97 / 128
フィクションの中のノンフィクション【14】
慎吾視点
「お待たせ~」
「ううん、ぜーんぜん。いつもだと航生くんてまーくんと喋ってる事のが多くてさ、二人きりであんなに話せたの初めてだから楽しかったぁ。前からちゃんとわかってたんだけど、航生くん...ほんとにイイ男だよね。真面目で優しくて、一生懸命でちゃんとエッチ」
「ちゃんとエッチって何ぃ? エッチにちゃんとしてるとかちゃんとしてへんとかあんのん?」
「そうじゃなくてさ、真面目=ストイックで性欲抑える事!みたいに考えてる人っているじゃない? アタシはそうは思わないのね。真面目ってのは、真剣に一途にパートナーと向き合って、表も裏も綺麗なとこも欲深いとこも全部晒け出した上で他の人には目を向けず、パートナーの為に自分を高める努力を怠らない人なんじゃないのかなぁって。パートナーに対してだけは際限なくエッチになれるって、何より誠実で真面目だと思わない? そう考えたらさ、あんな仕事してても色や欲に染まる事もなく、ただひたすら慎吾くんにだけ愛情と欲情を真っ直ぐに向ける航生くんて、最高に真面目でちゃんと慎吾くんに対してエッチでしょ? ほらぁ、すっごくイイ男」
「......アリちゃん、なんかめっちゃ恥ずかしい...」
「なんでよぉ。ほんとの事でしょ? さっきのインタビューでもすごかったんだから。あんなに恥ずかしがり屋のくせに、慎吾くんへの自分の気持ちを話す時だけは物凄い怒濤の勢いで捲し立てるんだもん」
「航生くん、何言うてたん?」
「それはぁ、このビデオの完成品が出来上がってからの、お・た・の・し・み!」
「えーっ!? なんかそういうの、ほんま気になってしゃあないんやけど。あ、そう言うたらさ、アリちゃん、カメラのセッティングは? インタビュー撮るんやろ?」
「ん? カメラ回す前にね、ちょっと慎吾くんに教えてあげとかないといけない事あるから」
「教える事?」
「そ。さっき話したのに、もう忘れたのぉ? デートの撮影が終わったら教えてあげるって言ったでしょ」
「......あっ、そうか。アリちゃんが今日のカメラマン兼監督の理由...?」
「それそれ。最初にも言ったけどね、木崎さんもアタシも、カメラマンにはまーくんを指名するもんだと思ってたのよ」
「あのさ、それってあれちゃうん...中村さんよりもアリちゃんの方が、俺らがリラックスして本音で話せるからとか」
「うん、アタシも確かにそれ考えたの。だからね、『インタビューだけアタシが行って、他はまーくんが撮影でいいんじゃないの?』って。いくらアタシが練習したって言ったって、そりゃあまーくんが撮ってる方が絶対綺麗だもん」
「そらそうやんなぁ。AV自体は撮った事無いって言うてもみっちゃんと勇輝くんの絡みは前に撮ってるんやし、最近はブランドとかアーティストさんのPVとかMVなんかも作ってんねやろ? 作品の質で考えたら、中村さんが撮る方が絶対上やん」
「ところがね、航生くんは『それじゃダメなんです。俺らの絡みもアリさんが撮ってくれないなら、今回はお断りします』って」
「航生くん...なんでそないアリちゃん一人での撮影に拘らなあかんかってんやろ......」
「まあ、一つはね、やっぱり気持ちの問題なんだって。まーくんといるよりもアタシといる方が慎吾くんも航生くんもリラックスできるから、こういうインタビュー以外のオフショットシーンのやり取りも表情がすごく自然になるはずだって。できる限り慎吾くんのナチュラルな笑顔を引き出してあげたいんだってさ」
「そら確かに...さっきの買い物してる時とか、俺中村さんが撮ってたらあそこまで航生くんにベッタリは...ようせんかったかも」
「でしょ? それでも、やっぱりアタシが一人で撮影しないといけない理由にはならない。だってさ、このインタビューが終わって、いざ絡み撮るって所でまーくんと交代したっていいわけだし。でも航生くんからするとね、絡みこそアタシに撮ってもらわないと嫌だったの」
「絡みをアリちゃんに撮ってもらわないと...?」
「アタシが絡みの撮影してもいいって事になってね、航生くんからその絡みの撮影について追加注文がきたのよ。注文ていうか...お願い?」
「お願いなん?」
