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フィクションの中のノンフィクション【13】

「あの日ね、俺が慎吾さんの事ほんとに大好きだって、すぐにみっちゃんと中村さんにはバレてたみたいなんです。でも俺からしたらね、どうしても慎吾さんのそばにいたいからこそ、自分の気持ちは隠さないといけないって思い込んじゃってて」 「ああ、そうだそうだ。んで、自分の気持ちでいっぱいいっぱいになってた航生くんは気付いてなかったけど、みんな慎吾くんも航生くんの事がすごい好きだってわかってて、それで二人の背中押したんだった」 「本音聞き出す為にしても、あの時勇輝さんがすっごい悪い顔でガンガンに追い詰めて、結局慎吾さんの事泣かせたじゃないですか。あれ、みっちゃんと中村さんに止められなかったら、俺勇輝さんの事刺してたかもしれない。ほんと『憎い』って思えるくらい腹が立ってました」 「航生くん、怖っ。でも確かにさ、あの時の勇輝くんの迫力こそ怖かったかも。演技派の面目躍如って感じ? 見事なヒールっぷりだったもん。まあ、あそこまで追い詰めないと本音言えないくらい、慎吾くんも必死だったんだよね...嫌われたくない、自分は汚れてるから相応しくないって」 「今はほんとに感謝してますよ? もう刺したいとか思ってないです」 「今も思ってたら怖いわ! いやでも、タイミングとしたらほんとあの時しか無かったんじゃないの、慎吾くんに告白するの。だって、航生くんの事を思い続けてるの辛いからって大阪に帰るつもりだったんでしょ?」 「そうみたいですね。後で聞いたんですけど、クイーンズ・ガーデンの担当さんにも『今後は東京での仕事は入れないで欲しい。できればこのまま引退したい』って話してたらしいです」 「......あ、やっぱり本気だったんだ? 時間かかったけどさ、ちゃんと引き留められて良かったじゃない。お互い出会った瞬間に一目惚れなんて、これは運命......」 「いや、そこ...たぶん違います」 「ん? そこって...どこ?」 「お互い出会った瞬間に一目惚れ...ってとこが...」 「......えーーーっ!? いやちょっと航生くん、それって爆弾発言だってわかって言ってる。あ、だってだって、これ見てる人みんな『一目惚れでの運命の出会い、キュン』とか信じてるはずなのよ? え、何? あれは噂で、やっぱり結局はどっちかが最初のうちセフレだと思ってたって事? んで絆されちゃっただけって話? うわ、それちょっとショックなんですけど~」 「い、いえ、そうじゃないです...それはほんとに。慎吾さんも俺に一目惚れだったのが間違いないなら...俺ら一目惚れ同士です。ただ、『出会った瞬間』じゃないっていうか...あの、引きませんか?」 「そんなもん、内容による」 「うわ、なんですか、そのみっちゃんそっくりな返しは」 「だって、最初から『うん、引かないから安心して』なんて言えないもの。だからとにかく、何でもいいから言ってみ?」 「はぁぁぁ...アリさん、ちょっと怖い......」 「慎吾くん傷つける奴はとりあえず刺す...とか考える人に怖がられる筋合い無いし~」 「あのですねぇ...これ、慎吾さんにも言ってないんですけど...俺が慎吾さんに一目惚れしてたの、顔合わせの時よりももっと前からだったんです」 「ん? どーゆー事? 実はこっそり知り合いだったの?」 「いえ、そうじゃなくて...あの...実は俺がゲイビモデル始めた頃、あまりにも撮影というか男性とのセックスが辛くてね、なんとか楽になる方法が見つからないかと思って色んなゲイビ見て勉強しようとしたんです」 「あの内容に勉強する意味なんて無いと思うけどね。あれ普通のAVでやったら、女優帰っちゃうレベルよ? 辛くない方がおかしいっての」 「まあ、離れちゃった今ならあの状況がおかしかったんだってわかるんですけど、あの頃はビデオに出るしか生きていく道が無いって気持ちになってたから。たぶん、撮影のたびに脅されて殴られて、わざわざ吐いてるシーンとか撮られてるうちに、感覚が麻痺してきちゃってたんですね。でもとにかく体が辛くて、そもそも俺は勉強する金を稼ぐ為にビデオに出てたはずなのに、その勉強する体力も無くなって...それで、せめて体力だけでも温存できる方法探したくて何本か買ったビデオの中に...大阪時代の慎吾さんのビデオがあったんです」 「ああ、JUNKSのやつ? あんなの、航生くんの置かれてた立場と真逆で、それこそ勉強になんかなんなかったでしょ?」 「俺ね、元々あんまり性欲って無くて、自分でオナニーする事もほとんど無かったんです。まあどうしても溜まったら特にオカズとか無しに機械的に扱いてただ出す...みたいなね。ビデオに出るようになってからは余計で、撮影で無理矢理射精させられてるからマスかくとか全然無くて。ところが、JUNKSのビデオにタチもネコもバリバリこなして、イヤらしくて可愛くて激しくて儚げなモデルがいたんですよ。それなりに鍛えてあるのに絞られ過ぎてない体も、汗が滲む真っ白な肌も、ほんととんでもなくイヤらしくて...なんだか胸が苦しくなっちゃって......」 「あ、それってもしかして...?」 「はい、それが慎吾さんでした。俺ね、ネコとして泣きそうな顔で腰を振りまくってる慎吾さんを頭の中で攻め立てながら...狂ったように自分のアソコ扱きまくってたんです。初めて誰かを抱いてる事考えながらオナニーしました...慎吾さんを抱きたい、抱きたいって考えながら。結局ね、男をオカズにしちゃった自分が情けなかったのと、苦しいばっかりの自分との違いが惨めになって、そのDVDは2度と見られなかったんですけど」 「......もしかして航生くん言ってるのって?」 「はい。そのビデオで見た慎吾さんの虜でした。DVDは見てなかったですけど、記憶の中の慎吾さんを何度抱いて、慎吾さんに何度抱かれたかわかりません。だからね、俺の一目惚れは顔合わせよりもずっとずっと前で、もしかすると...初恋だったのかもしれません。あ、子供の頃の淡い恋心とかは無しにしてくださいね」 「......そう...だったんだ...一人のファンとして考えると思い入れが強すぎてちょっと気持ち悪いけど、でも...今の二人見てたらさ、それも運命だったんだなぁって思うわ。それに、慎吾くんも......」 「慎吾さん?」 「あー、これは...まあ、ビデオが出来上がってから確認して」 「え、いやちょっと、そこすごい気になるから」 アリさんに言葉の真意を更に問い質そうとした時...... 「は~い、お待たせ~。俺の方の準備完了やで~」 キッチンから大きく響いた慎吾さんの声。 『ナイスタイミ~ング』なんてニヤッとするアリさんに思わず舌打ちをすると、慎吾さんと交代する為に俺は寝室を一人で出た。

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