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フィクションの中のノンフィクション【21】
「元々木崎さんは、クイーンズ・レーベルのモデル候補にスカウトしてきた子が自分らの求めるレベルの絡みができへん事に悩んで、大原さんにモデル育成のノウハウを教わりに来てたらしいねんな。で、なんやったらアムールで育てたモデルの中から自分とこのビデオに出てもええって子おれへんかも相談してたらしい。ところがそこで大原さんは...俺の移籍を提案してん」
「えっ、移籍って慎吾くんが言い出した話じゃなかったの!?」
「ああ、そこは聞いてなかった? 俺から自発的に移籍を口にした事はないよ。俺が東京から大阪に戻った理由を大原さんは知ってたから、そのまま大阪におるよりは東京の会社に移った方が目的に近づけるんちゃうかって考えてくれたみたい」
「えっと...この段階の目的っていうのは...まだ航生くんじゃないんだよね?」
「ちゃうちゃう、俺の当時の目的は勇輝くんを探す事。東京から大阪に逃げてる可能性もあるんちゃうかって聞いて追っかけてきてんけどさ、結局は勇輝くんの影も形もなかったから完全に手詰まりやってん。せえけどね...探してた勇輝くんは見つかれへんかったけど、別のモンは見つけてた。俺はちゃんと自分の力で新しい居場所を作ったわけやん? 仲間がおって、信頼できる上司がおって、使いきらんくらいの金ももうててさ...その自分の力で一生懸命掴んだもんを、いてるかどうかもわかれへん勇輝くんの為に捨てるって決断、その時はようせえへんかってんなぁ...移籍はきっぱり断ってん。それからちょっと経った頃やった...ほんまに偶然のタイミングやったんやけどね...丁度大阪に来てた木崎さんに飲みに誘われた時、勇輝くんの載ってる雑誌のグラビア見つけてん。確か女性誌かなんやったと思うんやけど......」
「それはAV男優として載ってたの?」
「たぶんそうやったと思う。あはっ、航生くんの事やったらめっちゃ細かい事まで覚えてんねんけどなぁ...その辺あんまり覚えてへんねん、ごめん。ただ、みっちゃんと二人で写ってて、ほんで誰やったっけな...あ、そうや。その写真見た時は美容室におって、俺のスタイリングやってくれてた男の子が『この二人、プライベートでもお付き合いしてんねんて』って教えてくれたんや。ほんでね、木崎さんに会うた時に勇輝くんを知ってるか聞いたら『知ってる』って言われてん。ビー・ハイヴのビデオにも出てもうてるって」
「あ、そうだね。そう言えば専属になる前からクイーン・ビーレーベルの作品出てたわ。アタシも一本一緒にやったし。あ、そうか...ゲイビモデルならともかく、慎吾くんがAV見る事なんて無いから、勇輝くんがどれだけ男優として有名になってても知らなかったんだ......」
「そうやねん...お恥ずかしい。でね、勇輝くんが見つかったって嬉しかった反面、なんかちょっと寂しなってんなぁ...俺は勇輝くんが忘れられへんかってずっと追いかけてたのに、勇輝くんは俺の事なんか忘れて恋人作ってたっていうんが。あ、寂しいっていうんとはちょっと違うかも...羨ましかったんかなぁ...みっちゃんと並んでる写真がめっちゃ幸せそうで、そういう相手が見つかった勇輝くんが...うん、やっぱり羨ましかったんやと思う」
「でもさ、一応公式では『AV男優をやってた勇輝くんに会いたくて東京に戻った』って事になってるよね? その慎吾くんの言い方だと、パートナーを見つけた勇輝くんにはあんまり会いたくなかったみたいに聞こえるんだけど」
「会いたなかったって事は無い、それはほんまに。せえけど、どうしても会わなあかんてほどの気持ちも無くなってたよ。勇輝くんに会う為だけに、自分で必死に根っこ張った大阪を捨てるなんて考えもしてなかった。せえけどね...実は俺の知らんところで、大原さんと木崎さん、色んな話進めててん」
「知らないところ? 二人だけで?」
「そう。木崎さんが本格的に航生くんをGから引っ張ってこれるように移籍交渉するから、俺は名前捨てて東京に行けって。航生くんに会えるようにしてもらうから、とにかく木崎さんのそばにおれって大原さんに言われてん」
「そうか...あっちの社長さんも最初から気付いてたんだもんね......」
「そう。俺の事が大事やし感謝してるからこそ、今度は俺が幸せにならなあかんて言うてくれた。せえけどさ、やっぱり仲間捨ててまでって気持ちはあるわけやん? 何より航生くんに会う為に東京に行くやなんてなったらさ...おまけにそれを大原さんと木崎さんがお膳立てしてたとかみんなが知ってもうたらさ...みんなにとって兄貴で親父みたいに慕われてる大原さんの信頼が揺らいでまうやん?」
