100 / 128

フィクションの中のノンフィクション【17】

「アリちゃん、急になによぉ。わけわからん事言われてビックリしてもうたやん」 「本当にわけわかんない? デビューしてすぐの頃から、ずっと航生くんの事を思い続けてたんじゃないの?」 「え? そら、航生くんはライバル会社のトップやったんやし、名前と顔くらいは知ってたけど......」 「んふっ、慎吾くん、嘘下手だなぁ...あ、下手なわけが無いか。ずーっと一人で抱え込んで、誰にも気づかせなかったんだから」 「......ちょっ、アリちゃん、ええ加減にして! ほんま...ビデオ止めてもらわなあかんようになるから」 「さあ、ではここで慎吾くんに木崎さんからの伝言です。あ、見てくれてる人に説明すると、木崎さんというのはレーベルの立ち上げからずっと中心で動いてた、クイーンズ・ガーデンの偉いさんです。んで、慎吾くんを東京に呼び寄せた人で、ビー・ハイヴではAVしかやってなかった航生くんをゲイビに出演させた立役者...で合ってるよね?」 「まあ...ね」 「で、その木崎さんから、今回のビデオを撮るにあたって伝言を預かってきたの」 「伝言て...なんやねん、それ。そんなん別に電話してきたらええやん......」 「きっとそれじゃ意味が無かったから、このタイミングでのアタシに託したんじゃない? 直接話しても、慎吾くんが抱え続けた物を吐き出す事はしないだろうと思ったんでしょ。航生くんからの慎吾くんへの深い思いと、慎吾くんの航生くんへの揺るがない気持ちを聞いた今こそね、この伝言を伝えなきゃと思ったの」 「ほんまやめてって...これ以上ビデオ撮られんの嫌や......」 「『武蔵くんはじめ、JUNKSのみんなに慎吾くんの上京の本当の理由を話しました。元々は、武蔵くんが大原さんを問い質した事がきっかけです。なのでもう、一人で嘘を抱え込む必要はありません。本当の事を航生くんにも伝えて、ますます幸せになって』ですってよ。アタシも簡単には聞いてる。勿論、今の事務所の社長にもとっくに説明してたらしいわよ。つまりね、本当の事を何一つ知らないのは、航生くんに勇輝くんにみっちゃん...慎吾くんが大切で大切で仕方ない人ばっかり。だからさ、本当の事ちゃんと話しましょ? 大切な人にいつまでも隠し事してるの、辛いでしょ? ううん...最初の夜だって、一目惚れで連れ込んだなんて軽い話じゃなかったんだもの...ちゃんと航生くんに最初から話せてたら、お互いに片思いのまんまで苦しいセックスなんてしなくて済んでたのにね。だから航生くんに全部話して、もっともっと幸せにしてもらわなくちゃ。航生くんが思ってるよりも慎吾くんはずっと一生懸命だったんだって......」 「そんな...なんで武蔵が......」 「武蔵くんは、慎吾くんが東京に行くって話をする前から何となく勘づいてたみたいよ。でも彼は慎吾くんの事が好きだったし、自分こそがベストパートナーだって自負があったから、気付いてないフリしてたんだって。何より、一番の稼ぎ頭だった慎吾くんが抜けた事で若いモデルの子が動揺してるのに、本当の事を大原さんに質問して余計に不安を広げるような事はできなかったらしい。でもほら、アムールとクイーンズ・ガーデンは業務提携してるから会社間の移動なんて話題も出しやすくなったし、JUNKS以外にも人気のユニットができた事でアムールもすっかり売り上げが慎吾くんがいた頃に追い付いたから、改めて本当の事を聞きたくなったんですって。まあ、何か武蔵くんの気持ちに大きな変化があって、好きな人に一番大切な気持ちを隠しておかないといけないってのがどれほど辛いか...そんな事がわかるようになったのかもね」 「......武蔵...だけ...気付いてたんは...武蔵だけ?」 「うん、本当に上手に、本当に必死で隠してきたのね。気付いてたのは武蔵くんだけだったらしいわ。でもね、こないだ大原さんがJUNKS全員集めて簡単に説明したんですって。詳細知りたかったらこのビデオ買え!って話したみたいだって木崎さんが言ってた」 「それ、いつよぉ...俺、こないだの日曜日に武蔵とヒカリと3Pの撮影したってば......」 「航生くんが撮影オッケーした次の日には話したって事だから...もうその時には知ってたはずね」 「アイツ、俺に何も言えへんかった...そんな素振り、いっこも見せへんかった......」 「そう...じゃあ武蔵くんも自分の大切な人の為に、一生懸命に嘘ついたのね。慎吾くんが自分の口から話すまではって、慎吾くんの嘘に乗っかったままのフリしてくれてたんだわ」 「俺の為...?」 「そりゃあそうでしょ。武蔵くんはわざわざ昔の思い人の嘘を暴く必要なんて無かったんだし、大原さんは最後まで知らぬ存ぜぬを通せば良かった。木崎さんだって、大原さんから受けたそんな報告をわざわざ慎吾くんに伝える必要なんて無かったわよね。でもみんなが言わずにいられなかった、動かずにいられなかったのは...真っ直ぐで一生懸命に航生くんを好きでいる慎吾くんに、これ以上嘘をつかせたくなかったのよ、きっと。これからも二人の出会いや関係についてはいろんな場所で聞かれると思う、この仕事してる限りね。そのたびに笑顔で嘘のきっかけを話す慎吾くんを、みんなもう見たくなかったんじゃないかな。ほんとの話をして、今まで以上に幸せそうな慎吾くんを見せて欲しいのよ」 「どうしよう...でも、でも...ほんまの事なんか言うたら...航生くん、俺の事気持ち悪いと思えへんかな? 俺の気持ち止まれへんようになって、今までよりもっと好きになって、今までよりもっとイチャイチャしたなってまうかもしれん...そんなん、うんざりせえへんかな?」 「航生くんがうんざりなんてしない事だけは保証する。それどころかきっと、『俺らってやっぱり運命だ!』ってますます慎吾くんにメロメロになっちゃうと思うわよ」 「......ほんまは...ほんまは辛かってん...苦しかってん...顔合わせで一目惚れしたって言うの、辛かった...俺の気持ちは一目惚れなんて簡単な言葉で言われへん!て」 とうとう堪えきれずポロリと落ちてくる涙。 俺はシャツの袖でそれをチョンチョンと押さえると、真っ直ぐカメラを見ながらニッコリ笑う。 キッチンからは、フワリと微かに味噌の焦げる香ばしい香りが漂ってきた。

ともだちにシェアしよう!