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フィクションの中のノンフィクション【22】

「うーん、エエ香り~」 まだまな板に向かって作業を続けてる背中に後ろから貼りつく。 ピタリと合わさった場所からは、微かに笑ってるらしい振動が伝わってきた。 「イイ匂いなのは料理ですか? それとも俺?」 「うんとねぇ...どっちも!」 チラリと後ろを向き、優しい目を俺に向ける航生くんに胸がキュンキュン痛なる。 ちょっとだけ背伸びしてみたら、航生くんはすぐにちょっとだけ膝を折ってくれた。 そのままチュッて一瞬唇を合わせる。 なんも言わんかっても俺がこうしたいってすぐに気づいてくれる航生くん。 背中丸めたら俺がくっつきにくいやろうって膝を曲げてくれる航生くん。 ああ、もう...なんでこない優しいかなぁ...... チュッチュッて何回も唇の表面だけ合わせてたら、なんか段々と物足りんようになってくる。 それは航生くんもおんなじみたいで、持ってた包丁を置いてしっかり俺の方に体を向けてくれた。 ほらな...こんなタイミングも俺ら一緒やで。 チューしたなるんも、ギュッてしたなるんも、腹減んのんもエッチしたなんのんも、俺らいっつも一緒やな。 俺のが好きになったんはちょっとだけ先やけど、こうやって二人でおれたらええなぁって思うたんはおんなじ時やったもんな。 何やっても航生くんとしたい事のタイミングが一緒って...ほんますごい。 「今手が汚れてるから、ギュウできないんですけど」 「かめへん。その分俺がギュッてするし」 あー、ほんま欲しい...今すぐ欲しい...航生くんが欲しい。 そんな思いのままに首に腕を回し、少しだけ踵を上げた。 俺から顔を近付け、航生くんの顔も引き寄せ、そして深く唇を合わせる。 そのままベロを思いきり挿し入れて...ってとこでベチンてお尻を叩かれた。 慌てて顔を離し、チラッとそっちを恨めしげに睨み付ける。 「あのね、アタシは別にここでファンサービスしろなんて言ってないのよ」 「してへんで」 「ナチュラルな、いつも通りの雰囲気の二人が撮りたいの」 「最高にナチュラルやんか」 「......二人って、いつもこうなの? ご飯の準備しながらでも盛っちゃうの?」 「い、いや、盛っちゃうって......」 「そうやで! チューしたいなぁと思うたらすぐするし、もっとしたいなぁと思うたらご飯は後回し! したいもんはしゃあない!」 「それでよくもまあ、『気持ちにブレーキかけてた』なんて言えるよね。とにかく! 普段は順序なんてのはすっ飛ばしてるかもしれないけど、今日はダメ! そこから先はまた後! 今はとにかくご飯ご飯」 「えー、そんなんナチュラルちゃうやん」 「いいの、そこは嘘も方便だから。フィクションよ、フィクション。とにかく今はちょっと離れて!」 ブスーッと膨れっ面を見せる様子に、アリちゃんがそこそこ本気でイラついてるんやなぁってわかった。 航生くんと顔を見合わせて首を竦める。 「そしたら俺、ご飯とスープ仕上げるわ」 「俺ももうできますよ」 これ以上機嫌を損ねては後が面倒だと、俺らは大人しくご飯の支度を続行した。 ********** カメラをセッティングして待ってるアリちゃんの目の前には大皿小皿、野菜スティックの刺さったグラスなどなどが次々と並ぶ。 ハンバーグとかチキンカツなんかの時は別やけど、基本うちではおかずは大皿にドンと盛る事が多い。 今日も航生くんが用意してくれたメインディッシュが二つ、テーブルの真ん中にドーンと置かれた。 そのメインディッシュにアリちゃんのカメラがゆっくりと寄っていく。 「すっごいイイ香り...このグラタン皿は? ラザニア?」 「あ、いえ。それは山芋のチーズ焼きです。薄切りにした山芋とツナ入りのホワイトソースを交互に並べて、上にモッツァレラとレッドチェダーを乗せて焼いてるんです。あ、ホワイトソースは豆乳とコーンスターチで作ってるので、見た目ほどくどくはないですよ」 「こっちは? チキンソテー? なんかソース塗ってあるのね...味噌焼き?」 「これ、ピーナツバターで作ったソースなんです。ピーナツバターに味噌と醤油と砂糖と、少しだけナンプラー入ってます。サテって東南アジアの焼鳥あるじゃないですか? あのイメージで鶏肉に合うナッツのソース作ってみました。ナンプラーは大丈夫ですか?」 「まあ、アタシはナンプラーでもニョクマムでもしょっつるでも大丈夫なんだけど...航生くん、想像してた以上に料理できるのね」 「充彦さんみたいに本格的な洋食は作れませんけどね。でも、こういうのだったらほら、カフェメニューとしてワンプレートランチなんかにも使えそうでしょ?」 航生くんの作る山芋のチーズ焼き、めっちゃ好きやぁ。 カゴに入れてたからたぶんあるやろうとは思うてたけど、今日は俺が特に気にいってる豆乳のホワイトソースにしてくれてんのがメッチャ嬉しい。 「これはいんげんの炒め物?」 「はい、ペペロンチーノ風ですね。ニンニクと鷹の爪がたっぷり入ってます。こっちは里芋のアヒージョ。これはロマネスコのブルーチーズ入りの白和えです」 「これは...和食なの洋食なの?」 「あー、どうでしょう...何料理とか考えないで作っちゃうから。美味しいなら調理法とか調味料とか、なんでもミックスさせちゃうんで」 「んふっ、アリちゃん、これやともっと頭混乱するかもよ~」 俺は先に作ってたソースをたっぷりと器に入れ、それを野菜スティックの隣に添えた。 「何、これバーニャカウダじゃないの?」 「まあ、バーニャカウダはバーニャカウダやねんけど~。ちょっと舐めてみて?」 アリちゃんは小指に俺の差し出した薄茶のクリームをチョンて付けて、それをペロッと舐めた。 そんで、ん?て首を傾げる。 「バーニャカウダでしょ。あ、でもなんかちょっと違う...香りかな? とりあえず、隠し味にお醤油入れてるよね?」 「なんで隠し味から当てるかなぁ。これね、アンチョビの代わりにイカの塩辛で作ってん。前に航生くんがアンチョビのパスタ作りながら『アンチョビと塩辛って少し風味が似てる』って言うてんの聞いて、試しに作ってからハマってて」 「さあさあ、俺もお腹空きましたし、慎吾さんご飯よそってきてください」 「あ、すっごい申し訳ないんだけどさ、ご飯食べながらカメラ回しててもいい?」 「でもアリさん、それじゃご飯食べた気にならないでしょ?」 「平気! カメラ片手に死ぬほど食べるから」 「まあ俺は...アリさんと慎吾さんがいいなら......」 二人の視線が、キッチンに立つ俺へと注がれる。 聞かんでもわかるやろうと思いつつオッケーサインを出すと、ちょうどエエ感じに炊き上がったご飯をしっかりとかき混ぜた。

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