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フィクションの中のノンフィクション【19】

「チラッと聞こえた声にドキッてして、ハッキリ聞こえた声にますますドキドキしながらそのビデオ見始めてん。その頃の航生くんて、今よりはだいぶ細いけど、そんでもやっぱり筋肉質のエエ体してたし、なんせ顔はあの通りやん? せえからね、内心は『ああ、なるほど。こんな男前やったら俺が抜かれるんもわからんでもないなぁ』て思うとこもあってん」 「声の次は、やっぱりあの外見にズキュン?」 「あー...いや、パッと見た時はそうでもなかった。アリちゃんは武蔵の名前は知ってんねやんな? 見た事ある?」 「フフン、何を隠そう、アタシ実は新生JUNKSのファンクラブの会員で~す。慎吾くんがいたってので興味出ちゃってね、昔のも最近のも片っ端からDVD買ったんだぁ。そしたらさぁ、慎吾くんの代わりに入ったヒカリくんの可愛らしさにメロメロよぉ。ヒカリくんと絡んでる時の武蔵くんとか、イケメンぷりが3割増だもんね~」 「あははっ、昔は俺がそう言われててん。でね、武蔵っていわゆる正統派の男前やん? パッと見た時の航生くんは、『ちょっとだけ武蔵と似てるなぁ』って印象やった」 「ああ...そう言われてみたら...今までそんな風に思って見た事無かったから全然考えてなかったけど、浅黒い肌に精悍な顔とか、細くてもバリバリ筋肉質なとことか...うん、確かにおんなじ系統のイケメンかも」 「やろ? せえけどさ、ほら、AVデビューの時の航生くんを知ってるアリちゃんやったらわかると思うけど、とにかく色気が足りへんわけよ。全身から拒絶のオーラみたいなんがビンビン出てて、欠片も色気も艶気も無いん。その点武蔵の方は男も女も骨抜きにしてまうような、独特の危なっかしいフェロモンがプンプンやん?」 「昔の武蔵くんは確かにそんな感じ。チャラいとはまた違うんだけど、とにかく遊び慣れてるって空気は纏ってたね」 「せえからね、『顔売りやったら、一本だけ爆発的に当たったとしても、まあ怖るるに足らず』って気持ちがあったんは事実。見た目がどんだけ良かっても、おんなじようなモデルやったら遥かに武蔵のが上やって思ったからね。ところがやん、さっきも言うたけど、そのビデオは顔売りなんて代物やなかった。ほんまにひどかったよ...格闘技やってた威が、途中で『死んでまう!』って叫んだくらいやったもん。殴られて血ヘド吐いてる航生くんに唾吐きかけたり、ケツ切れてんのに無理矢理極太のディルド突っ込んでそのまま腹どついたり...俺ね、ビデオ出る前のちょっとの期間、大阪でデリヘル勤めてた事あんねんね。その店が暴力大歓迎みたいな最悪のとこやってさぁ、そこで働いてる時に俺も縛られて殴られて蹴られて無理矢理突っ込まれて...ってしてたん。ほんまに死んでまうと思うたから辞めてんけどね。そんな経験があったから、なんかもう、とにかく航生くんが可哀想で可哀想で......」 「それは...恋?」 「ううん、その時はまだ同情。あとは過去の自分の姿を投影してただけかなぁ......」 「でも、アタシが聞いたのは、慎吾くんはたぶんその時から航生くんが好きだったんじゃないかって話だったんだけど」 「散々痛め付けられてね...散々屈辱的な言葉叩き付けられてね...もう見てる俺らの方が精神ボロボロやってん。なんでみんな、こんなビデオ見たいんやろう、こんなんの何に興奮すんねやろうって悔しなってきたくらい。ところがさ...一番苦しいて一番悔しいはずの男は...航生くんだけは負けてなかってん」 「負けてなかった? どういう意味?」 「体はボロボロやねんで? もう自分で自由に動かれへんくらいやねんで? それやのにさ...あのめっちゃきつい目ぇをギラギラさせたまんまでゴーグルマンとかカメラとか、睨みつけんねん。航生くんの目ぇはね、最初から最後まで死ねへんかった。失神して、すぐに無理矢理意識戻されて、許しを乞えって脅されても一切そんな事言えへんの。とにかくね、『殺してやる!』みたいな目ぇ向けてて...その目にやられてん。みんなは、あれだけやられて気持ちが折れへんなんて、これはヤラセやろうって言い出してた。せえけど俺は、あれだけの事されたらどんだけ傷ができるんか、どんだけ痛いんか知ってるやん...ヤラセなんかで済めへんくらいの撮影やってわかってた。その中で『絶対に負けへん』『お前らなんかに壊されへん』て怒りと、ものすごい強い意思を持ってる目に釘付けになってん。俺はね、『いつか生きて勇輝くんに会いたい』って夢の為に暴力から逃げてんけど、その時の航生くんから『生きる為には絶対にここから逃げへん。夢の為には絶対に負けへん』て喧嘩でも売るような気迫を感じた。なんかね、カメラを睨み付けてる目が俺の事を睨んでるみたいに思えてきて...声に感じたドキドキよりももっと直接的な熱がグワーッて高まっていってさ...あの目を見た瞬間、もう俺は負けてたんやろうね。ただ、どんな責め苦にも屈する事の無いあの目は最大の武器であると同時に、諸刃の剣でもあった。泣かせてやろう、屈服させようってどんどん内容がエスカレートするんはわかっててん。せえからね、思わず社長に『うちに引き抜く事はできへんか?』って聞いてもうてたよ。一刻も早く航生くんを助けてあげたかった...あの目が屈辱に染まる前に...どうにかしてあげたかった」 「......見事な一目惚れね」 「せやろ? ライバル会社のトップモデルに対して、ビデオ見て本気で惚れてまうとか...あり得へんやろ? そんなもん、ドン引きやんか。アムールのモデルの士気にも関わる話やしね。せえから俺は、こんな気持ちはただの同情、惚れたわけやないって自分に言い聞かせた。そのうち消えていく思いやって気持ちに蓋した。俺はほんまの恋ってもんを知らんかったからさ...ちょっと驚いたよ。恋ってね、蓋してもうたら中で膨れ上がんねんね...いつか蓋が閉まれへんようになるくらい、勝手にドンドン膨れていくねん」 忘れようと、一時の気の迷いだと思い込もうとしながら、こっそり『瑠威』名義のDVDを買う事は止められへんかった。 新しい作品が発売になるたびに『瑠威』の目が死んで無い事にホッとし、同時にあの声を聞いた瞬間ゾクゾクと背中を走る快感。 おぞましいと思いながらも興奮が抑えられへんかったあの時期の気持ちを上手い事伝えられるんか...俺は自分の喋りの下手さにちょっとため息が出た。

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