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フィクションの中のノンフィクション【24】

「そしたら、みんな一杯だけは俺の作ったカクテルでかめへん? ちょっと甘めになる予定なんやけど」 「いや、一杯だけにしとかないと...慎吾さん酔っぱらっちゃうでしょ?」 「慎吾くんが酔っぱらって、メロメロのアマアマのエロエロになるのはアタシ的には大歓迎なんだけど、それ以前にアタシが酔っぱらうと撮影になんないからねぇ。アタシは今日はその一杯だけにしとくわ。それに、航生くん達見てたらあんまり甘過ぎて、今更『ちょっと甘め』なんて無味無臭も同然よ」 アリちゃんの呆れたような、でも少しだけ嬉しそうな言葉を聞きながら、俺はぼんやりと洗い物をしてる航生くんの背中を見る。 あ...背ぇの高い航生くんが、ちょっと背中丸めて腕捲りして洗い物してるって...やっぱりそんだけでかっこエエなぁ...... 手際とかめっちゃええのに、ああやって時々顔にアワアワ付けてもうてんのとか、なんか『ドジっ子』なとこも可愛いし...... ダイニングテーブルに頬杖ついてた俺のデコが、いきなりペチッて叩かれる。 「あたっ」 「どんだけ見とれたら気が済むかなぁ...こんなの、毎日見てる姿でしょ」 「どんだけ見ててもかっこエエもんはかっこエエし、可愛いもんは可愛いの!」 「普通さ、『美人は3日で飽きる』とか言わない?」 「それはね、その人が半端な美人やから飽きんねん。ほんまもんの美人はね、少しずつ見つけていく毎日の表情の違い一つ一つにときめくから、3日で飽きるどころか2年経っても毎日好きになんねんで~」 「はぁ...まったくもう...ほんとに二人揃って......」 二人揃って? 航生くんも俺を飽きたりせんと、毎日毎日好きでおってくれてるんかな? これからもずっと航生くんに『好き』って言うてもらえるかな? なんもせえへんわけやない。 なんもせんと航生くんみたいな最高の男の恋人でおってええわけがない。 顔を磨き、体を磨き、家事の腕を磨き性技も磨き。 他に何したらエエ? 何したらもっと好きになってもらえる? でも...これ以上俺に何ができんねやろ...... ちょっと考えてたら、またアリちゃんにペチッってさっきより強めにデコを叩かれた。 「余計な事考えない、不安になんてならない。それ、慎吾くんの悪い癖」 「......え?」 「まあ詳しい事は今は言わないけどね...航生くんにとって慎吾くんは唯一無二の人だから。自分が誰よりも大切に思ってる人の気持ちをちゃんと信じなさい。さっきそんな話したでしょ? 自信過剰は良くないけど、慎吾くんが不安を抱えてたら航生くんにも伝染するわよ...航生くんは誰よりもちゃんと慎吾くんの気持ちに気付く人なんだから。でしょ? それでまた落ち込むし悩む事になるの、『自分ではダメなのか』『どうしたら不安を取り除いてあげられるのか』ってね」 「......難しいなぁ、恋って。好きやから幸せやのに、幸せ過ぎて不安になんねん。ほんまに俺でええんかなぁって、やっぱり悩んでまう。もっと航生くんに好きになってもらうにはどうしたらええんやろうなぁって。あ、勿論航生くんを信じてないとかちゃうんやで?」 「もっと大切にしてもらう為の努力を怠らないのはいい事だと思うけどね、今の慎吾くんだったら、ただひたすら甘やかしてもらうだけでいいのよ。航生くんはそれを望んでる...元々甘えん坊なのに甘え下手な慎吾くんが無条件に自分に甘えてくれるのが嬉しくて仕方ないんだもん。いっぺんに全部の考え方を改めるなんて無理なのはわかってるけど、もう少しだけ...少しずつでいいから自信持ちなさい。どんな慎吾くんでも航生くんは包み込んでくれるから。どんな慎吾くんだって、航生くんは大好きだからね」 前におんなじような事を勇輝くんからも言われた事ある。 ただそれを言うたんが勇輝くんやったせいなんか、『勇輝くんにはどうせわかれへん悩みや』ってイラついて聞き流した。 せえけどなんやろう。 航生くんとも色々話してんの知ってるからかな? それとも、俺とおんなじような苦しさを経験してる人やから? その言葉は、なんかものすごいスゥーッて俺の中に入ってくる。 「お待たせしました~。洗い物終わりましたよ。ついでに、ロンググラスも洗っちゃいました」 明るい航生くんの声に、俺はなんかちょっと軽い気持ちで立ち上がれた。 ********** 冷蔵庫から板のままの大きな氷を取り出す。 普段は先に割ってある氷を買ってくるんやけど、今日は『カクテル作るんやったら』って無理言うてブロックのまんまのやつを買わせてもうた。 興味津々の顔で航生くんもアリちゃんもキッチンに入ってくる。 「これはねぇ、カクテルには関係無いねんけど、俺も一応バーテンとしてそこそこ頑張ってたんやったってとこ見せたいんで......」 予め用意してくれてたロンググラスの隣に、航生くんがバーボン飲む時に普段使ってるロックグラスを並べる。 俺が航生くんの誕生日に買った、薩摩切子のブラックオールドファッション。 はぁぁぁ...んもう、この置いてるシルエットだけでもめっちゃかっこエエ。 元々アニメのグッズとかフィギュア、あとはせいぜいノンブランドの洋服くらいしか買えへんかった俺からしたら、正直そりゃあもう目ン玉飛び出るくらいの値段。 せえけど、プレゼント探してる時にたまたまこのグラスをネットで見つけてもうた。 ほんまに航生くんのイメージにピッタリで...一目でそのグラスに心を奪われたら、もう値段なんてどうでも良うなってた。 届いたグラスの細工のあまりの見事さにも驚いたけど、それにウイスキーを注いで口を付ける航生くんのそのかっこよさったら! 俺は危うく悶え死ぬかと思うた。 そしてこの、当時のマンションの家賃よりも遥かに高かったグラスは、航生くんにとっても俺にとっても今も大切な宝物や。 「これはまあ、カクテル作る前の余興的なもんと思うといて。ほんまはね、このグラスでお酒飲んでる航生くんを見て欲しいだけやねんけど~」 カメラとアリちゃんと航生くんにニコッて笑ってみせ、目線を手元の氷に移す。 ちょっとだけ気持ちを引き締めてアイスピックを握ると、『ここ!』と心に決めた一点目掛けてそれを一気に振り下ろした。

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