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フィクションの中のノンフィクション【23】
「は~い、そしたらこれご飯ね~」
アリちゃんの前に、こんもりと炊きたてのご飯を盛ったお茶碗を置く。
あとは青いガラスの器に冷蔵庫で冷やしといた一品を盛り、お椀に汁をよそった。
それも目の前に置いてあげると、なんかアリちゃんはちょっとだけ首を傾げる。
「ん? どしたん?」
「いや、アタシ...ナメコ汁って聞いてたんだけど」
「ナメコ汁やで?」
「なんか白い......」
「まあねぇ...豆乳入ってるし」
「はぁ!? 味噌汁に豆乳!?」
「味噌汁ちゃうしな。味噌入りのスープやもん」
「どう違うの?」
「味噌は風味付けに使ってるけど、全部の味付けを味噌でやってるわけちゃうねん。まあ、ちょっと飲んでみて?」
俺に促され、アリちゃんはそっとお椀に口を付ける。
コクンと小さく喉が動くと、ちょっと目を丸うしながら顔を上げた。
航生くんはちょっと得意気な、めっちゃ嬉しそうな顔をしながらそっと椅子に腰を下ろす。
「どうですか? 美味しいでしょ、俺の大好きなナメコ汁」
「うん、美味しい...美味しいけど、確かにお味噌汁じゃない。えっ? そもそもこの出汁、何?」
「ま、食べながら説明しよか。冷めてまうし」
小鉢をアリちゃんの前に置くと、今度はそれをマジマジと見つめる。
「それでこれは何だろうか? ポキ?」
「まあ、そんな感じ。マグロとアボカドを醤油とレモン汁と針生姜で和えて、捻りゴマと海苔をかけただけなんやけどね。これやったら、このあとツマミにもなるやろ?」
「じゃ、じゃあとにかく食べましょ。ちょっとアレもコレも食べたくて、お腹空いてきた」
一通り料理を撮影して、アリちゃんが傍らにカメラを置く。
音頭を取れと言わんばかりの目で見つめられ、困った顔をしながらも航生くんは手を合わせた。
「じゃあ...いただきます!」
「「いただきま~す」」
航生くんが山芋を取り分ける中、アリちゃんは遠慮なく鶏に手を伸ばした。
**********
「このご飯、キノコだけじゃなかったのね。焼鮭がたっぷり~。美味し」
「前は鮭のフレークとか使っててんけど、一回余った焼き鮭解して入れたらあんまり旨かったんで、それ以来はずーっとこれやねん。もうちょい甘い方が良かった?」
「ううん、アタシおこわは甘めが好きだけど、普通の炊き込みご飯はこれくらいが好み。で、結局このスープって何使ってるの?」
「あ、俺がいつも作ってる『鶏ハム』の煮汁なんです。色々スパイスとかハーブを変えて仕込んでるんですけど、一番ノーマルな塩と黒胡椒で味付けてる鶏を茹でた時のスープは、いつも冷蔵庫にストックしてて......」
「航生くんが『ナメコ汁!』って言うた時は、そのスープに鶏ハム少しほぐして入れて、ナメコと黒胡椒足して味噌で味整えるん。豆乳入れたんは...元々は偶然やったんやけどね」
「いや、ほんと美味しいのね。アタシ、味噌は味噌汁!としか思ってなかったからさ、こうして敢えてスープにするなんて考えもしなかったわ」
「最初は普通に味噌汁しててんで。それが、いっぺん味噌汁作ってる時に味噌足りへんようになってもうてさ...ほんでしゃあなしにガラスープの素とか使って味整えたら、思ってた以上に旨かったから」
「ナメコ入ってるせいで、ちょっと色が悪いんですけどね」
「それにしても、慎吾くんがこんなに料理するなんてね...ほら、飲み会だ!って時も、航生くんはちょっとオツマミ持ってきたりするけど、慎吾くんてそういうの持ってきた事なかったじゃない? てっきり全然できないのかと思っちゃった」
「そない得意ちゃうよ。普段もやっぱり航生くんが作ってくれる方が多いし」
「自分の為には何にも作らないですもんね。俺が仕事で家空けてるって時は、作って置いておかないと食べなくても平気な顔してる」
「え? 慎吾くん、食べるの大好きじゃん。食べないの?」
「俺ほんまはね、そない食べる事に執着してなかってん。勿論美味いモンは好きやけど、食べへんねやったら別に食べんでも平気っていうかなぁ...なんかめんどくさなんねん。せえけど航生くんが作ってくれるモンはめっちゃ美味しいて、航生くんと一緒に食べるご飯はもっと美味しいてさぁ...そしたら航生くんおれへん時にわざわざ自分の為だけに飯作るんて、ますますめんどくさなってもうて」
「ほらね? こんなだから、せめて作っておかないと俺が帰るまでヨーグルトとかアイスとかチョコしか食べないんですもん」
「迷惑かけてごめんな?」
「全然迷惑じゃないですよ。俺が作れば食べてくれるんですし。ただ、帰りが遅いってわかってる時は、先に食べててもらえると嬉しいかな」
「待ってたら帰ってくるんやから、その時は待つやろ」
「カーッ、ほんと吐きそうなくらいラブラブねぇ」
「ラブラブ...なのかな? これくらい普通でしょ?」
「航生くん、俺でもわかる...これはたぶん普通ではない。結構ラブラブやと思うで」
「結構どころじゃないっての。んで? 食事にあんまり興味の無かったって慎吾くんが、なんでここまで作れるようになったの?」
「元々勇輝くんに教わってたから、ちょっとは料理できてんで。あんまり俺が食事に興味が無いって勇輝くんもわかってたんやろうなぁ...ちゃんと一人でも食べなあかんて、基礎は結構仕込まれた。んで、航生くんが風邪ひいてた時やったかなぁ...航生くんは作られへんやろうからって代わりに俺が作ったご飯をね、そらもう『旨い、旨い』って泣きながら食べてくれて。大好きな人に美味しいって言うてもらうのって、美味しいご飯食べさせてもらうんとおんなじくらい幸せやなぁって思うたから、それ以来時々作るようになってん」
「冷蔵庫で保存がきくような常備菜とか、マメに作っておいてくれるんですよ」
「まあ...一品そんなんでもあったらさ、航生くんの手間も省けるやん?」
「はいはい、ご馳走さま...色んな意味で」
「あれ? アリさんおかわりは?」
「もうお腹も胸もいっぱいよ~。ほんとご馳走さま。で? このあとほんとにカクテル作ってくれるの?」
「うん、作るよぉ。そしたら先に片付けてまおか」
俺の言葉に、アリちゃんと航生くんは一斉に立ち上がる。
手際よく二人がテーブルを片付ける中、俺はシェイカーやスプーンをさっと水で濯いで並べていった。
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