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フィクションの中のノンフィクション【27】
「さあ、じゃあね、これからちょっとここからの手順みたいなの打ち合わせしちゃう?」
「かめへんけど...打ち合わせやのにカメラ回すん?」
チューッてカクテルをストローで勢いよく吸い上げながらも俺らにレンズを向けてるアリちゃんに対して、素直な気持ちを言葉にする。
アリちゃんは綺麗に底の方のココナッツプリンまで一気に吸い込むと、至極当たり前みたいな顔でニカッと笑った。
「打ち合わせな~んて言ったって、どこにおバカなラブラブ発言が転がってるかわかんないし~。そんな二人をカメラに収めないとか、ファンに恨まれちゃうじゃない?」
「この後はもう寝室から撮影ですか?」
やっぱりチョコレートのカクテルはちょっと甘かったみたいで、航生くんは『絶対酔わないから』って約束でさっきのグラスにバーボン入れてまたチビチビ口をつけてる。
半分くらいになったカクテルは、ちゃっかり俺の前に置かれてた。
航生くんは反対してんけど、アリちゃんが『ちょっとくらい酔ってる方が、より慎吾くんが可愛い』とかなんとか言いだして、ありがたい事に俺は少しだけ追加分を飲める事になった。
「あのさあ、二人に質問していい?」
「ああ...はい」
「普段、お風呂はどうしてんの? 一緒にいる限りとにかくくっついてたい人達なわけじゃない? やっぱりお風呂も一緒なの?」
「あー...タイミングとか、気持ち次第...ですよね?」
「うん、そうやね」
「それは、『一緒は嫌だ』って気分の時もあるって意味?」
アリちゃんの質問にプルプルと首を振ると、なんか航生くんもおんなじようにプルプルって首を振ってた。
なんかそんな動作まで一緒っていうんがちょっと嬉しい。
「航生くんはわかれへんけど、俺は気持ちの上ではいつでも一緒に入りたいと思うてるよ?」
「まあ...俺も勿論です。でも...ねぇ?」
「ん? 二人とも入りたいなら、別に一緒に入ればいいんじゃないの? まあ、仕事の終わりの時間が違うから物理的に無理って事もあるだろうけど」
「うーん...なんて言うたらわかるかなぁ......」
「別々に入る時は、たぶん物凄く相手を求めてる時なんです」
航生くんの答えに、アリちゃんは不思議そうに首を傾げる。
俺はその言葉に黙って頷いて見せた。
「仕事でのムシャクシャだとか、あとはちょっと気持ちが落ち込むような事があったりだとかしたら、その反動みたいに俺は慎吾さんが欲しくなるんです」
「うん、俺もやな。なんかもう、とにかく全部忘れさせて欲しい!みたいな気分になってまう時あるもん」
「ですよね? 良かった...俺だけじゃなかった。でもね、マイナスの気持ちを打ち消す為に相手を求めても、体は気持ちよくなっても心が冷えちゃうって言うか、心だけ置いてけぼりになる感じって言うか......」
「自分の勝手な欲望だけを満足させたみたいで、かえって落ち込んだ時もあったもんね」
「だから、慎吾さんの気持ちを優先できるだけの余裕が無い時は、俺は一人で風呂に入るようにしてます。まあ、クールダウンの為...みたいな感じかな?」
「俺もやなぁ。それに自己嫌悪で泣いてる顔なんかあんまり航生くんに見られたないし」
「でも俺、慎吾さんの泣き顔好きですよ。激しくムラムラします」
「航生くん。そこはもしかしたら泣いてる理由が違うんじゃない?」
「そうですね。俺のせいで幸せそうに笑いながらポロポロ涙流して全身震わせてる時でした」
「ほんと航生くん、軽いSっぷりがみっちゃんにますます似てきてるわぁ」
「あの人はドSです。俺のはちょいSですから」
「はいはい、そこはいいから! でも意外だったなぁ...落ち込んだり傷ついたりしてる時こそ一緒にお風呂入って癒されるもんだと思ってた」
「いや、一緒に入ろうなんて言えない空気の事もありますもん」
「うん、主に航生くんが俺に気ぃ遣って一人で入らせてくれる感じやもんねぇ」
「慎吾くんにとっては、一旦一人でお風呂に入るってのがリセットの為には必要なわけだ?」
「そう。全部話さんかっても顔見ただけですぐにわかってくれて、俺を一人で風呂に行かせてくれる航生くんに『ありがとう』『大好きやで』って考えながら嫌なモンを色々洗い流す。んでついでに、体もピカピカに磨き上げる」
「じゃあ二人でお風呂入る時は、二人とも気持ちが落ち着いてる時なんだ?」
「基本は。まあ...中に入ってから落ち着きを失っちゃう事は時々あるんですけど」
「それこそみっちゃんとこくらい風呂広かったら、中にマットでも持ち込むんやけどね...風呂でそのまんまとかなったら、俺が体力的にきついかな」
「そう言えばみっちゃん家、お風呂にエアマット持ち込んで泡遊びしてるんだっけ」
「らしいねぇ。うちは、まあ普通の家よりはわりと広いと思うけど、それでもそのまま横になって絡み合えるほどの大きさでもないし。バックなんかでパンパンしたら膝とか傷いきそうやん?」
「わかる! アタシも撮影でフローリングでそのままバックで挿入された時、膝のアザと擦り傷すごかったし」
「せやろ? 正常位は無理でバックもあかんてなったら、対面座位か立ちバックとかになってまうからねぇ」
「それに、熱気で軽い湯中りしちゃう事もあるから、慎吾さんが泣くまで気持ちよくしてあげるなんてできないんですもん」
「出た、ちょいS発言。というか、湯中りさせた事があるわけね」
「......黙秘権です」
「あるある。それこそ航生くんが現場でめたくそ意地悪されたらしいて、イライラしたまんま俺を無理矢理風呂連れ込んでそのままメチャクチャ抱いてん。前戯は無いわキスも無いわ、そらもう酷い状態やったで。たまたま昼間に撮影あって俺のケツがまだ柔らかかったんか切れる事こそなかったけど、擦れて腫れてまうしシャワー流しっぱなしで逆上せてまうしで、俺、一日熱出して倒れてん」
「ああ、それでか......」
「はい。だからそれからは、気持ちが落ち着いてる時以外は一緒には風呂入らない事にしました。で、それでもクールダウンできなかった時は、その日はセックスもしません」
「次の日の朝にはするけどね」
「なるほどね...頭に血が上ってる航生くんとかなかなか怖そうだわ」
「俺はドMやから、そんな航生くんでもかめへんねんけどね」
「あんなセックスは愛が無いからダメです!」
「わかったわかった。あのさ...絡み前にお風呂入るでしょ?」
「そらなぁ。俺は中も綺麗にしてこなあかんし」
「二人で入ってきてよ。カメラは入れない、約束する。撮影の前にね、二人きりで少しお喋りしてくるのも大事なんじゃないかと思ったの。気持ち落ち着けて、静かにゆっくり欲に火をつけて、いつもと同じ顔でベッドに入る為に」
「......やって。どうする?」
「ああ、そこはアリさんの言う通りかも。いつもの幸せなセックスの為には必要なルーティンじゃないですか?」
「それもそうか...そしたらアリちゃん、ちょっとだけ待っといて。二人で気持ち作ってくるわ」
航生くんの手を握って俺は立ち上がる。
アリちゃんはカメラを置き手を振ると、並んだグラスをシンクへと運びだした。
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