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フィクションの中のノンフィクション【18】

「最初に航生くんの事知ったのはいつだったの?」 「今からやと、もう5年近く前になんのかなぁ...勿論俺がアムールにおった時。自慢てわけやないけどね、アムールって日本で一番ゲイビデオ売ってる会社って言われてて、俺はその所属モデルの中でずっと売り上げトップやってん」 「あそこでトップって事はまあ、実質日本で一番売れてるゲイビモデルって事になるわけね?」 「うん、まあそういう事。アムールってね、DVDの売り上げは勿論、動画を提供してるプラットホーム型のサイトからの売り上げ、アムール自体が運営してる有料ストリーミングサイトの売り上げ、全部がとにかく桁外れに多かってん。全部が日本一の会社やった...まあ、所詮はアンダーグラウンドなんやけどさ。ところがね、ある日その圧倒的やったはずの売り上げに異変が起きた」 「......それが航生くんのデビュー?」 「ま、そういう事になるかな。航生くんのおった会社って、とにかくスカウトしてくるモデルの質は抜群に高いんで有名やってんけど、その半面、ビデオの内容がおもんない上にモデルの教育もろくにせえへんって、あんまり評判のええ事ない万年B級扱いの会社やってん。自分とこで『ノンケ美形揃い』が売りのデリヘルも経営してたから、どっちかっていうとそっちのがメインでビデオは片手間って感じやったんちゃうかな。プロモーションも下手くそでね、それまでスマッシュヒットはたまに出てたけど、大ヒットは一本も出てへんようなとこやった」 「航生くんが所属してた会社って、そんなとこだったんだ!? でもさ、その程度の会社なら、JUNKSからしてみたら別に痛くも痒くもなかったんじゃないの? 眼中にも無いでしょ」 「たぶんそのままの体制やったら、俺は一生航生くんを知らんまんまで、今も大阪に残ってたやろうね。なんぼ航生くんが男前でも、内容に大して特徴は無いわプロモーションせえへんわやったら、どんだけモデルが良かってもビデオは売れへんもん。せえから航生くんは何本かクソみたいなビデオ出て、そのままデリヘルに回される事になってたんちゃうかな。実際俺も航生くんがデビューしてんのなんか知らんかったし」 「ところがある日突然、ビデオを売るための何らかの手段を講じてきた?」 「大原さんてアムールの社長と一緒に会社作って、抜群の営業力と企画力の高さでアムールを売上1位にした立役者の一人って言われてた人が、グループ会社のレーベルごとその東京の会社とくっついてん」 「......は? いやいや、グループ会社なんでしょ? そんなの簡単にできる事?」 「普通はできへんと思うよ。資本とか役員の関係とか、重複してたりお互いが保証人になってたりやなんかで、そりゃあほんまやったら一から話し合いせなあかん事やと思う。せいぜいモデルとスタッフの一部引っこ抜いて、その会社に拾うてもらうんが精一杯やろ。ただ、シールズってグループはちょっと事情があって、グループ内の各会社は独立営業やってん。役員は勿論、社員の一人も重なって所属してる人間はいてなかった。当然、代表取締役も顧問弁護士も全部違う...完全に独立した会社同士が、業務提携って形で協力してるだけやってん。当然それは、あくまでも書類上の話であって、グループ会社の実質的な経営者は大原さんやってんけどね。ただその『書類の上だけでは完全な別会社』ってのを、逆手に取られたらしいねんなぁ。一方的に違約金を払った上でアムールとの提携を解除して、ほんで東京のGって会社と合併してん」 「その営業力と企画力を持ってるって人が、航生くんとこの会社に移っちゃったわけだ......」 「そう。んでそいつらは、それまでただの男前で売ってた航生くんに目を付けた。全然ラブラブにも見えへんようなラブラブビデオとか、下手くそなゴーグルマンとただ絡んでオナニー見せてた航生くんをね...いきなりハードな陵辱物に使うてん」 「それまで温い内容だった航生くんが、よくそんなのオッケーしたね」 「ああ、アリちゃんは見てへんねんな...ま、あんなん見るモンちゃうけど。パッケージにも『これぞリアル陵辱』とか『最強イケメンが、苦痛と屈辱に顔を歪める』とか書いてたんやけど、あの撮影はほぼガチやったと思う。ボコボコに殴られて首絞められてションベン漏らして...身体中痣と傷だらけやったよ。当然オッケーなんてしてへんかったと俺は思うてる...たぶん全部事後報告で無理矢理納得させて、業界の事知らん航生くんの無知に付け込んで金と契約で黙らせたんちゃうかって」 「そのビデオ仕掛けたのが、元々は大阪にいた人だったの?」 「うん。大阪時代からSっ気の強い人でゲイを公言しててね、そのビデオには本人が嬉々として出演してたよ。で、超ハードコア路線を打ち出したその人は、宣伝にも本格的に動くようになった。DVDの売り上げってなると、固定客がガッツリ付いてるアムールにはどうやっても敵えへんからね、一見の客を拾いやすいネット配信に特に力入れてん。興味持った人が有料ストリーミングしてくれるように、動画のプラットホームサイトに無料のダイジェスト動画をガンガン配布して」 「それくらいで変わるものなの?」 「そら変わるよぉ。今までは会社のHPでの通販か、ゲイビ置いてるアダルトショップで現物買うしかなかってんもん。興味はあってもDVD買うまでの勇気無い隠れゲイの人とかさ、こっそりゲイビ見るのが趣味の女の子とかさ、そんな人には通販とかアダルトショップなんてハードル高いやろ? せえから、スマホとかパソコンで見られるネット動画利用する人って多いねんで、案外。今はAVもそうちゃうのん?」 「あー、まあ確かに。無料の違法サイトも増えてるから、ちゃんとしたDVDの売り上げって伸びなくなってるのよね...女の子の知名度のわりに」 「やろ? でね、その無料で流されたダイジェスト動画での航生くんのあまりの綺麗さと内容のハードさが話題になって、爆発的に有料動画がダウンロードされる事になってん」 「爆発的って...どれくらい?」 「......俺の動画のダウンロード回数連続1位が...抜かれるくらい...かな。確か路線変更して2作目やって言うてたと思うんやけど...俺の新作も出たばっかりやったのに、その航生くんの動画があっさり抜いてったん」 「まったくのゼロ...三流のモデルがいきなりの1位...か。それは会社にもずいぶん緊張が走ったでしょうね」 「配信の売り上げ速報が出た次の日には、緊急召集かかったよ。そこで俺は初めて、航生くんの名前と顔を知った......」 「第一印象ってどうだった? あ、いやいや...第一印象も何も無いか、そんなひどいビデオに出てる航生くん見たところで。あれ...? じゃあ、どのタイミングで航生くんに興味を......」 「最初は声やってん。顔もなんも映ってないビデオの冒頭でね、騙されて現場に呼び出された航生くんの挨拶する声が小さく入ってた。なんかもう...その声があんまりにも俺の理想過ぎてさぁ...体がゾクゾクしてもうて。せえからね、ほんまのほんまを言うと、一目惚れやなしに一声惚れっていう方が正しいねんな。ちょっとだけ低めの、通りのええ艶のある声。あの声聞いた瞬間からたぶん...俺は航生くんに惹かれてたんやと思う」 すべてを話してしまえるというのは、こない気持ちの落ち着く事やったんか。 嘘をつくっていうんは、あんなに苦しい事やったんやな。 俺は二度と思い出したくないはずのあのビデオの映像を頭に浮かべながら、それでも当時の気持ちを口に出せる事の喜びに思わず顔を綻ばせていた。

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