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フィクションの中のノンフィクション【16】
「あっ、あのさぁ......」
「ん? 何?」
「さっきからの一連の話を聞いててね、ちょっと疑問に思った事があるんですけど~」
「さっきからの話って...夜の大運動会の事?」
「そうそう。あのさぁ、慎吾くんが航生くんとのセックスとか、航生くんへの思いとかってのを話してる時って、『抱かれる』事を前提にしてるみたいに聞こえるのね。でもさ、前に聞いた時って、確か『抱いてる時の感覚も堪らないから、3回に1回くらいの割合で抱かせてもらってる』とか言ってなかった? アタシ、ずっと慎吾くん達ってリバップルだと思ってたんだけど」
「......1年くらい前までは...うん、そうやったかな。せえけどね...今は全然やで。今の俺は、完全にネコです」
「やっぱりそうだったんだ...うん、なんか最近さぁ、慎吾くんから『抱いてる』って空気を全然感じなくなったんだよね。別に女っぽくなったとかナヨナヨしてるってわけじゃないんだけど、オス特有のギラギラした感じが薄くなったっていうのかなぁ。でもね、慎吾くんて元々、どちらかと言うとタチの方が好きだったわけでしょ? 気持ちの中で何が変わったんだろう?」
「そうやなぁ...別にこれって具体的なきっかけとか理由があったわけちゃうんやで。せえけどまあ、極端に言うと...いつかはこうなんのって最初のセックスから決まってたんかも」
「最初って、映画の顔合わせの後でそのまま慎吾くんがお持ち帰りしちゃったって、あの時?」
「お持ち帰りって、人聞き悪いなぁ。でもまあ、そのまま強引に連れ込んでもうたんやから、当たってるって言うたら当たってるか」
「ごめんごめん。でもさ、その夜のセックスだけで結局は今に至るってどういう意味?」
「なんていうんかなぁ...その夜ってね、航生くんは男との久々のセックスやったわけやし、元々そういう経験自体が少なかったから、そらもう上手とは到底言えんような拙さやったんよ。せえけど、とにかく一生懸命で熱うて...ほんで俺の事をめっちゃよう見てくれててん。どこが感じる、何をどうして欲しい...俺がそれを言葉にせんでも、全部を肌で理解してくれた。あんなに気持ちようて幸せで、満たされたセックスなんてしたこと無かったな......」
「なるほどね...抱かれる事に、快感以外の『幸せ』を見つけちゃったんだ? うん、なんかそれってすごいわかるかも。アタシもね、昔は気持ちいい、楽しいのがセックスだと思ってた。でも、幸せになれるセックスがあるんだって知ったらさ、なんか...気持ちいいだけのセックスってできなくなってきちゃったもんね」
「せやろ? たださ、まだ最初のうちはやっぱり『抱きたい』って気持ちもあってん。航生くんも俺のセックスにめっちゃ感じてくれてたし、実際逆の時も体の相性は悪なかったと思うねんな。男らしい航生くんが俺の下で体くねらせてるってのは、それはそれで堪らんくらい興奮したし」
「アタシが最初に話聞いたのってその頃だよね? お互いがお互いの体に満足してたんなら、たまにリバっとくって関係でも問題なくない? 抱かれれば幸せだし、抱ければ興奮するわけでしょ?」
「せえからね、最初のうちはそう思うててんて。挿して挿されての俺らの関係ってサイコー!とか。でも、どう言うたらええんかな...航生くんの思いの深さには俺では敵えへんて思うたっていうんかなぁ......」
「あー...よくわかんない...かも」
「航生くんてね、セックスの最中以外でもほんまに俺の事めっちゃ見てくれてんねん。俺の事めっちゃ考えてくれてんねん。朝起こした時にちょっと咳してたから晩御飯は体がヌクヌクになるように生姜の鍋作るとか、自分も仕事でしんどいのに俺の撮影終わるタイミングで迎えに来るとか。あとね...顔色とか口調とか、メール返信のタイミングとか、ほんまにそんな些細な事だけで俺がその日は航生くんを抱きたがってるなんてのもわかったりもすんねんで」
「そうなの? 人の事よく見てて気の利く子だとは思ってたけど...航生くん、やるじゃない。てかね、ほんと愛されてるね......」
「そうやねん...俺、めっちゃ愛されてんねん。俺のわがままを、全部嬉しそうに受け止めてくれんねん...いっつも。とにかく俺を笑顔にしよう、幸せにしようってそればっかり考えてくれてる航生くん見てたらね...俺では全然敵えへんて思った。俺が航生くんを大切にしたいって気持ちよりね、航生くんが俺を大切にしたいって気持ちの方が遥かに強いもん。それに気ぃついたら...なんか航生くんを抱きたいって気持ちが段々無くなってもうてた」
「それは、気持ちが負けたから抱かれる立場に収まったって事?」
「違う違う、そんなんちゃうよぉ。気持ちようしたるより、気持ちようしてもらいたなった。幸せにするより、幸せにしてもらいたなった。何よりね、俺の欲をぶつけるより...航生くんのぶつけてくれる欲を全力で受け止めたいって思うようになってん」
「まあね...航生くんの幸せは、慎吾くんが幸せでいる事だし、きっと一番嬉しいのって自分の思いを全部受け止めてもらう事だもんね」
「んふっ、なんかそんなん言うてまうと、航生くんてみっちゃんそのまんまやね」
「ああ、そう言えばみっちゃんもそんな事言ってたか」
「俺ね、航生くんがいてくれるからめっちゃ幸せ。その俺の幸せが航生くんの幸せになってたら...こんな幸せな事ないよね」
「......ずーっと航生くんを幸せにしてあげたかったんだもんね」
「うん?」
「航生くんを幸せにしてあげたかったんでしょ? ボロボロだった航生くんを、ずっと助けてあげたかったんだよね? 一目惚れどころか...慎吾くんにとって、航生くんが初恋の人だったんじゃないの?」
アリちゃんは...何を言ってるの?
何が聞きたいの?
穏やかなまま表情を変えないアリちゃんを見ながら、じっとりと浮かんでくる汗を隠すように手のひらを強く握りしめた。
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