「そうね...たぶんアタシにしか言えない切実なお願い。まず一つは、目一杯感じだしたら、あまり慎吾くんは映さないで欲しいって事。普段ビデオで見せてるよりも遥かに可愛くて遥かにイヤらしい、いつもとは違う慎吾くんの姿は他の人に見せたくないんですって。あの大切な表情は自分だけの物だってさ。まーくんの前でしか本当の顔を見せられなかったアタシならきっとわかるはず...そう言われたわ」
「航生くんだけに見せてる...顔? 航生くん、そんな事言うたんや......」
「そう。確かにね、別に意識してたわけじゃないんだけど、やっぱり仕事のセックスとプライベートのセックスって全然違うみたい。でも、そりゃそうよね...頑張って感じようとして、頑張ってカメラの向こうの不特定多数を興奮させようとしてる時と、大好きな人に抱かれてるせいで勝手にどんどん体も心も昂ってる時じゃ、表情も感じ方も変わって当然。航生くんの言ってる事、すごく理解できた。それにね、撮影であっても慎吾くんのそんな特別な顔を男の人には見せたくないんだってさ。それが例えまーくんでも嫌なんだって。ほら、慎吾くんの恋愛対象は男性だから、男性はみんなライバルらしいわよ」
「航生くんがわざわざアリちゃんにカメラマン頼んだ理由って...それなんや......」
「馬鹿馬鹿しいって笑う?」
「笑...われへんよ...そんなん。航生くん、そんな恥ずかしい事お願いしたんや...俺に対しての...そんな独占欲から...恥ずかしかったやろうにな......」
「恥ずかしかったと思うわよ~。でもね、言い淀んだりしないでキッパリ言い切ったもん、『あの顔は俺だけが見ていい物なんです』って。んもうね、あんまり馬鹿で一生懸命で男前過ぎて背中ゾクゾクしちゃった」
「そんなに俺撮られんのん嫌やったら...断ったら良かったのに......」
「それが二つ目のお願いだったの。『慎吾さん、時々寂しそうで申し訳なさげな顔するんです。やっぱり結局は女性がいいんじゃないかとか、俺だけどんどんカッコよくなってるとかブツブツ言ってる事あって。俺がカッコよく見えるなら、それは慎吾さんに恥じない男になりたいって気持ちからなのに』って言ってたわよ。まだそんな事考えちゃう事あるの?」
「無い...とは言われへん。だってね、航生くんほんまにカッコええやん。すっごい有名なアイドルの女の子とか女優さんとかからも最近はお誘いあるらしいねん...航生くんは俺にそんなんバレんようにしてるつもりなんやろうけど、やっぱり噂として耳にはガンガン入ってくるし」
「でも、そんな誘いなんてキッパリ断ってるわけでしょ? なら気にしなくていいじゃない」
「いつか断られへんようになるかもしれん...仕事の幅広げる為には断ったらあかん時が来るかもしれん......」
「航生くんは、仕事の幅広げる事なんて望んでないでしょ! なるほどね...慎吾くんがそんな風に思っちゃってる事、航生くんちゃんとわかってるんだわ。『俺も仕事の時と慎吾さんとするセックスでは絶対に雰囲気も顔も変わります。だから、俺のそのいつもと違う姿の方はしっかりカメラに映してください。慎吾さんとのセックスに溺れてる顔はこんなんだ、慎吾さんとだからこんなに全身で興奮してるんだって姿を全部収めて欲しいんです。普段との違いを慎吾さんにしっかり見てもらいたい...安心させてあげたい』ってさ。それに、航生くんの慎吾くんへの表情見たら、これまでちょっかいかけてきてた女の子も諦めてくれるんじゃないかって言ってたわよ」
「航生くん...俺の為? 俺を安心させる為に、この撮影オッケーしたん...?」
「そうよ。航生くんの気持ちは、いつだって全部慎吾くんの為にだけ動いてるの。だからね...もうそろそろ、自分に自信持たなきゃ」
「自信...?」
「あの男前に、全身全霊で愛されてるんだって自信。あの男前をそれくらい虜にしてるんだって自信。自信があればね、もっと航生くんを信じてあげられるわよ。信じてあげなさい...何があっても航生くんは慎吾くんから離れたりしない。だから、慎吾くんが揺らいじゃダメ...あなたたちは、一緒にいるべくして出会ったんだからね」
強い目で...優しい目で俺を見るアリちゃん。
チラリと足元に置いたカメラに目を遣り、そこに手を伸ばしながらパチンとウインクをする。
俺は溢れそうな所でギリギリ踏ん張った涙をしっかり押さえ、アリちゃんにニコリと笑って見せた。
ともだちにシェアしよう!