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フィクションの中のノンフィクション【10】

「さ~て、じゃあこれから晩御飯のお買い物?」 「せやで」 「今日作ってくれるのはどっち? 二人とも結構料理するよね?」 「あー、どうやろうなぁ...なんやかんや航生くんのが作る事多いかも。まあ航生くんの方が上手いしね」 「違いますよ。俺がなんでもかんでもつい先にやっちゃうから、慎吾さんが作る機会が減っちゃうだけで。アリさんは慎吾さんの料理食べた事ないでしょ?」 「あ、無い無い。航生くんのはちょこちょの食べさせてもらってるけど。でもまあ、殆どお酒のツマミだよね」 「慎吾さんの料理はねぇ、すごく温かい味ですよ。『これぞ家庭料理!』って感じです。冷蔵庫に残ってる物でチャチャチャッと作ったり、出来合いのおかずをリメイクしたり」 「そんなええモンちゃうて。俺の料理なんて、レシピも料理名も謎なもんばっかりやもん。勇輝くんに料理教わってるアリちゃんに食べさせてあげられるようなモン、よう作られへんで。航生くんの料理こそ、カフェでパッて出てくるような感じやん。メッチャお洒落でメッチャ旨いんやで。ツマミだけちゃうよ~」 「う~ん...じゃあねぇ、今日は慎吾くんにご飯と汁物、メインを航生くんに作ってもらうのってどう? そしたらさ、お買い物も二人で相談しながらになるし、部屋に帰ってから二人ともキッチンに立ってる姿撮影できるもん」 「えーっ!? 分担制!? そんなん、やった事無いんちゃう?」 「......初めてですね。大抵手が空いてる方が一気に作っちゃうし」 「やっだー、そうなの? じゃあ記念すべき初めての共同作業ってことね」 『共同作業』なんて言われると、さすがにちょっと恥ずかしい。 つい俯きながらチラチラと航生くんを窺い見たら、平気そうな顔はしてんのに少しだけ顔を赤くして目は妙にキョドってた。 なんやあんまり昔とは変わってない顔をこうして見られると、ホッとする所がある。 どんどん一人でカッコ良うなって、どんどん大人になっていく航生くんはほんまに素敵やなぁってうっとりすんねんけど、でも俺が好きになったまんまのこういう航生くんでおって欲しいとも思ってたり...... 俺の希望やら理想やらひたすら押し付けてるのは申し訳ないってわかってても、やっぱり俺だけ置いてけぼりみたいなんは寂しい。 せえからこんな風に照れたり焦ってる航生くんを見られるのは...嬉しい。 何より、『共同作業』を嫌がってるわけじゃないんが一番嬉しい。 「オッケー! そしたらメインディッシュとご飯がちぐはぐにならんように、ばっちり打ち合わせしながら買い物せな!」 久々に俺が航生くんの腕を引く。 最近は俺が航生くんに先を歩いてもらうばっかりやった。 今日くらいは...こんな日くらいは...出会った頃みたいに少しだけ先輩ぶってもええやんな? 「アリちゃん、嫌いなモンとかある?」 「えっとね...処理が下手くそなモツ!」 「いやいや、嫌いな食べ物にモツとか言われても......」 「別にモツは嫌いじゃないわよぉ。ちゃんと丁寧に下処理されてるモツがたっぷりの鍋とか最高!」 「処理下手なモツとかあんの? ていうか...要は特別嫌いな食べ物は無いって事でオッケー?」 「うん、そーゆーことー。なんでもパクパク食べちゃうぞ~」 「はいはい、りょうか~い」 航生くんにカゴを任せて、俺からギュッて手を握る。 航生くんもその手をしっかり握り返してくれた。 「さあ、何作ろうかなぁ......」 「あ、今日はキノコが全般的に安いみたいですよ。キノコ使いますか?」 「そうやなぁ...そしたら、炊き込みご飯と味噌汁をキノコでいこうか。先にそれ決めといた方がメインも決めやすいやろ?」 「あ、キノコご飯、嬉しいなぁ...あ、できたら汁物にはナメコ入れて欲しいんですけど...ほら、株のナメコもありますし」 「うむ、よろしい。じゃあ今日は特製ナメコ汁にしましょう!」 「やったぁ。俺ね、慎吾さんの作ってくれるナメコ汁大好き!」 適当なキノコや葉物をカゴに放り込む俺のシャツの裾がツンツンと引っ張られる。 後ろに目を遣ると、カメラを構えたアリちゃんの顔がちょっと赤く見えた。 「何? どしたん?」 「あのさ、二人ってもう付き合って2年くらいだよね?」 「え、何よ、今更。俺らが付き合う事になった瞬間に立ちおうたくせに......」 「いやいや、だってぇ...二人で買い物する時って、いつもこうなの?」 「こうって?」 「『ねえねえ、アレ食べた~い』『んもう...いいよ、仕方ないなぁ』『やったー! アレ大好き!』みたいなやりとりよ。いつもなの?」 「......なんでそれをわざわざ聞き返されんのかわかれへん。なぁ、航生くん?」 「ですよねぇ。お互いに食べたい物があればお願いして、それを作ってくれるって言われたら喜ぶ...当たり前じゃないんですか?」 「そ、そうか...そうよね、そりゃあ食べたい物作ってくれたら嬉しいよね。いやでもね、スーパーで買い物しながら航生くんレベルの男前が『やったー! ナメコ汁だ!』とか無邪気に喜んでると...なんか破壊力がすごいんだけど」 「いや、慎吾さんが『この新発売のプリン食べたい...』って上目遣いでおねだりする時の方がはるかに破壊力はすごいです! なんならこの場で押し倒して即犯してやろうかって思うレベルの破壊力ですから!」 「ちょ、ちょっと航生くん興奮しないで、お願いだから。てか、航生くん...慎吾くんがいかに可愛いかって話になると人格変わってるし。まさかあの真面目な航生くんが『押し倒して犯す』なんて...あ、とりあえず撮れ高っていうか、アタシがお腹いっぱいだから、ちょっとカメラ止めるわ」 アリちゃんはこめかみを押さえながらカメラを下ろしてもうた。 なんや『想像以上のバカップル』やら『まさかのみっちゃん超え』とかブツブツ言うてるような気がするけど、別な気にする事やあれへんな、今更。 そもそもやなぁ、俺らの撮影する為に『ハメ撮り練習してきたの、ルンルン』...とか言うてたアリちゃんにバカップル呼ばわりされたないし。 少し呆れ顔のアリちゃんを今度は置いてけぼりにしながら、俺は航生くんのカゴに向かってマグロの冊やら鮭の切り身やらを適当に放り込んだ。

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