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フィクションの中のノンフィクション【26】

「もう一つバーテンぽいとこを見せるね」 3つのロンググラスを目の前に並べると、左の手のひらに少し小さめの氷を乗せた。 右手にはステア用のバースプーンを握り、氷に向かってスプーンの背を向ける。 よし、ここ...氷の一点を目掛け、勢いよくスプーンを振り下ろした。 カツンと心地よい乾いた音が響いた瞬間、手の上の塊は一瞬にして粉々になる。 「えっ?」 俺の手元に注目してたアリちゃんが、ちょっと間抜けな声を出した。 航生くんもなんや間抜けな顔してる。 「今、何したの?」 手の上の小さな氷の粒をグラスの中にザラザラと入れてる俺の方にアリちゃんが体を乗り出してきた。 ん?て首を捻りながら次々に氷を砕いていく俺に我慢ができへんかったんか、しまいにはカメラを航生くんに押し付けて隣から覗き込んでくる。 「クラッシュアイス作ってるだけやで?」 「何したの?」 「いや、別に...スプーンで氷叩いてるだけ」 「だって、砕けてるじゃない」 「うん、パッと見すごいやろ? 実はこれ、コツさえ掴んだら誰でもできんねんで。氷の方向と場所さえわかったらね......」 アリちゃんの目の前で次の氷を手に乗せ、またカツンて砕いて見せる。 「砕いた氷って...こうやって作るの?」 「いや、こんなんこそ機械で作ってる店が多いと思うよ。ほら、料理にも使ったりするくらいやし。せえけどこれくらいやったらスプーンで割った方が早いから、俺はこうやっていっつも用意しててん」 「アタシでもできる?」 「うん、できるで」 アリちゃんの手に氷を乗せてバースプーンを渡した。 「どこ割ったらええかはねぇ...これはもう経験やねんけど、とりあえずこの氷の中心になると自分で思うた所に一気にスナップ利かせてスプーン落としてみて」 言われた通り、アリちゃんなりにここ!と思うたとこにガツッてスプーンをぶつけた。 残念ながら、当たった場所の周辺だけがグシャッてちょっと凹んだだけ。 アリちゃんはちょっとプゥと頬っぺたを膨らませる。 「スプーンは押し付けたらあかんねん。一瞬で力加えたらすぐに離してあげな、上手い事衝撃が全体に伝われへんみたい。あと、ちょっと場所がずれてたかも」 「難しい......」 「せえからコツがあるんやってばぁ。これは丸氷ほど難しないから時々練習してみ? 冷蔵庫で普通に作ってる氷の方が案外柔こうてやりやすいし」 ロンググラスの底にそれぞれ少しだけ氷を敷いた所で、航生くんが作ってくれてたココナッツプリンを冷蔵庫から取り出す。 それをグチュグチュグチュってカップの中で細かくなるまで混ぜた。 そのトロトロになったココナッツプリンを、バースプーンを伝わせるようにグラスの半分くらいの所まで流し込む。 今度はシェイカーに大きめに割った氷を放り込むと、さっき買ってきたチョコレートリキュールと航生くんに出してもらったコアントローをメジャーカップで計って入れ、最後にそこに牛乳を注いだ。 キャップを締め、そのキャップを一度カツンとテーブルの端にぶつけると、改めてそれを肩口に構える。 あとは氷が溶けすぎないうちに一気にシェイク。 手のひらはできるだけボディに触れないように気をつけ、中の液体の状態をイメージしながら一定のリズムでシェイカーを鳴らす。 ボディの表面に霜が付き始めた所で手を止めキャップを外すと、先にグラスに沈めたココナッツプリンを揺らさないように、中身をそっと傾けた。 しっかりと混ぜ合わされた艶やかな茶色い液体が白の上に重なっていく。 ゆっくり縁の近くまで注いで表面の細かい泡をライターで炙って消し、上と下が合わさる事のないように気を付けながらストローを差した。 最後にココナッツフレークでパラパラと雪を降らせると、それをアリちゃんの前にゆっくりと押し出す。 残りの2杯も急いで作れば、いつの間にかアリちゃんはまたカメラをしっかりと構えていた。 「すご~い。腰ばっかり振ってたバーテンさんとは思えない!」 「褒めるかからかうか、どっちかにしてよぉ」 カウンター周りをざっと拭いて道具をシンクに浸けると、俺はダイニングテーブル側へと回った。 それぞれ揺らさないようにグラスを手にすると、静かに椅子に戻る。 「まさかあのココナッツプリン使うなんて......」 「悩んでん。抹茶プリンもあったから、それを下に入れてズブロッカにピンクキュラソーのカクテル流したら、ピンクに緑で桜餅みたいになってエエ感じかなぁとも思うてんけどね。今日はせっかくチョコレートのリキュール買うたから、こんな感じにしてみました~。オレンジゼリーやったらもっと良かったかなぁ......」 「いやいやいや、これでも十分美味しそうですって!」 「これ、なんて言うカクテル?」 「......へ? 名前なんか考えてへんかった。そんなん、いる?」 「ここだけでとりあえず付けちゃおうよぉ」 「慎吾スペシャルとか?」 「ダサッ」 「う~ん...そしたらもう、『トロピカルバレンタイン』とか? 『レ・ドゥ・ココ・オ・ショコラ』くらいしか浮かべへん」 「面倒だから、慎吾スペシャルでいっか」 「なんでやね~ん」 「はいはい、いいから乾杯しましょ。スペシャルな夜を、スペシャルなカクテルで」 アリちゃんがグラスを目の前に掲げる。 「じゃあ...スペシャルな夜に」 「最高にラブラブで、最高に幸せな夜に......」 「「「乾杯」」」 久しぶりに自分で作ったカクテルは想像以上に甘くて、アリちゃんは『まるで二人を見てる時のまんまの味だ』って嬉しそうに口をつけた。

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