「......なるほどね。だから慎吾くんが東京に来た理由は、あくまでも『大好きな勇輝くんに会う為』でないといけなかったんだ? 仲間たちも慎吾くんがその『昔から探してた大切な人』の存在は知ってるから、その理由であれば納得してくれる...?」
「そういう事。せえからその全くの偶然で俺が勇輝くんの行方を知って、大原さんも木崎さんも『動くなら今しか無い』って一気に行動に移してん。で俺は、東京行きの理由は死ぬまで隠し通すつもりで仲間から離れた」
「航生くんに会いたくて、航生くんを助けてあげたくて一人で東京に来たのにね...思い続けた航生くんとやっと会えたのに、その『やっと』を伝える事もできなかったんだもんね...アタシ、この間その話聞いて泣けてきちゃったもん。慎吾くん、ほんと辛かったと思う」
「そうやね...『ずっと心配してた』『ずっと会いたかった』『ずっと好きやった』って...はじめましての時に言えてたら、もうちょっと堂々としてられたんかな...セフレなんて言葉が出る事もなく、最初から大好きな人との甘いセックスに溺れられたんかな...って考えた事はね、やっぱり何回もあるよ。せえけど、結局はこれで良かったんやと思うてんねん」
「辛かったけど?」
「そう。勇輝くんにもみっちゃんにもアリちゃんにも中村さんにも迷惑かけたし、背中も押してもうてようやっと今みたいな形になれたけどさ......」
「セフレでいるのが辛くて、大阪帰ろうとしてたくらいだもんね」
「だってぇ...相手がほんまに好きやのに、相手からはセフレとしか思われてないんちゃうかとか、自分はとんでもなく貞操観念が低いって思われてそうやなんてなったら、そらしんどいもん。そこはアリちゃんもわかってるやろ?」
「わかってるわかってる。たぶん誰よりもアタシがそこの辛さとか葛藤はよくわかってると思う。相手への誠意が伝わってるのか、それどころか自分の言葉を信用してくれてるのかすら自信無くなってきちゃうんだよね~」
「うん。せえから『どうせ俺、汚れてるし』って言い方してもうて、よう航生くんから怒られたもん。始まりがあんなんやったのに、航生くんは俺の全部を受け止めてくれて...俺は片思いしてた時よりもずっとずっと航生くんの事が好きで......」
「あら、じゃあこんな告白はしない方が良かった?」
「それとこれは別。あのね、航生くんて俺に隠し事って全然してへんと思うねん。それやのに、俺の方は嘘もついてるし隠し事もしてるし...っていうんは、やっぱり辛かったもん。絶対に言うたらあかんと思うてるから、どっか気持ちの中でブレーキかけてたとこもあるし」
「隠し事してたのは慎吾くんだけじゃないけどね~。てか、あれでブレーキかけてたつもり!?」
「うん、つもりつもり」
「うっわ、ストッパー外れた慎吾くんとか、怖っ。もうイチャイチャが激しすぎて、存在自体にモザイクかかっちゃうんじゃないの?」
「イチャイチャは激しなれへんよぉ。ただ、離れたないって気持ちが強なるだけ~。ん?......隠し事は俺だけやないって?」
「はいはい、その辺は完成したビデオを見る!」
「またそれ?」
「今見せるわけにいかな~い。たぶん、普通の顔してナチュラルにセックスとか絶対できないから」
「いや、その寸止めですでにナチュラルとか無理ですけど~」
「よく言うわよぉ。ほんとは昔から抱えてた思いをずーっと思い出して、今航生くんと早くチュッチュしたくなってるくせにぃ」
「......それはなってるけどさ...っていうか、俺はいつでも航生くんとはチュッチュしたいねんけどさ」
「たまにはアタシともチュッチュしようね。あ、キッチンからめっちゃイイ匂いしてきてるんだけど」
「うん、もう出来る頃かな。ボチボチ行く?」
「行く行く~。お腹すっごい空いてきちゃったぁ」
「よっしゃ、そしたら久しぶりにシェイカー振るで~」
「イェーイ、楽しみ楽しみ。あ、そうだ......」
「ん? 何?」
「慎吾くん、今幸せ?」
「めっちゃ幸せ! 航生くんとおんなじ時間過ごせる今が、ほんまに...ほんまに幸せ!」
いつも心の奥底で澱んでいた物を全部吐き出せた。
もうほんまのほんまに...俺には嘘も隠し事もあれへん。
あるのは『航生くんが大好き』、その気持ちだけ。
胸の中がポカポカする、キュンキュンする。
優しくて強くてカッコ良くて、ほんで時々子どもっぽなったり独占欲丸出しにしたり...俺に向けられる航生くんの顔全部が好き。
好きで好きで、泣きたくなるくらい好き。
俺は胸をそっと押さえて溢れそうな気持ちをちょっとだけ落ち着けると、カメラを下ろしたアリちゃんと笑い合いながら寝室のドアを開けた。
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