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フィクションの中のノンフィクション【29】

俺も航生くんも、腰にタオルだけ巻いた姿でバスルームから上がる。 『いつまで待たせるのか!』な~んてちょっとイラついてんちゃうかなと思うててんけど、リビングに一人残されてたアリちゃんは出てきた俺らにフワッて柔らかい笑みを向けてきた。 「イイ顔してる~。お風呂で体も気持ちもポッカポカ?」 「うん。俺ね、ほんまに航生くんの事好きやなぁってまた思った」 「あら、また好きになったんだ?」 「メッチャ好き。せえからね、二人でお風呂入ってぇ、ポッカポカでヌクヌクでムラムラやで」 「やだ、まさか先に中で一回戦終わらせてきたなんて言わないでしょうね?」 「アリさんが怖いから、ちゃんと我慢してきました!」 無駄にキリッとした顔で言い切った航生くんの所に、ニコニコ顔のアリちゃんがゆっくりと近づいてくる。 あ、なんか嫌な予感がする、逃げろ...そんな事を言う間もなく、アリちゃんの手がムギュッてタオルの上から航生くんのチンチンを握った。 「ア、アリさんっ!」 「オッケーオッケー、あんまり堂々と言い切るから、ちょっと疑っちゃったわぁ。ほんとに我慢したのね...ガッチガチ」 「い、いきなり握らなくても......」 「せやでぇ、俺らちゃんと我慢してんもん」 「だってさぁ、二人の様子見てたら絶対お風呂の中のイチャイチャって、エスカレートしてるだろうなぁと思っちゃったんだもん」 「そら、俺もナデナデしたかってんけどね...ナデナデしたらチュパチュパもしたなるやん? せえけど航生くん、ひどいねん。俺が止めてんのに首とか背中とか舐めるわ吸うわで大変!」 「何普通に会話してるんですか! 慎吾さんも、アリさんが勝手に俺のチンポ握ってきたの怒るとか、なんか無いんですか?」 「あー、アリちゃんたら、俺でもまだ触ってへんのに先に触るとかずる~い」 「いやそれ、怒ってるんじゃなくて羨ましがってるから......」 俺はちょっとだけ拗ねたような顔になった航生くんの様子にクスクス笑いながら、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。 中身を一気に半分ほど空けてしまうと、航生くんの隣に戻ってボトルを当たり前のように手渡す。 それを当たり前のように受け取った航生くんは、やっぱり当たり前の顔で残った水を飲み干した。 「さてと...すごくイイ顔になれてる事だし、いよいよ本格的にお仕事の話をしましょうか」 ニコニコとした口許はそのままに、アリちゃんの目付きが少しだけ変わった。 俺はドキドキしながら背筋を伸ばす。 このドキドキは『これから普段のセックスを撮影される』事への物なのか、それとも『一刻も早く航生くんと触れ合いたい』からなのか。 「アタシはこれから二人が寝室に入る後ろ姿から撮影始めるから。普段のままの、幸せでエッチな気持ちになってる二人でベッドに向かってね。で、慎吾くん達がお風呂に入ってる間に勝手に一回寝室入らせてもらいました、ごめん」 「何かありましたか?」 「えっとね、今日って一発撮りじゃない? それを全部アタシの手持ちだけってのはやっぱりさすがに不安なわけよ。カメラのトラブルで二人のセックス止めたくもないし。それで、ベッドサイドの枕側に1台と、あとクローゼットそばからベッド全体を撮れるように1台、固定カメラセットさせてもらいました」 「枕側...ですか」 『自分以外には見られたくない』という俺の顔のそばにカメラが設置されてるっていうんが引っ掛かったんやろう。 航生くんがあからさまに顔をしかめる。 アリちゃんはそんな航生くんの表情を見ても、なんて事はないとばかりにニッと笑った。 「気にしなくても、ちゃんと約束は守るわよ。航生くんしか見られない『慎吾くんの最高にイヤらしくて可愛い顔』は、例え録画されてたとしても絶対に作品の中には入れないし入れさせない。ただし、慎吾くんの『最高に幸せな顔』が撮れた時だけは譲らない...これは入れるべき表情だって思ったら、ビデオに入れるから」 あまりにも堂々と言い切られたせいやろうか、納得いかんみたいな顔のまんま航生くんは黙り込んでもうた。 せえけどわかる。 アリちゃんがここまで言うてんのはたぶん...俺の為や。 俺の為であり...二人の為。 俺は少し強張って力の入った航生くんの背中にそっと触れた。 「航生くん、ズルい......」 「......え?」 「航生くんばっかり俺の幸せな顔見られて、ズルい。俺も見たいんやけど...航生くんに抱き締められてガンガンに攻められて、メッチャ幸せそうになってる俺の顔。イヤらしい顔も可愛い顔も、別にどうでもええねん。せえけど俺がどんな顔で幸せを噛み締めてんのか、俺も見たい...どんなに航生くんとセックスできる事を喜んでんのか...見てみたい」 一瞬だけ困った顔になった航生くんは、諦めたように少しだけ笑みを浮かべてアリちゃんに向き直った。 「イッてから、体の力が抜ける瞬間に俺の方見ながらフニャッて笑います。最高の顔しますから、撮り漏らさないでくださいね」 「勿論。アタシのカメラに入ってるのがベストだけどね、アタシはその時の最高に獣臭い航生くん撮るのに必死かもしれないから、その為の固定カメラよ」 「獣臭いって...失礼な」 「あら、航生くん自身がご所望でしょ?」 「......まあ、否定はできないですけど」 「あ、あとね、無理矢理仕事みたいな顔作る必要は無いし、アタシに遠慮するのも無しね。アタシだって伊達に元トップAV女優だったわけじゃないし。カメラ回りだしたらアタシも二人も、友達じゃなくてプロよ。アタシは二人ができるだけナチュラルに見えるように最大限気を遣うし、空気のつもり。当然一切声も出さないわ。だから二人も、ここはノンフィクションの中のフィクションなんだって割り切って、ちゃんとセックスしてね」 「違いますよ。俺達フィクションの中で生きてる人間の、ノンフィクションのセックスを見せるんです。今日一日がリアルの俺達だったのにセックスだけはフェイクなんて...おかしいでしょ? 生身の俺らの姿をちゃんと撮ってくださいね」 「トップ女優やったアリちゃんが興奮し過ぎてグチュグチュに濡れてまうくらい、生々しいてイヤらしいて、せえけどちゃんとラブラブで幸せな姿見せるから」 「あら慎吾くん、言ってくれるじゃない。グチュグチュになったかどうか確かめてみる?」 「中村さんに悪いからやめとく~。なんぼ女の子には勃てへんて言うても、俺も一応男やし」 「一応じゃなくて、最高にカッコ良くて最高にキュートな男性よ。さ、じゃあ部屋に向かうとこから1テイクで始めましょう。はい、スタンバイ!」 俺らの後ろに回ったアリちゃんがカメラを構える気配。 隣の航生くんをチラッと横目で窺う。 「いっつもの俺らやって」 「さて...どのパターンの俺らでいきましょうか?」 「......俺が一番甘えんぼの時がええな」 「お安いご用です。じゃあ今日は、ひたすら甘やかして甘やかして甘やかして、トロトロに蕩けさせてあげますね」 俺は航生くんに向かって手を伸ばす。 伸ばした手を自分の首に回させると、航生くんは『わけもない』って顔で軽々俺を抱き上げ、ゆっくりと寝室に向かって歩き出した。

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