所もどうでもええ。
俺はただ、航生くんの顔が見たかった。
みんながセクシーや、男前やって夢中になってるその航生くんの表情。
確かにかっこええ、それは間違いない。
せえけど俺は...俺だけはもっと色っぽい航生くんを知ってる。
俺の全部を晒け出せと追い詰めるその空気。
食らい尽くすと言わんばかりの激しいキス。
愛しくて堪らないと俺に教えるように細められるあの目。
俺を感じさせて、俺の体に感じて歪む口許と深くなる眉間の皺。
みんな、こんな航生くんは知らんやろ?
俺だけが知ってるんやろ?
航生くんの出演作を見ながら内心ほくそ笑む...なんて、航生くんが知ったらドン引きしそうな行為が、いつの間にか俺にとっての精神安定剤みたいになってきてた。
自分でも情けないってのはわかってるけど。
でも今回、俺とプライベートエッチのビデオ撮影ってなったら、当然あのとっておきの表情が映像になって世に出るって事や。
あの、俺だけが引き出せる顔をみんなに見せつけられる。
どんなスタイルのええモデルさんでも、どんだけテクニックがある女優さんでもさせられへん顔を、俺と寝る時にだけ見せるんやってみんなに見せつけられるんや。
航生くんは俺だけのモン...それを航生くんを狙ってる女どもに高らかに宣言できる気がして、バカバカしいくらいの独占欲に心が震えた。
木崎さんの為やって思い込んでる航生くんの事は騙してるみたいで申し訳ないけど、俺は今回の撮影が嬉しいてしゃあない。
「慎吾さん、何考えてるんですか?」
案外長い事ボーッとしてたらしい。
ソファの背凭れ越しに航生くんの長い腕が回ってきてハッて我に返る。
テーブルに置かれた紅茶のカップからは、もう湯気も出てへんかった。
「ああ...ごめん...やっぱりちょっと緊張してるんかな。なんかようわからんけどボケーッとしてもうた」
「緊張...ねぇ......」
なんや一瞬見透かすみたいな目ぇで見られて胸がツキンとしたんを隠すようにヘラ~って笑う。
誤魔化す言葉を続けようとした所で、ありがたい事に『ピンポーン』てインターフォンが鳴った。
すぐに航生くんがモニターを確認してロックを解除する。
冷めた紅茶のカップをシンクに持っていく航生くんの代わりに、俺が玄関へと向かった。
玄関のブザーが鳴る。
チェーンを外してシリンダーを回すと、大きくドアを開いた。
「いらっしゃい、中村さ......ん!?」
「はぁ~い。ご指名いただきまして、本日は監督として参上いたしました~。うふっ、今日はよろしくね」
俺の目の前に立ってたのは、中村は中村でも...嫁さんの方。
......アリちゃんやった。
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